旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり

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Ⅱ バーバラ

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 私が書類を手にして固まってしまったからでしょうか。

 話し合いはまた次の日にでも、という事になりました。私としては申し訳ない気持ちでいっぱいになりましたが、部屋で一人になれるということに安堵もしたのです。

 手の中にある書類を丁寧に畳んで、私はエリザベス姉様に付き添われるようにして部屋に戻ることになりました。

 応接室にはニコル兄様もお義父様もアーカード様も残っていらっしゃいます。たぶんまだ話し合いを続けるつもりなのでしょう。

「エリザベス姉様、ご迷惑をおかけして」
「何を言っているのかしら。可愛い妹が大変な目にあっているのに、姉である私があなたの面倒を見るのを迷惑だなんて思う訳ないでしょう?」

 ゆっくり、ゆっくり二階の自室を目指してエリザベス姉様と私は歩きます。

 時折、メイドが心配そうな視線を向けてきましたが、具合が悪い訳ではないのです。ただ、色々なことが今日のこの時に起こりすぎて疲れてしまっただけだと思います。

 そしてようやく部屋に辿り着いた私は、一人きりになると大きくため息をつきました。

 エリザベス姉様はまだ私の事が心配のようでしたが、子供たちもそろそろお昼寝から覚める頃です。私に構わず子供たちのところへ行ってあげてくださいとお願いすれば、エリザベス姉様は納得がいっていないような表情を浮かべましたが、部屋から出ていってくださいました。

 私は手にしていた書類とリカルド様からの手紙を文机の上に、そっと置きます。

 疲れてしまったからでしょうか。ニコル兄様には後で読むようにと言われましたが、今それを読む気にはなりませんでした。




 部屋に戻ってどれくらい時間が経ったのでしょう。

 コンコンと扉をノックする音が聞こえました。
 ベッドに腰かけたままぼんやりとしていた私は扉を見つめます。
 もう夕食の時間なのでしょうか。そう思って窓の外に視線を向けますが、外はまだ空が茜色に染まり始めたばかりで、夕食にはまだ少しだけ時間があるように思われました。

「バーバラ、入ってもいいかな」

 再度ノックの音とニコル兄様の声がしました。私は慌てて入っても大丈夫、と声を上げます。

 扉を開けに行こうと腰かけていたベッドから腰をあげましたが、その前にニコル兄様が部屋の中へと入っていらっしゃいました。

「大丈夫かいバーバラ、少し顔色が悪いような気がするけれど」

 二コル兄様はベッドに腰かけたままの私にそう言います。
 けれど私には自分の顔色が分かるはずもありません。ですから、とりあえずは大丈夫です、と笑ってみました。

 そんな私にニコル兄様は、どこか困ったような表情を浮かべ、ちらりと文机の上に置かれた書類と折り畳まれたままのリカルド様の手紙に視線を向けます。

「バーバラは嬉しくないのかな?」

 ニコル兄様の視線が私に向いたかと思うと、不意にそんな事を聞いてきました。

「なにが、でしょう?」
「……何がって、リカルド・アルトワイスとの離縁が成立しそうなこと、かな」

 その言葉に、私も文机に置かれた手紙に目をやりました。

「その分だとまだ手紙は読んでいないのだろう?」
「ええ、なんだか疲れてしまって」
「うん、そうだね。今日は色々あったし」

 ニコル兄様はそう言いながら文机の前に置かれた椅子を動かし私に身体を向けて座ります。

「バーバラはこの結婚を続けたかった?」

 そして問いかけられた私は、ふるりと首を横に振りました。

 リカルド様には悪いですが、リカルド様を好きになる要素は私にはありません。だって、ずっと放って置かれたのですもの。

 けれど、先ほどお義父様から手渡された離縁届と男性側の【 白い結婚 】の書類を見ても、私は喜びよりも何故か戸惑いを感じてしまいました。

 何故か、なんて私自身でもよく分からないのです。

「もしかしてバーバラも【白い結婚】を考えてた?」

 それは事実ですから、私はニコル兄様の言葉に頷きます。

「女性からの申し立ては、三年過ぎないと難しかったよね?」

 私は兄様の言葉に、「そうですね」と返しました。

 リカルド様から追い立てられるように官舎を出なくてはいけなくなった時、もちろんお得意様であるディオーナ様の所へ納期の延長をお願いしに行ったわけですが、その帰り道で神殿に寄ってみたのです。

 その時はまだ離縁する、という事は考えてはおりませんでしたが、現状を相談できるような知り合いは王都におりませんでした。

 それに神殿にいる神官様は、沈黙の誓いーーそれは神殿で話された事は、決して外には漏らしてはいけないという誓いですーー誓約をしておりますので、神官様にお話ししたことが外部に漏れる事は絶対にありません。

 そこで私は今までの事を話しました。

 政略結婚だったこと、旦那様が騎士様で官舎住まいであったこと、つい先日いきなり官舎を出て行けと言われたこと、そして結婚してから一度も夫婦としての生活がないことも全て。

 愛し愛され次代を繋ぐ結婚というものは、神聖なものだと神官様はおっしゃいましたが、儘ならない事もあるのだとも愁いを帯びた目でお続けになりました。そこで私は【 白い結婚 】の事を詳しく教えていただいたのです。

 そして【 白い結婚 】の条件を聞いて、今の状態であれば可能なのではないかと私は思い至りました。

 だからリカルド様からの離縁届や【 白い結婚 】に関する書類は、私としても大変ありがたい物だったはずなのです。

 けれど、それを見た私の心には、喜びよりも先に戸惑いの方が強く沸き上がりました。

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