41 / 66
Ⅱ バーバラ
7
しおりを挟む私が書類を手にして固まってしまったからでしょうか。
話し合いはまた次の日にでも、という事になりました。私としては申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたが、部屋で一人になれるということに安堵もしたのです。
手の中にある書類を丁寧に畳んで、私はエリザベス姉様に付き添われるようにして部屋に戻ることになりました。
応接室にはニコル兄様もお義父様もアーカード様も残っていらっしゃいます。たぶんまだ話し合いを続けるつもりなのでしょう。
「エリザベス姉様、ご迷惑をおかけして」
「何を言っているのかしら。可愛い妹が大変な目にあっているのに、姉である私があなたの面倒を見るのを迷惑だなんて思う訳ないでしょう?」
ゆっくり、ゆっくり二階の自室を目指してエリザベス姉様と私は歩きます。
時折、メイドが心配そうな視線を向けてきましたが、具合が悪い訳ではないのです。ただ、色々なことが今日のこの時に起こりすぎて疲れてしまっただけだと思います。
そしてようやく部屋に辿り着いた私は、一人きりになると大きくため息をつきました。
エリザベス姉様はまだ私の事が心配のようでしたが、子供たちもそろそろお昼寝から覚める頃です。私に構わず子供たちのところへ行ってあげてくださいとお願いすれば、エリザベス姉様は納得がいっていないような表情を浮かべましたが、部屋から出ていってくださいました。
私は手にしていた書類とリカルド様からの手紙を文机の上に、そっと置きます。
疲れてしまったからでしょうか。ニコル兄様には後で読むようにと言われましたが、今それを読む気にはなりませんでした。
部屋に戻ってどれくらい時間が経ったのでしょう。
コンコンと扉をノックする音が聞こえました。
ベッドに腰かけたままぼんやりとしていた私は扉を見つめます。
もう夕食の時間なのでしょうか。そう思って窓の外に視線を向けますが、外はまだ空が茜色に染まり始めたばかりで、夕食にはまだ少しだけ時間があるように思われました。
「バーバラ、入ってもいいかな」
再度ノックの音とニコル兄様の声がしました。私は慌てて入っても大丈夫、と声を上げます。
扉を開けに行こうと腰かけていたベッドから腰をあげましたが、その前にニコル兄様が部屋の中へと入っていらっしゃいました。
「大丈夫かいバーバラ、少し顔色が悪いような気がするけれど」
二コル兄様はベッドに腰かけたままの私にそう言います。
けれど私には自分の顔色が分かるはずもありません。ですから、とりあえずは大丈夫です、と笑ってみました。
そんな私にニコル兄様は、どこか困ったような表情を浮かべ、ちらりと文机の上に置かれた書類と折り畳まれたままのリカルド様の手紙に視線を向けます。
「バーバラは嬉しくないのかな?」
ニコル兄様の視線が私に向いたかと思うと、不意にそんな事を聞いてきました。
「なにが、でしょう?」
「……何がって、リカルド・アルトワイスとの離縁が成立しそうなこと、かな」
その言葉に、私も文机に置かれた手紙に目をやりました。
「その分だとまだ手紙は読んでいないのだろう?」
「ええ、なんだか疲れてしまって」
「うん、そうだね。今日は色々あったし」
ニコル兄様はそう言いながら文机の前に置かれた椅子を動かし私に身体を向けて座ります。
「バーバラはこの結婚を続けたかった?」
そして問いかけられた私は、ふるりと首を横に振りました。
リカルド様には悪いですが、リカルド様を好きになる要素は私にはありません。だって、ずっと放って置かれたのですもの。
けれど、先ほどお義父様から手渡された離縁届と男性側の【 白い結婚 】の書類を見ても、私は喜びよりも何故か戸惑いを感じてしまいました。
何故か、なんて私自身でもよく分からないのです。
「もしかしてバーバラも【白い結婚】を考えてた?」
それは事実ですから、私はニコル兄様の言葉に頷きます。
「女性からの申し立ては、三年過ぎないと難しかったよね?」
私は兄様の言葉に、「そうですね」と返しました。
リカルド様から追い立てられるように官舎を出なくてはいけなくなった時、もちろんお得意様であるディオーナ様の所へ納期の延長をお願いしに行ったわけですが、その帰り道で神殿に寄ってみたのです。
その時はまだ離縁する、という事は考えてはおりませんでしたが、現状を相談できるような知り合いは王都におりませんでした。
それに神殿にいる神官様は、沈黙の誓いーーそれは神殿で話された事は、決して外には漏らしてはいけないという誓いですーー誓約をしておりますので、神官様にお話ししたことが外部に漏れる事は絶対にありません。
そこで私は今までの事を話しました。
政略結婚だったこと、旦那様が騎士様で官舎住まいであったこと、つい先日いきなり官舎を出て行けと言われたこと、そして結婚してから一度も夫婦としての生活がないことも全て。
愛し愛され次代を繋ぐ結婚というものは、神聖なものだと神官様はおっしゃいましたが、儘ならない事もあるのだとも愁いを帯びた目でお続けになりました。そこで私は【 白い結婚 】の事を詳しく教えていただいたのです。
そして【 白い結婚 】の条件を聞いて、今の状態であれば可能なのではないかと私は思い至りました。
だからリカルド様からの離縁届や【 白い結婚 】に関する書類は、私としても大変ありがたい物だったはずなのです。
けれど、それを見た私の心には、喜びよりも先に戸惑いの方が強く沸き上がりました。
ーーーーーーーーーーーーーーー
133
あなたにおすすめの小説
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。
けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。
「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。
ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。
そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。
学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。
けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。
暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。
※10万文字超えそうなので長編に変更します。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります
恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」
「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」
十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。
再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、
その瞬間に決意した。
「ええ、喜んで差し上げますわ」
将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。
跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、
王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。
「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」
聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる