悪役令嬢は悪魔と復讐のダンスを踊る

村上かおり

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 結局のところ両親の顔を見ても、兄姉に抱きしめられてもーー兄に抱きしめられたのには驚きはしたがーー家令や侍女長に潤んだ瞳を向けられても、彼女は冷静でーーいや混乱していたというほうが正しいかもしれない。

 なぜなら彼らが部屋に入ってきた瞬間から、強烈な匂いが彼女の鼻を攻撃してきたのだ。

 まあ、ターニャの着ているクラシカルなメイド服からも、アデライーデの記憶からも分かってはいた事だが、この世界は中世のヨーロッパ文化圏に近い。

 とは言え、一人一人に精霊の加護があり、魔法がそれなりに使える世界ではある。便利な魔道具などもあり、部屋の明かりは蝋燭ではないし井戸から水を汲むような重労働もないらしい。

 けれど精霊の属性によって使える魔法も限られるなどの制約があり、小説や漫画のような生活魔法みたいなものはなく、身体を身ぎれいにするにはお風呂に入るしかないようだ。

 もちろん公爵家であるマルチェッロ家なら毎日風呂に入る事はできる。けれど、この世界には日本のようなシャンプーやリンス、ボディソープ、なんてものは存在しなかった。

 アデライーデの記憶によると、サボンの実という石鹸もどきの実があるらしくーーかたい殻に覆われていて、実という言葉からも分かるように木になるんだそうだーーその実の中身が石鹸がわりとなる。もちろん髪も身体もこれだけで洗い、香油を刷り込むのが通常らしい。

 これで日本人のように野菜や魚が中心の食生活ならばまだマシだったろうが、やはりここはヨーロッパに準じているようで、肉食が普通。生野菜はほとんど食べないし、食べるとしても酢漬けのキャベツや煮込まれた野菜をスープと一緒に食べるくらい。

 となると、どうしたって体臭はきつくなる。そしてそれを誤魔化そうとすれば香水文化が発達するのが道理だ。

 そう、彼らが入ってきた瞬間から、それぞれが付ける香水の匂いにアデライーデは鼻がつんとし、その眼には涙が浮かぶ。

 そういえば元々きつい匂いは好んでなかったな、と涙目になったアデライーデは思った。

 もちろんアデライーデがまだ8歳で、食も細く肉よりも魚を好み、社交に出る事もなかったから香水をつける必要もなく、つい先日初めて招待された第一王子との顔見せのお茶会ーー要は側近候補や王子妃候補を見繕おうとしたわけだーーにも、せいぜい匂い袋をドレスの隠しに偲ばせていたくらい。

 だから両親、兄弟の顔を見ても何を思う暇もなく、アデライーデは「臭い……」と呟く事しかできなかった。

 もちろん抱きしめてきた兄、姉はそんな事を妹に言われて驚いた。

 くだんのお茶会で、王妃様と第一王子様にご挨拶に向かったと思ったら卒倒して10日もの間目を覚まさなかった妹を心配していたのに、その妹からいきなり臭いなどと言われたのだ。驚くなという方が無理だろう。

 15歳になる兄は硬直し、10歳になる姉は顔を引き攣らせて酷いと言って泣き出した。

 それも仕方がない。幾ら妹だとしても言って良い事と悪い事がある。

 アデライーデもその点は反省した。しかし「臭い」と思った事は否定しない。

 だって本当に香水臭いし髪からは香油の匂いもするし、兄と姉でもまた別の匂いがするのだ。それなりに距離が離れているはずの母からも姉たちとはまた違う匂いが強烈に香る。

 普段から香水をつけていると鼻が馬鹿になって、つけすぎてしまうというが、これは本当につけすぎだ。出来る事なら全員匂いを落として来て欲しい、そう思ったアデライーデは小さく呟いた。

「香水の匂いがきついのです……頭が痛くなります……」

 アデライーデのその言葉に、部屋の中にいる全員が手首やら腕の匂いを嗅いだ。父母兄弟だけではない。マルチェッロ家の全員が揃っているために部屋の隅に待機している家令や侍女長、メイドのターニャまでもだ。

 全員がくんくんと鼻を鳴らしている姿はあまりにも可笑しくて、アデライーデはついくすくすと笑ってしまう。

 その笑みを見た兄が、「アデライーデが笑ってる……」と呟いた事にはアデライーデも気が付かなかった。


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2022.03.01 一部誤字を修正しました。
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