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第13章 魔城決戦〈グランドバトル〉
重力城のココロ
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「待ってろメイ。もうすぐこんな場所から……連れ出してやるからな!」
「みょーみょーみょー……」
ドッペルアドラーを操る操縦桿を握りしめた盗賊グリザルドは、艦橋に取り残されていた動かないメイの方に目をやってそう呟いていた。
幼竜アンカラゴンはコウモリみたいな翅をパタパタさせて、メイの周りを飛びまわっては心配そうな声を上げている。
猟犬のように鋭敏なグリザルドの嗅覚は、時の流れの凍りついたメイの場所を正確にとらえて、盗賊をこの場所に導いた。
操縦桿に幾重にも施された飛空艇の封印も、深幻想界随一を自称する盗賊グリザルドにかかれば、解除は容易いものだった。
飛空艇の操縦も、グリザルドにとっては初めてのことではない。
これほど巨大な船を長時間操るのは無理にしても、この場を飛び立って機巧都市から離れるくらいならば……!
周囲の景色をとらえた操縦桿のモニターには、ドッペルアドラーの搭乗口めがけて一直線に飛んでくるビーネスとルシオンの姿が映りこんでいる。
グリザルドの意図を察した2人が、飛空艇に乗り込むためにここまで飛んできたのだ。
「いいぞ……王女と姉貴! そんなヤツさっさと振り切って、早くここまで来い……!」
ビーネスとルシオンの姿をジッとにらみながら、盗賊の声がこわばっていた。
2人の王女の後に追いすがって、ものすごいスピードで風を切り空を駆ける赤銀色の巨大な影があった。
機甲鎧にその身を包んだ機巧都市最強の武人、ロック・グリッド将軍だ……
#
「光矢! 光矢! 光矢!」
「ルシオン、もっとしっかり狙って!」
「わ、わかってます小姉上!」
空中では、ビーネスに抱きかかえられたルシオンが、追いすがるロック将軍に向かって必死の表情で光矢を狙い撃っていた。
将軍の周囲を縦横無尽に飛び回るルシオンのホタルたちが、その発光器官から次々と緑色の眩い光矢を放っていく。
だが将軍のまとった機甲鎧の前では、そんな攻撃も無力そのものだった。
放たれた光矢は赤銀色の装甲板にはじき返されて、緑色の火花をチラチラと辺りに飛び散らせるばかり。
「無駄だ光線召喚者! そんな攻撃ではこの鎧を貫くことなど出来ん!」
「貫く? 貫くだって……?」
2人の戦姫に猛然と迫りながら、ルシオンを指差してそう言い放つ将軍に、だがルシオンは不思議そうな声を上げた。
「勘違いしてないか将軍? わたしはお前を貫くつもりなんてない……」
「なん……だと……!」
ルシオンの発した意外な言葉に、将軍は戸惑いの声を上げた。
なにか様子がおかしかった、機甲鎧の出力が安定していない。
体のバランスを保てない、高度も徐々に徐々に……落ちていく!
「貫くつもりなんてない……叩き落とすつもりなんだ!」
「貴様! 推進機を!」
ルシオンの狙いに気づいた将軍が怒りにうめいた。
ホタルたちの狙いは将軍の体ではなかった。
将軍の四肢の先端から、金色の光を吹き上げて彼に飛ぶ力を与えている機甲鎧の推進機ノズルだったのだ!
すでに右手と左足の推進機は、光矢の直撃を受けてそのノズルから黒煙を吹いていた。
残った2基の推進機では体のバランスを保てない。
ロック将軍の体が、重力城の城下に向かって墜落してゆく!
「アハハハッ! 今ごろ気づいても遅いんだ! 墜ちていけロック将軍!」
「やりました小姉上!」
ルシオンを抱きかかえながら勝ち誇るビーネス。
ルシオンも上機嫌な顔で、行き先のドッペルアドラーを見上げた、だがその時だった。
「甘いな……!」
重力に身を任せて地上に激突するのを待つばかりのはずのロック将軍が、ボソリと何かを呟いていた。
「将軍専騎・最大武装《フルパワー》……」
将軍は金色の手甲に覆われた右腕をドッペルアドラーにかざして、小さくそう唱えた。
そして、ズドンッ!
「え……?」
「今のは……?」
ルシオンとビーネスの頭上から、足元をすり抜けて。
何か巨大な塊が、2人の体のすぐ傍をかすめて行った。
それはロック将軍が機甲鎧を呼び出したのと同じ場所から放たれたモノだった。
将軍の呼びかけに応じるように、ドッペルアドラーの甲板から射出された機甲鎧なんかよりも遥かに大きな鉄のカタマリが……
ロック将軍の体めがけて、ものすごいスピードで突進していく。
「まだ何か……あるのか!」
「なんてカラクリの多いヤツだ!」
ドッペルアドラーの甲板から飛び出して、ロック将軍のもとに飛んでいく巨大な鉄塊を見下ろしながら。
ビーネスとルシオンの顔がこわばっていた。
ガチャン……ガチャン……
機甲鎧の時と同じだった。
空を切りながら寄木細工のように展開し変形してゆく鉄塊が……
落下するロック将軍に接触すると、瞬く間にその全身を包み込んで、さらに巨大な人型の姿へと変形していく!
「合体した!」
「あんなのアリですか小姉上!」
ビーネスとルシオンは驚愕のうめきを漏らす。
いまロック将軍の体を包んでいるのモノ。
それは両足の装甲から巨大な翼を広げ、まるで戦槌のような巨大な両手に金色の大剣を構えた……
身長5メートルは越えていそうな、極彩色に輝く鉄の巨人だった!
「将軍専騎・最大武装《フルパワード》!」
両足に装備された巨大な推進器から金色の炎をを吹き上げて。
ロック将軍がいま再び、ルシオンとビーネスの方にものすごいスピードで上昇してくる!
#
「支援武装! なんてことだ……ってことは……!」
ドッペルアドラーの艦橋では、モニターに映ったロック将軍の姿をにらみながら、グリザルドが絶望的な声を上げていた。
盗賊は恐ろしいことに気づいたのだ。
「じゃあ……あの甲板に並んでる展開式強化武装も全部……将軍は使い放題ってことじゃねーか……! そりゃ火炎飛竜の群れが全滅しちまうワケだ……」
甲板の両端にはさっき射出されたモノと同じ形をした赤銀色の鉄塊が、まだいくつも搭載されていた。
ルシオンとビーネスが、どれだけ力を尽くして将軍の鎧や武器を破壊しようとも……
ロック将軍には、まだあり余るほどの武装と力が備わっているのだ。
機巧都市からの脱走手段としてグリザルドが奪い取った飛空艇ドッペルアドラーも、ロック将軍にとってはルシオンとグリザルドたちを全滅まで追い詰める死の袋小路に過ぎなかったのだ!
「正面から戦っても太刀打ちできねえ! どうにかしないと、どうにかしないと……!」
グリザルドは動けないメイのあどけない顔に目をやりながら、焦燥の声を上げる。
間一髪、重力城の処置室でビーネスを救った時のおぞましい景色が頭から離れない。
メイの体が魔王マシーネの手に渡れば、どれほど恐ろしい目にあってからその命を奪われることになるか……!
そうなる前に、なんとしてもメイを連れ出さなければ!
「考えろ、考えろグリザルド……ん!?」
モニターを見つめながらブツブツそう呟いていたグリザルドが、突然妙な声を上げてあたりを見回した。
「なんだ……この感じは……!」
まるでドッペルアドラーの飛び立った空域全てを覆っていくような強烈な違和感に、盗賊は声を震わせた。
#
「うあああああ!」
「小姉上!」
ドッペルアドラーの甲板上空では、ビーネスとルシオンの悲鳴が風に舞っていた。
2人に追いすがったロック将軍の強さは絶望的なものだった。
もうビーネスの針突も、ルシオンの光矢も将軍のまとった武装には通用しなかった。
戦槌のような将軍の拳が、ルシオンの全身を叩きのめしていた。
将軍の振った金色の大剣が、ビーネスの背の優美な翅を切り裂いていた。
戦姫の姉妹にはもう、飛ぶことすら許されていなかった。
ボロボロになった2人の体が甲板に激突して転がった。
「聞こえているな、艦橋に居るヤツ!」
甲板に着陸したロック将軍が、艦橋の方を見上げて厳しい一声を上げた。
「そこに居る双子王を連れて、此処まで出てこい! おとなしく従うならば、軍法に従って苦しまぬよう殺してやろう。でなければ……」
「グアァアアアアアアア!」
将軍が、甲板に転がるビーネスの体をつかみ上げると戦槌みたいな右手にギリリと力を込めた。
ビーネスの絶叫が夜の空に木霊して、彼女の全身がたまらずミシミシと軋み始めた、その時だった。
「やめろ、ロック将軍!」
甲板にグリザルドの声が響くと、将軍の見上げた艦橋のハッチが開いて盗賊がその姿を現した。
グリザルドの右手にはコードに繋がれた何かのレバーが、そして左脇には時の流れの凍りついた小さなメイの体が抱きかかえられていた。
「そいつを殺すな将軍。取引をしよう。互いのためになる取引を……」
「取引……だと?」
そう持ちかけるグリザルドの言葉に、ロック将軍はいぶかしげに首をかしげた。
「取引? なんのつもりだ……土鬼」
「ロック将軍。俺は盗賊グリザルドだ。名前くらいは聞いたことあるだろう?」
シュウゥウウ……
ビーネスの体を掴み上げたロックに向かってそう呼びかけながら。
艦橋のハッチから上体をのぞかせたグリザルドの姿が、みるみる灰色の霧に包まれていく。
そして晴れた霧の合間から現れたグリザルドの姿は、もう土鬼の若者の姿ではなかった。
飛行服のような革製のジャケットをまとった双頭のリザードマン……変装を解いたグリザルド本来の姿だった。
「グリザルド。なるほど、深幻想界中を股にかけて盗みを働いているというリザードマンのコソドロか……道理で異様に目端がきくわけだ」
鎧に包まれたロック将軍がグリザルドを見上げて、少し驚いたような声を上げた。
難攻不落の重力城への潜入も、飛空艇ドッペルアドラーの略奪も、すべてこの盗賊の手引きによるものだったのだ。
「将軍、こいつの中身をあらためてくれ!」
と、いきなり……ドサリ。
艦橋の上のグリザルドが、甲板に立つロック将軍に向かって何かを放り投げていた。
盗賊が、レバーを握った右手を器用に繰りながら背中にしょった自分のバッグを、将軍に投げてよこしたのだ。
「こ、これは……!」
空いている方の左手で慎重にカバンを開けた将軍は、驚きの声を上げた。
カバンの中にギッシリと詰まっていたもの……
それは色とりどりの大小無数の綺麗な宝石。
見たこともない形の歯車や螺子や鍵束。
どんな音楽を奏でるのか想像もできない、奇妙な形をした笛や太鼓……
まるでおとぎの国の宝箱の中みたいな宝石や不思議な道具たちだった。
「そいつらは、この俺が深幻想界中から集めて回った貴重な宝具だ。お前の主、魔王マシーネが喉から手が出るほど欲しがってるお宝の山さ。何より凄いのはソイツだ、カバンのポケットに、小さな針が入ってるだろ?」
「グ……ウウ……」
グリザルドの声に……いやカバンの中身の輝きに圧倒されて将軍はうめいた。
宝物の価値などまるでわからない将軍だったが、カバンの中身から放たれる強烈な魔素の強さと純粋さだけはハッキリわかった。
「その針は『時の羅針』だ。あの探偵マキシの『クロニアム』にも匹敵すると言われている強力な始原魔器。そして、あの伝説の『狭間の城』にたどり着くための地図だと言われている……この俺のコレクションの中でも最も貴重なお宝だ」
「『狭間の城』だと!」
宝物に興味の無い将軍も、その名くらいは聞いたことがあった。
カバンの内ポケットに収まっている、台座の無いコンパスのような小さな針。
この針が、あの誰もその場所を知らないといわれる伝説の城への地図
深幻想界最古の始原魔器を収めた宝物庫……『狭間の城』への行き先を示した地図だというのだ!
「ロック将軍。こいつらを……全部お前にくれてやる! ドッペルアドラーもお前に返すよ。お宝は売り払うなり、主のマシーネに献上するなり好きにするがいい」
「なるほど……取引というワケか」
「そうだ将軍。対価はそいつら2人と、このメイの命だ。女どもは見逃せ……元々は、マシーネが仕掛けてきた筋の通らねえ喧嘩だろ?」
「馬鹿な、今さらそんな条件が、通るとでも……」
グリザルドの持ちかけた取引を、首を振って一蹴しようとするロックだったが、次の瞬間。
「(ロック将軍!)」
「……グッ!」
唐突にグリザルドが発した、これまでとは異なる言語に、将軍の体が固まった。
「(こいつは、俺が獅子裂谷の古代遺跡を探検した時に、現地の連中から習い覚えた『原トロール語』だ。魔王マシーネには聞き取れんだろうが、お前さんなら意味くらい解るだろう?)」
「グ……ヌウウウ……」
盗賊の発した、自分の生まれ故郷のナマリをさらにドギツクしたような言葉に、ロック将軍は再びうめいた。
盗賊は、ロックにしか通じない言葉で、ロックだけに解るように話しかけてきたのだ。
「(なあ将軍。聞けばお前さんはあの時の戦争じゃあ、吹雪国の軍隊と協力して、あの双子王の後方で戦ってたそうだな?)」
「……そうだ」
「(だったらお前さんも知っているだろう? この娘があの時、深幻想界のために……どれだけ必死に戦ったか。その挙句がどんな目に遭ってこんな姿になっちまったかも……)」
「ああ、知っている……」
グリザルドの声に答える、将軍の声が震えていた。
「(そんな娘を……このメイを! お前はむざむざマシーネに引き渡すのか? こいつを殺して、強欲なお前の主の……せいぜいが装身具か何かにするために!)」
「いや……だが……しかし……!」
グリザルドが一言一言を発するそのたびに、将軍の胸に広がっていくさざ波。
それはあの日、何もできなかった自分に対する後悔、そしてマシーネの命令に対する迷いだった。
(いいぞ、効いている。あと一押しだ……)
鎧に覆われたその上からでも、隠しおおせない将軍の動揺を見て取ったグリザルドは心の中でそう呟く。
もうあと一押しで、どうにか将軍の攻撃を押しとどめて、この場から離れなければ。
「(そうか……ダメか、将軍。どうしても取引に応じられないってんなら……こっちにも覚悟があるぜ……)」
「なに!?」
「(どっちみち死ぬってなら……死なばもろともだぜ、将軍。俺は今この場でこのレバーのスイッチを押す。わかるな?)」
グリザルドは艦橋の操縦桿とコードでつながった何かのレバーを、高々と頭上に振り上げた。
「まさか……それは……!」
「(ああそうさ将軍。今この場で……ドッペルアドラーの『超空間航行』を開始する!)」
「なん……だと!?」
盗賊の言葉に、ロック将軍が愕然としてうめく。
航行先も定めないまま、十分な魔素も貯蔵されていない状態で『超空間航行』を発動させたなら……!
盗賊の発した言葉の意味の恐ろしさに気づいて、ロック将軍の全身が震えていた。
#
ロック将軍は戦慄する。
すでに吹雪国上空からの予定外の帰還のため、船内に貯蔵された魔素は尽き欠けている。
そんな不完全な状態で、ドッペルアドラーの『超空間航行』を起動させたら。
艦橋の盗賊も、そして甲板に立ったロック将軍も、そしてドッペルアドラーと至近距離の重力城の一部までもが……
空間の狭間に飲み込まれたまま、闇の中を永遠にさまようことになる!
「待てグリザルド……」
「(答えは2つに1つだ将軍! イエスかノーか……!)」
うろたえる将軍にたたみかけながら、盗賊は頭上にかざした操縦桿のレバーをグッと握り締めた。
「グウウウウ……」
ロック将軍は逡巡する。
グリザルドは本気なのかのだろうか。
あのレバーは、本当に艦橋の操縦桿に接続されているのだろうか。
だが将軍に、それを試すことは出来なかった。
機巧都市の技術の粋を結集した巨大飛空艇、旗艦ドッペルアドラーを永久に失うかもしれない。
そんな危険な賭けに挑むことだけは……絶対に出来ない!
「(将軍、イエスなら右手のそいつを離して、カバンを受け取れ。今すぐにだ!)」
グリザルドの言葉に、ロック将軍は右手に掴んだビーネスの体と足元のバッグを交互に見返す。
そして、盗賊が左腕に抱えた小さな少女の姿に視線を移す。
(あの方は、死なせたくない……)
そして将軍は、心の中で小さくそう呟いていた。
それがロック将軍の、偽らざる本心だった。
20年前の邪神戦争で、深幻想界の全ての者のために邪神を封じようとした勇者。
深手を負っていずこかに消えた双子王の片割れを……。
あの寂しげな緑色の目をした少女を、主マシーネの命令とはいえ、ロック将軍は助けたかった!
「どうするロック……」
将軍はうめく。
グリザルドの周りをパタパタと飛び回っている小さな黒竜。
彼が右手のビーネスを解放すれば、竜はその本来の姿に戻ってるだろう。
そして盗賊と少女を、そして今は飛ぶことも出来ない2人の戦姫をその背に乗せて、マシーネの統治の及ばない隣国インゼクトリアに逃げ去ることだろう。
将軍は知っていた。
古の竜のまとった暗黒の霧は、重力城全体を包んだ強力な結界をも容易く無効化することを。
もしも彼らがこの場から逃げ去れば、魔素の尽きかけたドッペルアドラーでの追跡は不可能。
ドッペルアドラー自体からエネルギーの供給を受けて、強烈な強さを発揮する将軍専騎では長時間の飛行は出来ない。
暗黒の霧で魔素が遮断された状態では、それ以上の追尾も不可能だった。
今あの少女を見失えば、魔王マシーネは怒り狂い、将軍は厳しく処罰されるだろう。
いや、ひょっとしたら殺されるかもしれない。
「だが、それでも……」
将軍の声に、何かを決めたような色が宿っていた。
ロック将軍1人が責を負えば、あの勇者を……
かつて深幻想界を救った非業の少女の命を救うことが出来る。
「わかったグリザルド……」
盗賊を見上げて小さくそう呟きながら。
将軍がビーネスをつかんだ右手の力をゆるめてビーネスを甲板に放し、足元のバッグに手をかけようとした……
だが、その時だった。
ブウゥウウウウウンンンン……
突然、金属が軋むような鈍い轟音があたりいったいの空気を震わせた。
「グ……またか、なんなんだ? この感覚……」
グリザルドが周囲を見渡しながら、忌々しげにうめく。
盗賊は感じていた。
轟音と共に、ドッペルアドラーの浮かんだ宙域全体を、何者かの強烈な意志が覆っていくのを……!
――ましーね、タスケル……
――ましーね、タスケル……
――ましーね……タスケル!!
「「うおああああ……」」
ルシオンとビーネスも同時に悲鳴を上げた。
意志の力が、ハッキリした声の形になって。
ルシオン、ビーネス、グリザルド、ロック将軍。
この場に居る全ての者の頭の中で響いてゆく!
そして……
「グオオオオオッ!」
「どわーーー!」
全身を引っ張る強い力に、グリザルドは悲鳴を上げて艦橋のハッチにつかまった。
ルシオンとビーネスの体もまた、なすすべもなく甲板を転がっていく。
この場に居るもの全員の体が、いや飛空艇全体が……
重力城から放たれる強力な引力に引っ張られて、切り立った城壁に向かって落下しようとしていた!
「マシーネ様が……まさか、重力城を覚醒させたのか……!?」
機甲鎧の四肢から噴射させた光の奔流でどうにか甲板に踏みとどまりながら。
ロック将軍は愕然として、そう呻いていた。
「みょーみょーみょー……」
ドッペルアドラーを操る操縦桿を握りしめた盗賊グリザルドは、艦橋に取り残されていた動かないメイの方に目をやってそう呟いていた。
幼竜アンカラゴンはコウモリみたいな翅をパタパタさせて、メイの周りを飛びまわっては心配そうな声を上げている。
猟犬のように鋭敏なグリザルドの嗅覚は、時の流れの凍りついたメイの場所を正確にとらえて、盗賊をこの場所に導いた。
操縦桿に幾重にも施された飛空艇の封印も、深幻想界随一を自称する盗賊グリザルドにかかれば、解除は容易いものだった。
飛空艇の操縦も、グリザルドにとっては初めてのことではない。
これほど巨大な船を長時間操るのは無理にしても、この場を飛び立って機巧都市から離れるくらいならば……!
周囲の景色をとらえた操縦桿のモニターには、ドッペルアドラーの搭乗口めがけて一直線に飛んでくるビーネスとルシオンの姿が映りこんでいる。
グリザルドの意図を察した2人が、飛空艇に乗り込むためにここまで飛んできたのだ。
「いいぞ……王女と姉貴! そんなヤツさっさと振り切って、早くここまで来い……!」
ビーネスとルシオンの姿をジッとにらみながら、盗賊の声がこわばっていた。
2人の王女の後に追いすがって、ものすごいスピードで風を切り空を駆ける赤銀色の巨大な影があった。
機甲鎧にその身を包んだ機巧都市最強の武人、ロック・グリッド将軍だ……
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「光矢! 光矢! 光矢!」
「ルシオン、もっとしっかり狙って!」
「わ、わかってます小姉上!」
空中では、ビーネスに抱きかかえられたルシオンが、追いすがるロック将軍に向かって必死の表情で光矢を狙い撃っていた。
将軍の周囲を縦横無尽に飛び回るルシオンのホタルたちが、その発光器官から次々と緑色の眩い光矢を放っていく。
だが将軍のまとった機甲鎧の前では、そんな攻撃も無力そのものだった。
放たれた光矢は赤銀色の装甲板にはじき返されて、緑色の火花をチラチラと辺りに飛び散らせるばかり。
「無駄だ光線召喚者! そんな攻撃ではこの鎧を貫くことなど出来ん!」
「貫く? 貫くだって……?」
2人の戦姫に猛然と迫りながら、ルシオンを指差してそう言い放つ将軍に、だがルシオンは不思議そうな声を上げた。
「勘違いしてないか将軍? わたしはお前を貫くつもりなんてない……」
「なん……だと……!」
ルシオンの発した意外な言葉に、将軍は戸惑いの声を上げた。
なにか様子がおかしかった、機甲鎧の出力が安定していない。
体のバランスを保てない、高度も徐々に徐々に……落ちていく!
「貫くつもりなんてない……叩き落とすつもりなんだ!」
「貴様! 推進機を!」
ルシオンの狙いに気づいた将軍が怒りにうめいた。
ホタルたちの狙いは将軍の体ではなかった。
将軍の四肢の先端から、金色の光を吹き上げて彼に飛ぶ力を与えている機甲鎧の推進機ノズルだったのだ!
すでに右手と左足の推進機は、光矢の直撃を受けてそのノズルから黒煙を吹いていた。
残った2基の推進機では体のバランスを保てない。
ロック将軍の体が、重力城の城下に向かって墜落してゆく!
「アハハハッ! 今ごろ気づいても遅いんだ! 墜ちていけロック将軍!」
「やりました小姉上!」
ルシオンを抱きかかえながら勝ち誇るビーネス。
ルシオンも上機嫌な顔で、行き先のドッペルアドラーを見上げた、だがその時だった。
「甘いな……!」
重力に身を任せて地上に激突するのを待つばかりのはずのロック将軍が、ボソリと何かを呟いていた。
「将軍専騎・最大武装《フルパワー》……」
将軍は金色の手甲に覆われた右腕をドッペルアドラーにかざして、小さくそう唱えた。
そして、ズドンッ!
「え……?」
「今のは……?」
ルシオンとビーネスの頭上から、足元をすり抜けて。
何か巨大な塊が、2人の体のすぐ傍をかすめて行った。
それはロック将軍が機甲鎧を呼び出したのと同じ場所から放たれたモノだった。
将軍の呼びかけに応じるように、ドッペルアドラーの甲板から射出された機甲鎧なんかよりも遥かに大きな鉄のカタマリが……
ロック将軍の体めがけて、ものすごいスピードで突進していく。
「まだ何か……あるのか!」
「なんてカラクリの多いヤツだ!」
ドッペルアドラーの甲板から飛び出して、ロック将軍のもとに飛んでいく巨大な鉄塊を見下ろしながら。
ビーネスとルシオンの顔がこわばっていた。
ガチャン……ガチャン……
機甲鎧の時と同じだった。
空を切りながら寄木細工のように展開し変形してゆく鉄塊が……
落下するロック将軍に接触すると、瞬く間にその全身を包み込んで、さらに巨大な人型の姿へと変形していく!
「合体した!」
「あんなのアリですか小姉上!」
ビーネスとルシオンは驚愕のうめきを漏らす。
いまロック将軍の体を包んでいるのモノ。
それは両足の装甲から巨大な翼を広げ、まるで戦槌のような巨大な両手に金色の大剣を構えた……
身長5メートルは越えていそうな、極彩色に輝く鉄の巨人だった!
「将軍専騎・最大武装《フルパワード》!」
両足に装備された巨大な推進器から金色の炎をを吹き上げて。
ロック将軍がいま再び、ルシオンとビーネスの方にものすごいスピードで上昇してくる!
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「支援武装! なんてことだ……ってことは……!」
ドッペルアドラーの艦橋では、モニターに映ったロック将軍の姿をにらみながら、グリザルドが絶望的な声を上げていた。
盗賊は恐ろしいことに気づいたのだ。
「じゃあ……あの甲板に並んでる展開式強化武装も全部……将軍は使い放題ってことじゃねーか……! そりゃ火炎飛竜の群れが全滅しちまうワケだ……」
甲板の両端にはさっき射出されたモノと同じ形をした赤銀色の鉄塊が、まだいくつも搭載されていた。
ルシオンとビーネスが、どれだけ力を尽くして将軍の鎧や武器を破壊しようとも……
ロック将軍には、まだあり余るほどの武装と力が備わっているのだ。
機巧都市からの脱走手段としてグリザルドが奪い取った飛空艇ドッペルアドラーも、ロック将軍にとってはルシオンとグリザルドたちを全滅まで追い詰める死の袋小路に過ぎなかったのだ!
「正面から戦っても太刀打ちできねえ! どうにかしないと、どうにかしないと……!」
グリザルドは動けないメイのあどけない顔に目をやりながら、焦燥の声を上げる。
間一髪、重力城の処置室でビーネスを救った時のおぞましい景色が頭から離れない。
メイの体が魔王マシーネの手に渡れば、どれほど恐ろしい目にあってからその命を奪われることになるか……!
そうなる前に、なんとしてもメイを連れ出さなければ!
「考えろ、考えろグリザルド……ん!?」
モニターを見つめながらブツブツそう呟いていたグリザルドが、突然妙な声を上げてあたりを見回した。
「なんだ……この感じは……!」
まるでドッペルアドラーの飛び立った空域全てを覆っていくような強烈な違和感に、盗賊は声を震わせた。
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「うあああああ!」
「小姉上!」
ドッペルアドラーの甲板上空では、ビーネスとルシオンの悲鳴が風に舞っていた。
2人に追いすがったロック将軍の強さは絶望的なものだった。
もうビーネスの針突も、ルシオンの光矢も将軍のまとった武装には通用しなかった。
戦槌のような将軍の拳が、ルシオンの全身を叩きのめしていた。
将軍の振った金色の大剣が、ビーネスの背の優美な翅を切り裂いていた。
戦姫の姉妹にはもう、飛ぶことすら許されていなかった。
ボロボロになった2人の体が甲板に激突して転がった。
「聞こえているな、艦橋に居るヤツ!」
甲板に着陸したロック将軍が、艦橋の方を見上げて厳しい一声を上げた。
「そこに居る双子王を連れて、此処まで出てこい! おとなしく従うならば、軍法に従って苦しまぬよう殺してやろう。でなければ……」
「グアァアアアアアアア!」
将軍が、甲板に転がるビーネスの体をつかみ上げると戦槌みたいな右手にギリリと力を込めた。
ビーネスの絶叫が夜の空に木霊して、彼女の全身がたまらずミシミシと軋み始めた、その時だった。
「やめろ、ロック将軍!」
甲板にグリザルドの声が響くと、将軍の見上げた艦橋のハッチが開いて盗賊がその姿を現した。
グリザルドの右手にはコードに繋がれた何かのレバーが、そして左脇には時の流れの凍りついた小さなメイの体が抱きかかえられていた。
「そいつを殺すな将軍。取引をしよう。互いのためになる取引を……」
「取引……だと?」
そう持ちかけるグリザルドの言葉に、ロック将軍はいぶかしげに首をかしげた。
「取引? なんのつもりだ……土鬼」
「ロック将軍。俺は盗賊グリザルドだ。名前くらいは聞いたことあるだろう?」
シュウゥウウ……
ビーネスの体を掴み上げたロックに向かってそう呼びかけながら。
艦橋のハッチから上体をのぞかせたグリザルドの姿が、みるみる灰色の霧に包まれていく。
そして晴れた霧の合間から現れたグリザルドの姿は、もう土鬼の若者の姿ではなかった。
飛行服のような革製のジャケットをまとった双頭のリザードマン……変装を解いたグリザルド本来の姿だった。
「グリザルド。なるほど、深幻想界中を股にかけて盗みを働いているというリザードマンのコソドロか……道理で異様に目端がきくわけだ」
鎧に包まれたロック将軍がグリザルドを見上げて、少し驚いたような声を上げた。
難攻不落の重力城への潜入も、飛空艇ドッペルアドラーの略奪も、すべてこの盗賊の手引きによるものだったのだ。
「将軍、こいつの中身をあらためてくれ!」
と、いきなり……ドサリ。
艦橋の上のグリザルドが、甲板に立つロック将軍に向かって何かを放り投げていた。
盗賊が、レバーを握った右手を器用に繰りながら背中にしょった自分のバッグを、将軍に投げてよこしたのだ。
「こ、これは……!」
空いている方の左手で慎重にカバンを開けた将軍は、驚きの声を上げた。
カバンの中にギッシリと詰まっていたもの……
それは色とりどりの大小無数の綺麗な宝石。
見たこともない形の歯車や螺子や鍵束。
どんな音楽を奏でるのか想像もできない、奇妙な形をした笛や太鼓……
まるでおとぎの国の宝箱の中みたいな宝石や不思議な道具たちだった。
「そいつらは、この俺が深幻想界中から集めて回った貴重な宝具だ。お前の主、魔王マシーネが喉から手が出るほど欲しがってるお宝の山さ。何より凄いのはソイツだ、カバンのポケットに、小さな針が入ってるだろ?」
「グ……ウウ……」
グリザルドの声に……いやカバンの中身の輝きに圧倒されて将軍はうめいた。
宝物の価値などまるでわからない将軍だったが、カバンの中身から放たれる強烈な魔素の強さと純粋さだけはハッキリわかった。
「その針は『時の羅針』だ。あの探偵マキシの『クロニアム』にも匹敵すると言われている強力な始原魔器。そして、あの伝説の『狭間の城』にたどり着くための地図だと言われている……この俺のコレクションの中でも最も貴重なお宝だ」
「『狭間の城』だと!」
宝物に興味の無い将軍も、その名くらいは聞いたことがあった。
カバンの内ポケットに収まっている、台座の無いコンパスのような小さな針。
この針が、あの誰もその場所を知らないといわれる伝説の城への地図
深幻想界最古の始原魔器を収めた宝物庫……『狭間の城』への行き先を示した地図だというのだ!
「ロック将軍。こいつらを……全部お前にくれてやる! ドッペルアドラーもお前に返すよ。お宝は売り払うなり、主のマシーネに献上するなり好きにするがいい」
「なるほど……取引というワケか」
「そうだ将軍。対価はそいつら2人と、このメイの命だ。女どもは見逃せ……元々は、マシーネが仕掛けてきた筋の通らねえ喧嘩だろ?」
「馬鹿な、今さらそんな条件が、通るとでも……」
グリザルドの持ちかけた取引を、首を振って一蹴しようとするロックだったが、次の瞬間。
「(ロック将軍!)」
「……グッ!」
唐突にグリザルドが発した、これまでとは異なる言語に、将軍の体が固まった。
「(こいつは、俺が獅子裂谷の古代遺跡を探検した時に、現地の連中から習い覚えた『原トロール語』だ。魔王マシーネには聞き取れんだろうが、お前さんなら意味くらい解るだろう?)」
「グ……ヌウウウ……」
盗賊の発した、自分の生まれ故郷のナマリをさらにドギツクしたような言葉に、ロック将軍は再びうめいた。
盗賊は、ロックにしか通じない言葉で、ロックだけに解るように話しかけてきたのだ。
「(なあ将軍。聞けばお前さんはあの時の戦争じゃあ、吹雪国の軍隊と協力して、あの双子王の後方で戦ってたそうだな?)」
「……そうだ」
「(だったらお前さんも知っているだろう? この娘があの時、深幻想界のために……どれだけ必死に戦ったか。その挙句がどんな目に遭ってこんな姿になっちまったかも……)」
「ああ、知っている……」
グリザルドの声に答える、将軍の声が震えていた。
「(そんな娘を……このメイを! お前はむざむざマシーネに引き渡すのか? こいつを殺して、強欲なお前の主の……せいぜいが装身具か何かにするために!)」
「いや……だが……しかし……!」
グリザルドが一言一言を発するそのたびに、将軍の胸に広がっていくさざ波。
それはあの日、何もできなかった自分に対する後悔、そしてマシーネの命令に対する迷いだった。
(いいぞ、効いている。あと一押しだ……)
鎧に覆われたその上からでも、隠しおおせない将軍の動揺を見て取ったグリザルドは心の中でそう呟く。
もうあと一押しで、どうにか将軍の攻撃を押しとどめて、この場から離れなければ。
「(そうか……ダメか、将軍。どうしても取引に応じられないってんなら……こっちにも覚悟があるぜ……)」
「なに!?」
「(どっちみち死ぬってなら……死なばもろともだぜ、将軍。俺は今この場でこのレバーのスイッチを押す。わかるな?)」
グリザルドは艦橋の操縦桿とコードでつながった何かのレバーを、高々と頭上に振り上げた。
「まさか……それは……!」
「(ああそうさ将軍。今この場で……ドッペルアドラーの『超空間航行』を開始する!)」
「なん……だと!?」
盗賊の言葉に、ロック将軍が愕然としてうめく。
航行先も定めないまま、十分な魔素も貯蔵されていない状態で『超空間航行』を発動させたなら……!
盗賊の発した言葉の意味の恐ろしさに気づいて、ロック将軍の全身が震えていた。
#
ロック将軍は戦慄する。
すでに吹雪国上空からの予定外の帰還のため、船内に貯蔵された魔素は尽き欠けている。
そんな不完全な状態で、ドッペルアドラーの『超空間航行』を起動させたら。
艦橋の盗賊も、そして甲板に立ったロック将軍も、そしてドッペルアドラーと至近距離の重力城の一部までもが……
空間の狭間に飲み込まれたまま、闇の中を永遠にさまようことになる!
「待てグリザルド……」
「(答えは2つに1つだ将軍! イエスかノーか……!)」
うろたえる将軍にたたみかけながら、盗賊は頭上にかざした操縦桿のレバーをグッと握り締めた。
「グウウウウ……」
ロック将軍は逡巡する。
グリザルドは本気なのかのだろうか。
あのレバーは、本当に艦橋の操縦桿に接続されているのだろうか。
だが将軍に、それを試すことは出来なかった。
機巧都市の技術の粋を結集した巨大飛空艇、旗艦ドッペルアドラーを永久に失うかもしれない。
そんな危険な賭けに挑むことだけは……絶対に出来ない!
「(将軍、イエスなら右手のそいつを離して、カバンを受け取れ。今すぐにだ!)」
グリザルドの言葉に、ロック将軍は右手に掴んだビーネスの体と足元のバッグを交互に見返す。
そして、盗賊が左腕に抱えた小さな少女の姿に視線を移す。
(あの方は、死なせたくない……)
そして将軍は、心の中で小さくそう呟いていた。
それがロック将軍の、偽らざる本心だった。
20年前の邪神戦争で、深幻想界の全ての者のために邪神を封じようとした勇者。
深手を負っていずこかに消えた双子王の片割れを……。
あの寂しげな緑色の目をした少女を、主マシーネの命令とはいえ、ロック将軍は助けたかった!
「どうするロック……」
将軍はうめく。
グリザルドの周りをパタパタと飛び回っている小さな黒竜。
彼が右手のビーネスを解放すれば、竜はその本来の姿に戻ってるだろう。
そして盗賊と少女を、そして今は飛ぶことも出来ない2人の戦姫をその背に乗せて、マシーネの統治の及ばない隣国インゼクトリアに逃げ去ることだろう。
将軍は知っていた。
古の竜のまとった暗黒の霧は、重力城全体を包んだ強力な結界をも容易く無効化することを。
もしも彼らがこの場から逃げ去れば、魔素の尽きかけたドッペルアドラーでの追跡は不可能。
ドッペルアドラー自体からエネルギーの供給を受けて、強烈な強さを発揮する将軍専騎では長時間の飛行は出来ない。
暗黒の霧で魔素が遮断された状態では、それ以上の追尾も不可能だった。
今あの少女を見失えば、魔王マシーネは怒り狂い、将軍は厳しく処罰されるだろう。
いや、ひょっとしたら殺されるかもしれない。
「だが、それでも……」
将軍の声に、何かを決めたような色が宿っていた。
ロック将軍1人が責を負えば、あの勇者を……
かつて深幻想界を救った非業の少女の命を救うことが出来る。
「わかったグリザルド……」
盗賊を見上げて小さくそう呟きながら。
将軍がビーネスをつかんだ右手の力をゆるめてビーネスを甲板に放し、足元のバッグに手をかけようとした……
だが、その時だった。
ブウゥウウウウウンンンン……
突然、金属が軋むような鈍い轟音があたりいったいの空気を震わせた。
「グ……またか、なんなんだ? この感覚……」
グリザルドが周囲を見渡しながら、忌々しげにうめく。
盗賊は感じていた。
轟音と共に、ドッペルアドラーの浮かんだ宙域全体を、何者かの強烈な意志が覆っていくのを……!
――ましーね、タスケル……
――ましーね、タスケル……
――ましーね……タスケル!!
「「うおああああ……」」
ルシオンとビーネスも同時に悲鳴を上げた。
意志の力が、ハッキリした声の形になって。
ルシオン、ビーネス、グリザルド、ロック将軍。
この場に居る全ての者の頭の中で響いてゆく!
そして……
「グオオオオオッ!」
「どわーーー!」
全身を引っ張る強い力に、グリザルドは悲鳴を上げて艦橋のハッチにつかまった。
ルシオンとビーネスの体もまた、なすすべもなく甲板を転がっていく。
この場に居るもの全員の体が、いや飛空艇全体が……
重力城から放たれる強力な引力に引っ張られて、切り立った城壁に向かって落下しようとしていた!
「マシーネ様が……まさか、重力城を覚醒させたのか……!?」
機甲鎧の四肢から噴射させた光の奔流でどうにか甲板に踏みとどまりながら。
ロック将軍は愕然として、そう呻いていた。
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