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24. Bianca
しおりを挟むアデライーデが目を覚ましてから、彼女は性格が変わったと、姉であるビアンカは感じている。
もちろん母も兄も父ですらも、それを感じているはずだ。けれど、誰も何も言わない。
それは王妃様のお茶会で、気を失うほどに怯えたアデライーデを慮ってのことだろうというのは、ビアンカも分かっていた。
けれど心配したのに、いきなり「臭い」と言われたのは、未だにちょっとしたトラウマになっている。
でも、そのおかげでアデライーデがシャンプーというものを作ってくれたから、許そうと思った。だって、シャンプーはいい匂いがするし、髪も身体もそれで洗うとさっぱりして気持ちがいい。
しかも錬金術師のイルマとアデライーデの二人で、どんどん改良しているようで、最近では入浴後のマッサージをしなくても、お肌がもっちりすべすべ、髪もしっとり艶々になるシャンプーになった。
ビアンカの専属メイドなんて、「お洒落のしがいがありますね!」と、とても楽しそうに言う。
実際、母と一緒にお茶会に参加すると注目の的だ。
何せ入浴だけでもお肌がもっちりすべすべになるのに、更に化粧水にマッサージもした母の肌は瑞々しくて張りがある。母の同年代の方たちに比べると、断然若く見えた。
それにお化粧の仕方もアデライーデは何故か知っていて、その通りにすると薄い化粧でも断然見違える。しかも、アデライーデ考案のリップバームで唇を潤わせてから紅を指すと、つやつやの唇になるからビアンカも愛用するようになった。
母が言うには、眠り続けていたあの10日間の間に、アデライーデは異世界の知識に触れたのだという。
でも、そんな事あるのかしら。
ビアンカはついそう思ってしまう。
けれどアデライーデは家族の複雑な思いなど気づかないようで、次々と新しいものを作り出していった。
一見スカートに見えるのにズボンでもあるキュロットパンツ。子供の服を汚さないための、可愛らしいエプロンドレスと被るだけのスモッグ。そして素敵なレースで編んだ薔薇。
ビアンカは特にこのレース編みの薔薇が大好きだった。レース編みが得意なマリッサに頼めば、小さなものから大きなものまで、色とりどりの薔薇を作ってくれる。それをコサージュみたいにしてドレスにつけてみたり、扇子の房飾りにしてみたり、髪留めや帽子につけたりするのがビアンカは楽しかった。
次にアデライーデが考え出したのが、自分が着るためにデザインしたという、リボンやフリルを多用したロリータ服(アデライーデがそう呼ぶのだ)とヘッドドレス。それらはとても素敵だったけれど、貴族の令嬢が着るドレスとは全く違った。それに、ちょっとネグリジェっぽく見える。
でも、ビアンカもアデライーデが考えたその服を着てみたいと思った。だって、本当に可愛い。けれど、この服を着てお茶会に行く勇気はなかった。
貴族社会は新しいものに目がないけれど、自分たちと違うものは、できるだけ排除しようとする傾向にある。もちろん筆頭公爵家であるマルチェッロ家を排除しようなんて思う貴族はいないだろうけれど、令嬢だけの狭い世界では、結構、簡単に虐めに発展することがある。
ビアンカは当然、虐められた事はないけれど、虐められている現場は、何度も見かけた。
一人の令嬢を数人の令嬢たちが取り囲んで、嫌味を言ったり小突いたり、ドレスをわざと汚したり。そんな行為はレディとして恥ずべき行為だけれど、自分がその対象になるかもしれないと思うと怖かった。
だから、せめて。
ビアンカはアデライーデに、その服のデザインでお人形の服を作ってもいいか聞いてみた。自分が着る勇気がないのなら、せめて人形に着せてみたいと思ったのだ。
アデライーデは、「それはいい考え!」と直ぐに了承してくれて、こんなのも可愛いと思うと、幾つものデザイン画を描いてくれた。でも、その絵を見るとあまり上手ではなくて。少し笑ってしまったのは許して欲しい。
人形用の服は、マルチェッロ家のお針子たちが楽しんで作ってくれた。小さいサイズだから大変なはずなのに、ビアンカの大好きなレースの薔薇も小さく作ってくれて、人形がどんどん可愛くなっていく。
そうなってくると見せびらかしたくなるのが人間の性というものだ。
