45 / 52
45.
しおりを挟むそんな事をアデライーデが考えていると、2人が乗っている馬車がいつの間にか停まっていた。
「お兄様?」
「うん、どうしたんだろうね?」
マルチェッロ家から王城へは2台の馬車で来たのだが、内訳としては1台目の馬車に、父と母と姉、メイドが1人、御者席に御者と侍従が1人。2台目にはアデライーデとセル、兄、メイドのターニャと兄の侍従が乗っている。
馬車の乗り心地はーーアデライーデがサスペンションのきいた車を知っているからかーーあまりいいものではなかった。だが、まあ、クッションのきいた座席と背凭れに、ラタンチェアでも愛用している大きくて柔らかなクッションも用意したから、それほどダメージはない。
アデライーデ達が停まったままの馬車の中でおとなしくしていると、兄の侍従が外に出て何があったか確かめに行った。
「……!」
「!!……」
馬車の窓から外に視線を向ければ、緑豊かな森林公園のような趣がある所だが、これでも一応、城の敷地の中だ。
不埒者がこんな場所にいるはずもないし、ある意味、どこにいるよりも安全なはずだが、内容はアデライーデの耳には届かなくても、苛立ちの混じった応酬がされているのは分かる。
アデライーデは普段、王族の住まう離宮に来ることはないが、王太子妃候補として毎月城に登城している。だから潜った門は確かに王城のものであったのは確認しているし、御者も王城の人で(マルチェッロ家の御者は今頃休憩室でゆっくりしているだろう)、本来、途中で停められるような事があるはずがなかった。
兄に身体を寄せて、馬車の前方へと視線を向ければ、木々に隠れて奥の方へと続く小道がある事に気づく。そして、その小道にひっそりと馬車が停まっていた。
「こら、あんまり身を乗り出すんじゃない」
兄もそれに気が付いたのだろうか。
アデライーデは、兄の言葉に仕方なく元の位置に座りなおした。しかし、何時まで経っても兄の従者が戻って来ないし、馬車も停まったままだ。
「どうしましょうかお兄様」
アデライーデがこの状況に至る可能性を、頭の中で吟味しながら問えば兄も眉間に皺を寄せる。
「うーん、ある程度は予想がつくけれど、母上がどこまで手配しているとかは知らないのだよね」
「ですよね。わたしも特に関わってはおりませんし、本当はお母様が乗っている馬車を停めようとした。もしくはこの馬車にお母様が乗っていると思った、とか」
「それはどうだろう? 今日は精霊の義を終えた子供たちを祝福するためのパーティーが開かれるんだ。いくら早い時間に来ているとはいえ、母上が父上と一緒にいないはずがないと思うのだけれど」
「そうですわね。まあ、でも、貴族には仮面夫婦も多いですし」
「……アデライーデ、どこでそんな言葉を覚えてきたんだ」
眉間に皺を寄せたまま、兄が指でこめかみを押さえて小言のような事を言った。しかしアデライーデは気にしない。なぜなら馬車の扉をノックする音が聞こえたからだ。
もちろん、それに対応するのはメイドのターニャで、兄やアデライーデが直接応えるような事はしない。
「どうされました?」
「……あちらの馬車にいるご夫人が、アデライーデ様をお呼びしろと仰っておられるようでして」
凄く困ったような兄の従者の声が聞こえ、アデライーデはふうっと溜息をついた。
「ご夫人とは誰か」
ターニャに扉を開けさせて兄が問う。
「さる高貴な方としか」
「さる高貴な方ね……」
思わず呆れた声を出してしまうアデライーデだった。それはそうだろう。明らかに陛下方のプライベートな場所である離宮に向かう途中だというのに、それをわざわざ停める事が出来る高貴な方なんて、誰の事を指しているのか丸わかりだからだ。
相手も、それが分かっているから名乗りもしないのだろうけれど。あまりにも非常識過ぎた。これに呆れずにはいられない。
「仕方がありませんね、挨拶ぐらいはしないと」
「アデライーデ」
「……お兄様もついてきてくださいます?」
「……そう、だな。一緒にご挨拶に行くか」
一瞬、咎めるように名を呼ばれたけれど、兄は瞠目するとアデライーデの意見に頷いた。
何せアデライーデの予想通りであるならば、相手には権力がある。いくら次期当主と公爵令嬢であったとしても、無視して先に進む事を選べる者ではなかった。
ーーーーーーーーーー
ご一読ありがとうございます。
1
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる