帝国の末王子は敵国の王子を愛す

天霧 ロウ

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 ケムケのタルトを買って城に戻った頃は、空はすっかり墨色に染まり、城の窓から橙色の明かりをこれでもかとこぼしていた。駆け寄ってきた使用人に馬たちを小屋に戻すよう命じるとアリウスは父――オガルス王の書斎へ向かった。
 オガルス王の書斎につくと、ティレクの方へ振り返って声を潜めた。

「一応言っておくけど、お前は絶対口を開くなよ」
「そのぐらいわきまえている」

 ふんと鼻を鳴らして返すティレクをいぶかしみながら一呼吸して軽くノックをする。すると「入れ」と低い声が扉越しからでも響いてくる。アリウスは「失礼します」と言って部屋の中に入った。
 室内はブランデーの匂いが満ちており、ベージュ色の細かな模様が描かれた壁には、さまざまな武器と額縁に入った東大陸の巨大な地図が飾られていた。真っ赤なカーペットの上には、どっしりとした書斎机があり、ゴブレットとブランデーのボトルがある。
 うなじあたりで金茶の髪をくくり細かな金装飾が縫い付けられている青いローブをまとったオガルス王はアリウスの方へ向き直ると、青い瞳を細めて酒臭い息を漏らした。

「また外に出ていたようだな。家臣達が騒いでいたぞ」
「この城は俺には窮屈すぎるんですよ」

 肩をすくめて言い返せば、オガルス王はゴブレットをあおって一段と深いため息をついた。

「まったく、お前の行動力をアギルとホプルにも分けてやりたいぐらいだな」
「物事に慎重な兄上たちはこのお城をずいぶんとお気に召してますからね。彼らにとって兄上たちぐらいがちょうどいいんでしょう」

 思わず棘を含めて冷ややかに笑ってしまう。オガルス王はそんなアリウスに一瞥した後イスにもたれた。

「それで本題は何だ。わざわざ雑談を交わすために私のところに来たのではないのだろう」
「皇帝陛下はオリグス山の麓の町――マチェルをご存じですか」
「ああ、知ってるとも。ケムケという果物が採れる町だろう。今年は税を納めるのがずいぶんと遅れていたようだが」

 オガルス王はゴブレットを置くと、机の上から一枚の書面を手に取って青い目を細めた。アリウスはその言葉を肯定するように一つ頷いた。

「そのマチェルに今日行ってきました。家々はすでに立て直しが完了していましたが、舗装がまだ終えていません。そのことを区長と話をしたところ、去年よりケムケの実りはいいものの、冬を越すには厳しいとのことでした」
「あそこを攻め落とすのに多くのケムケを燃やしたからな」

 その時の光景を思い出すように感慨深げにオガルス王は顎を撫でながら低く呟いた。アリウスも黒煙で覆われた赤く染まった空と大規模に燃えたケムケの森を思い出しながら淡々と続けた。

「そういうことですからマチェルへ多めに物資を送ってもらえないでしょうか」
「いいだろう、お前の提案はいつだって私に利益をもたらしてくれた。ならば、今回も受け入れようではないか」

 オガルス王は手にしていた書類を机の上に放ると、視線をアリウスよりも一歩後ろに下がっていたティレクへと移した。

「ところで、そこにいるティベルク人。こっちへこい」

 オガルス王が命じたが、ティレクはピクリとも動かなかった。アリウスが肩越しにティレクを見て行くよう促すものの、それでもティレクは動かなかった。
 痺れを切らしたオガルス王が苛立ちを滲ませたところでようやくティレクが口を開いた。

「さっきから黙って聞いていれば、貴様らは何を勘違いしているのだ」
「おいっ」

 慌ててティレクの口を塞ぐものの、ティレクはアリウスの手を引き剥がし、冷ややかにオガルス王を見据えた。

「貴様らの身勝手さで彼らの利益であるケムケを燃やさなければ、マチェルとて今頃町を復興し終え、税を納めることが遅れなかったのではないのか。そもそも、成り上がりの王がこの私にこっちへこいとはどういう」

 最後まで言い切る前にティレクの口を再び手で塞いだ。そして、深いため息をつくと、目尻をつり上げて思わず怒鳴った。

「この馬鹿! 絶対に口を開くなって言っただろ!」

 アリウスの怒声にティレクは眉を寄せてアリウスを睨み返す。お互い睨みあっていれば、不意にオガルス王から笑い声が上がった。

「噂に聞いてはいたが、ずいぶん威勢のいい小僧じゃないか! なるほど、アリウスが骨抜きされるのも致し方ないな」
「はぁ?! 親父までなに言ってるんだ!」
「ようやくいつもの口調に戻ったな。そっちの方が私も気が楽だぞ」

