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しおりを挟む「今のなんの音?!」
『ああ?! なんだぁ⁉』
その音に反応したのはアデライーデと黒ヒョウだけだった。精霊の3人は、1人と一匹が驚いている様をキョトンと見つめている。
『貴様ら、何を呑気にしている、精霊界に戻れるか試してみよ』
ちょっとおまぬけな表情で自分たちを見つめていた精霊たちに、黒ヒョウが低く唸った。先ほどまでのチンピラ風ではない、威厳のある重低音の声に、時の精霊の紫が反応する。
『……どういうことでしょうか。何かに弾かれて戻れません』
『やはり、な』
紫の返事に黒ヒョウは、瞠目した。訳が分からないのはアデライーデも一緒だが、先ほどまでと違う威圧を黒ヒョウに感じて、いまいち問い質すことが出来ないでいる。
『戻れないなんて、まずい、よね』
『不味いなぁ、これどうなってんだろ』
こちらの2人もまた小声でひそひそと話していた。だからアデライーデは、こそりと話しかけてみる。
「ねえ、戻れなくなったって、どうしたの?」
『分からないわ、今までなら何も考えずに精霊界に戻れたの。だけど今は、何かに邪魔されてるみたいで戻れない』
ルーチェの言葉はアデライーデには、分かるようで分からなかった。でも、彼らが精霊界に戻れなくなった事だけは分かる。
「召喚されて契約しても精霊界に戻るものなの?」
『……んー、普通ならそのままこっちにいるものだけど』
『でも、時の……紫だったっけ? 大精霊と契約した上に俺と光のとも契約しちゃったし』
『こっちに全員いると1人1人はそうではなくても、結構な魔力を持っていかれると思うの』
不味いと言うのは、どうやらアデライーデの事だったらしい。そうか、魔力が持っていかれるのか。アデライーデは思わず真顔になった。
今までは、どの時間軸でも常に1人の精霊としか契約をしてこなかったし、魔法を使う時以外、魔力を持っていかれるような感覚もなかったから気づかなかった。これは結構まずいかもしれない、アデライーデはそう思う。
今の魔力量を把握している訳ではないけれど、それでも8歳の頃から魔法を使ってきたから、それなりの魔力量はあるはずだ。とそこまで考えたアデライーデは、ふと、ある事に気づく。
「ん? ちょっと待って。私、ノアとルーチェとも契約したの?」
『え? 名前つけてくれたでしょう』
『今さら? さっき紫が説明してたよね』
「だって、今日はもういっぱいいっぱいで……」
『ついでに言うと俺様とも契約は完了しているぞ』
突然、黒ヒョウーーいやオセと言ったかーーがアデライーデ達の会話に割り込んできた。けれど、視線は紫に遮られていて、しかもなんだか雰囲気が悪い。
『ーーーー殿、今すぐ契約を解除してください』
穏やかそうな紫が、眦を吊り上げてオセに言った。
『無理』
しかしオセはすぐさまそれを断る。
『ただでさえアデライーデは、私たちと契約しているのです。そこにあなたまでとなったら、アデライーデの魔力が枯渇しますよ、最悪、死んでしまいます』
紫の言葉に、アデライーデはひえっと肩を竦めた。確かに魔法を使いすぎると眠くなるし、本にも魔力枯渇は死ぬ可能性があるとあった。今さらながらに、その事を思い出して震える。
『なんだ、お前たちは魔力の譲渡もできねぇのか』
フンっと鼻を鳴らしたオセが、紫を馬鹿にするように言った。そしてアデライーデにするりと近づくと、ベロリっとその長い舌で、いきなりアデライーデの顔を舐めはじめる。
ベロリ、ベロリ、ベロリ。
これが犬や猫であるならば、アデライーデも微笑ましく思っただろう。だが、相手は巨躯の黒ヒョウだ。しかも大きい身体に即した長くて肉厚な舌は、ネコ科特有のざらざらした舌をしていて、地味に痛い。
「ちょ、まっ、やめ」
アデライーデは、必死にオセを止めようとするが、のしかかられてしまうとどうする事もできなかった。暫くそのまま顔を舐められて、ようやくオセが満足した頃には、すっかり顔は唾液塗れになっていた。最悪である。
『契約で減った魔力も今のでだいぶ回復しただろーよ』
そう聞かれるとさっきまであった倦怠感のようなものは、きれいさっぱりなくなっていた。
「えー、今のが魔力の譲渡?!」
『本当ならセ〇クスで中〇しするのが一番効率がいいんだけどな』
にやりとオセが笑う。黒ヒョウの表情なんて分かるはずないと思っていたのに、なんとも表情豊かなものだ。
「変態!」
『変態じゃねぇっての。俺様の好みはボッキュッボンのお姉ちゃんであって、ナインペタンの小娘なんて興味ねぇよ』
別にオセにどう思われてもいいはずだが、言われた言葉に胸が抉られる。
10歳なんだからナインペタンでもしょうがないでしょうが。大きくなったら立派なお胸になるんだからね。
ループした時間軸の中で、大人の女性だった頃の自分を思い出して、自分を慰めるアデライーデだ。
『ほう、中々いい身体してんじゃねぇーの』
「だから頭の中を勝手に覗くな!」
けれど悪魔だからか、オセはアデライーデの繊細な気持ちなど理解する気もないようだった。
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