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第一章
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しおりを挟むあの後、白身魚の蒸し焼きと果物を使ったゼリーが他のメイン料理と共に提供された。
蒸すという料理は初めてだったようで、二人とも白身を口に含んでは味を堪能してくれたようだった。
時折漏れる、ほうっという吐息に、イライアスの方がドキドキさせられたが。
だって仕方がないと思う。白身を口に含んで、片手を頬に当て、満足気な表情と色っぽいと言ってもいい吐息と、目を瞑った表情のパメラ嬢を見せられたら、ドキドキする、そう、きっとここにシンディーラ皇子がいたら、アメリア嬢を見てドキドキするはずだ。
そして、もちろんデザートの果物のゼリーにも彼女たちは興奮を隠さなかった。初めての触感だったようで、最後の一口を食べ終わったときには、とてもしょんぼりしていた。少しばかり二人が可愛らしくて笑いそうになったのは内緒だ。
後は食後の紅茶をまったりと飲みつつ、午後一つ目の授業開始時間まで(もちろん移動時間はあるが)会話を楽しむ。
しかしイライアスは、この後の事を考えると少しばかり緊張していた。何せ十六年間生きてきて初めて、女性をデートに誘うミッションが待っている。
明日と明後日は、週末で学園も休みになる。パメラ嬢が婚約を解消してから数日経つが、婚約の申し込みはまだ早いかと思うけれど、デートぐらい誘ってもいいのでは、と思ったのだ。
けれど、いざ申し込もうと思っても、常にアメリア嬢と一緒にいるパメラ嬢だけを呼び出すのは難しく。いっその事、アメリア嬢がいても申し込んだらいいのかとも考えて。
「婚約の申し込みを躊躇っているのなら、せめてデートの一つでも誘ったらいかがです? それともヘタレなんですか第一王子殿下」
などと、ディノッゾが珍しい事に冷たく言い放ってきてーー既にディノッゾとは八年の付き合いだからか、言い方に容赦がなくなってきたような気がするーーいつもは名前を呼んでくれるディノッゾが、第一王子殿下なんて言うものだから、さすがにイライアスも気落ちした。
今日のランチにイライアスが食べたいものをリクエストしてくれたのは、ディノッゾもさすがに言い過ぎたと思ったからだろう。
何せラティーロの料理は、他国では知られていない料理も多い。料理自体もだが、料理方法や材料、調味料などなど。未だイライアスの元に戻ってきていないディノッゾを考えると、料理人たちから解放してもらえていないのではないかと心配になってきた。
と、突然軽快なチャイムが鳴り始める。
「あら、そろそろランチタイムも終わりですわね」
アメリア嬢がその音に背後にいる侍女を見た。侍女は軽く頷くとアメリア嬢が立ち上がる動作に合わせて椅子を引く。するとパメラ嬢も同じように立ち上がろうとした。
「あ、あのパメラ嬢……」
ここで言わなければ授業に行ってしまう、と慌てて声を掛ければ、既に立ち上がっていたアメリア嬢が、クスリと笑い、「パメラさん、先に行っているわね」と行ってしまう。
「……どうされましたか? イライアス様」
一度立ち上がりかけたパメラ嬢は再び椅子に腰を下ろして、イライアスを見つめた。イライアスは思わずゴクリと唾をのむ。
「あ、明日の休日ですが、なにか用事とかありますでしょうか」
イライアスの言葉に、パメラ嬢は僅かに驚いたような表情をした。だが、ほんの少し逡巡しただけで、「いいえ、予定は何もありませんわ」と返ってきた。
よし!
心の中でぐっと拳を握りしめ、イライアスは言葉を続ける。
「ご予定もないとのことですので、よろしければ私と街に出かけては頂けないでしょうか」
「お出かけ、ですの?」
「はい。こちらに来て三か月以上経っているのですが、お恥ずかしい話、街にはまだ出かけた事がなく。なので、できればパメラ嬢に街を案内して頂ければと、思い……」
顔は赤くなっていないだろうか。そう思いながらも、なんとか言い切ったイライアスに、パメラ嬢はクスクスと笑った。
「私でよろしいんですの?」
「はい、パメラ嬢にお願いしたいのです。もちろん二人きりという訳にはいかないでしょう。私の侍従のディノッゾも付いてきますし、護衛が必要であればうちのメイドのミーシャは護衛もできるので」
「あらメイドの方は護衛兼任の方でしたのね? 私の方も付添人を一人連れていきますわ。二人きりだなんて、おかしな噂を立てられてもイライアス様もご迷惑」
「迷惑なんてしません!」
イライアスは思わずパメラ嬢が続けようとした言葉を断ち切る。決して声は大きくないつもりだ。けれど、パメラ嬢はびっくりしたように目を見開く。
「これはデートのお誘いです。もしパメラ嬢の方でご都合が悪ければ、次の休みでも構いません。私が嫌なら断ってもいいのです」
「そ、そんな……イライアス様を嫌だなんて……」
困惑。からの羞恥。
見る間に顔を赤くしたパメラ嬢に、イライアスもつられて顔が熱くなってくるのが分かった。
「え、ええ、はい。ご迷惑で、ないのであれば、ぜひ。でもラティーロよりも美味しいお店は、あまりないかもしれませんわ」
両手を頬に添えて、囁くように呟くパメラ嬢に、イライアスはパメラ嬢が可愛くてどうしようか、と思う。このテーブルの距離がもどかしい、のに、この距離があって良かったとも思うのだ。
「パメラ嬢のお好きな場所を私に教えてください。雑貨屋でも宝飾店でも菓子店でも、私はあなたのことが知りたい」
「!」
熱に浮かされたように言葉を紡げば、パメラ嬢は慌てて立ち上がる。もちろん侍女の介助がないために、カタカタと椅子が音を立てた。
その音にパメラ嬢は、ハッとして不作法をしたと思ったのだろう。少しだけ冷静さを取り戻し、令嬢らしく一礼したかと思うと、「次の授業がありますので」と少しばかり早い歩調で、イライアスのいるテーブルから離れて行った。
「あー」
「頑張りましたね」
緊張から解放されたイライアスは、呻き声ともつかぬ声を出す。すぐさま声を掛けてきたのはディノッゾで、ちらりと振り返れば満面の笑顔を浮かべていた。
「いや~、街に案内してくださいと言い出した時には、どうしようかと思いましたが、ちゃんとデートと言えて良かったですね~」
パメラ嬢の婚約解消を聞いてからこっち、さんざんイライアスに発破をかけてきたディノッゾは本当に満足そうにしている。きっと、これで陛下や王妃にいい報告ができますね、とでも思っているに違いなかった。
ディノッゾはイライアスに仕えてくれてはいるが、彼の主はあくまでもトバイアスなのは間違いがなく。だから、きっと明日の事も一部始終報告されるんだろう、と思えば少しばかり気が重い。
なぜなら、またトバイアスから余計なコメントのついた手紙が、きっと届くだろうからだ。
ああ、本当に、全く、もう。
そう嘆息しながら、でもイライアスは込み上げてくる喜びを噛み締める。
「ディノッゾ」
「はい」
「明日、記念にアクセサリーを贈るのは気が早いだろうか」
浮かれているな、とは自分でも思うものの、顔を真っ赤にしたパメラ嬢を思い出せば、彼女に似合うものを贈りたいと、そう思った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
イライアスは大変良く頑張りました。というところでしょうか。
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