ビアンカは時折、人形を連れてお茶会に参加するようになった。とは言え格式の高いものは避け、身内のちょっとしたお茶会や母のご友人のお茶会だけではあったけれど。
それでも可愛らしい服を着せた人形を持参するビアンカに、女児たちの視線はくぎ付けで。中にはその人形が欲しいと泣き出される事もあった。
確かに見せびらかすために持参しているのだから、そういう事があってもおかしくはない。でも、この人形は父に買っていただいたとても大切なものだ。だから人形をあげる訳にはいかない。
そう思うならば連れて行かなければいいのだけれど、可愛くなった人形を見せびらかしたいという欲求はどうしようもなかった。ビアンカはそんな自分が浅ましいとも思うし、恥ずべきだとも思う。しかし、無自覚であったにしろ、この行為がビアンカの中にあった承認欲求を満たした。となれば、それを手放すのは、どうしても惜しい。
ビアンカは確かに筆頭公爵家のご令嬢ではあったが、兄のように火の精霊の加護を体現するような鮮やかな髪色を持つわけでもなく、母と同じ風の精霊の加護を受けたものの、下位の精霊で髪色は僅かに色が混じったイエローグリーン。魔力量だって中の中だ。
ビアンカの専属メイドは、精霊の儀の後、「とても素晴らしいじゃないですか」、と喜んでくれたけれど、精霊の儀を迎えていないアデライーデですら、既に色付きで髪の色だけでなく瞳の色にも加護色がでていた。きっと、ビアンカよりも上位の精霊の加護を授かる事が出来るだろう。
そんな兄と妹に挟まれた中間子であるビアンカは、だから自分にあまり自信がなかった。もちろん見た目は父と母の血を継いでいるから悪くはないが、見た目だけでは貴族社会では馬鹿にされる。
実際、母に連れられてお茶会に出るようになると、貴族令嬢としては平々凡々のようですわね、なんて嫌味を言われるようになったのだから、推して知るべしだ。
たぶん母は、そんなビアンカの気持ちを察していたのだろう。
「お茶会にお人形を持っていきたいのなら、あげても惜しくはないぬいぐるみを持っていったらどう? お人形に着せるのよりは簡素な物になってしまうかもしれないけれど、ちゃんとお洋服も着せてあればいいと思うわ」
ある日、母がそんな事を言った。しかも、そのぬいぐるみを自分で作ってみたらいいと言う。
ビアンカは驚いた。確かに刺繍は令嬢の嗜みとして練習している。一針、一針、丁寧に縫うようにして、時間はかかるがそれなりのものを仕上げられるようになってきた。しかし、ぬいぐるみを自作する?
ベッドの上に置かれている、お気に入りのぬいぐるみに視線を送る。柔らかい素材でできたカーバンクルのぬいぐるみは、ふわふわもこもこで今でも抱きしめて眠っているものだ。
あんな素敵なぬいぐるみなど、どうやっても自分で作れるような気がしない。
「ねえ、これ見て? アデライーデが作ったらしいのだけれど、毛糸で編むぬいぐるみなんですって」
今度は手のひら大のもこっとした何かを母は手にしていた。
「これは?」
ぬいぐるみと言われたけれど、なんのぬいぐるみか分からずにビアンカは首を傾げる。
「アデライーデはラビットって言ってたのだけれど、ラビットってこんなのだったかしらねぇ」
アデライーデはまだ8歳になったばかりだから、1人で屋敷の外に出ることはなかった。だから外にいる動物の姿もよく分からなかったんだろうと、ビアンカは思う。
「これは毛糸で編んだものだけれど、頭と胴体と手足、それと耳を作ってくっつけるだけってアデライーデは言ってたわね。それに布でも作れると言っていたわ」
母の説明にビアンカはなるほど、と頷いた。毛糸を編むというのがビアンカには分からないかったけれど、布を使うものなら作れるかもしれない。それに全部をバラバラに作ってくっつけるだけなら、そこまで難しくないかも。
そう思ったビアンカは、縫物が得意なお針子に一緒にぬいぐるみを作ってくれるようお願いした。もちろんそれは彼女にとって業務外のはずだが、快く了承してくれる。そうしてビアンカはぬいぐるみの制作に取り掛かる事になったのだった。
それは、やがてぬいぐるみ作家となるビアンカの最初の第一歩。
ーーーーーーーーーーー
少々シリアスばかり書いているので息抜きで、ちょっと自信のない姉のお話し。
2022.03.01 一部加筆修正しました。
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