 クツクツと押し殺して笑うオガルス王にアリウスは苦虫を噛みつぶしたかのような表情を浮かべた後わざとらしく一つ咳払いをした。

「俺……私は公私を分けているだけです。それでは、マチェルへの物資の件よろしくお願いします。それとこれをどうぞ」

 一応土産に買ってきたケムケのタルトを一箱机に置いてティレクを引きずりながらニヤついているオガルス王の書斎を後にした。
 自室に戻るなり、いまだに掴んでいるアリウスの腕を払ったティレクがソファへ勢いよく腰を下ろした。そして、すらりと長い足を組んでアリウスの方を見ずに言った。

「喉が渇いた」
「喉が渇いた、じゃねえよ。俺は口を開くなって言ったし、わきまえているってお前も答えたよな?」
「私にも我慢の限界というものがある。いいから、早く飲み物を入れろ」

 反省の色がないどころか、当たり前のように命じてくるティレクに言葉が詰まる。ここまで我が物顔でいられると、そういう生き物だと割り切った方がいいかもしれない。
 そう思考を切り替えれば、途端に怒りがしぼんでいく。最後の怒りの一片を吐き出すように大きくため息をついてガシガシと頭を掻いた。

「ったく、今入れてやるから待ってろ」

 キッチンに立つと慣れた手つきで二人分のコーヒーを入れる。ついでに買ってきたケムケのタルトを切り分けて皿に盛り、それらをトレーに乗せて戻ってくると、サイドテーブルに置いた。
 ティレクはコーヒーを手に取って一口飲んだ。

「この間と違う豆じゃないか」
「ケムケのタルトにはこの豆が合うんだよ」

 不満を漏らしたティレクにそう返すと、皿に盛ったケムケのタルトを手に取って頬張る。ティレクはケムケのタルトを頬張るアリウスを見て、ケムケのタルトへ視線を落とした。

「そういえば、このタルトに使われている派手なピンク色をしたクリームはなんだ」
「親父とさっき話してたマチェルしかとれないケムケっていう果物を使ったクリームだよ。言葉であーだこーだ言うより食った方が早い」

 アリウスが食べるよう促せば、ティレクはフォークを手に取ってケムケのタルトを一口サイズに切った。そして、口の中に運んで咀嚼し終えると下がっていた口角を持ち上げた。

「ふむ、リメを用いたクリームに似ていて食べやすい」
「リメ?」

 聞き覚えのない言葉に聞き返せば、ティレクが鷹揚に頷いた。

「西ではどこにでも生えている低木果樹だ。果実はアンズぐらいの大きさで、繊維ばかりでまずい。だが、種をうまい具合に調理するとこのケムケに似たねっとりとした舌触りになって美味なのだ。まあ、私は花びらのほうが好きだがな」
「花びらが食えるのか?」

 東でも一部地域でしか見たことないが、特定の花弁をジャムにしたり、食べ物と一緒にいれて香りを移すというのを聞いたことがある。けれど、食べるというのはどうにもぴんとこない。
 しかしティレクはなんてことないように続けた。

「ああ、食べられるとも。リメの花はガラスの欠片のように透明だが厚い花弁をしていてな。花びらは乾燥させるとサクサクとした食感がするのだ。おまけに乾燥のさせ具合で色が変化し、その華やかさから祝いの席ではスープの具として必ず用いることが決まりとなっている」

 今までにないほど多弁なティレクの声ははじめて耳にする穏やかな声音だった。だが、次に口を開いたときには聞き慣れた硬質な空気をまとう声へと戻った。

「ところで、どうしてマチェルであの子供を見逃した。お前の言い分を踏まえたとしても、あの子供はどんな理由であれ罪を犯した。ならば、やはり罰するべきだったのではないのか」

 ついっと無感情の金色の瞳がアリウスを映す。アリウスは横目でその視線を受け止めた後、残っていたケムケのタルトを頬張ってコーヒーを啜った。
 
「確かに窃盗は罪だ。けど、ガキに盗みをさせるような状況を作り出した俺にだって責任があるからな。一方的に責めるのは卑怯だろ」
「卑怯、か。戦争を八方にしかけた貴様がそれを言うのか」

 怜悧な視線を突きつけてくるティレクに口の端をつり上げた。

「戦は最終的に勝ったほうが正義なんだよ。なら、卑怯な手だってそれは戦法だ。けど、ガキの窃盗は話が違うだろ」
「違わない。小さな罪がやがて大きな罪を生む。ならばこそ、芽が小さいうちに摘んでやるのが情けだろう」

 頑ななティレクの言い分に肩をすくめると、ソファの背もたれに体を預けた。

「ま、うちの兄貴たちなら今頃あのガキは痛い目に遭ってただろうな。でも、俺は財布が戻ってきたからそれでいい」
「戦のときもそのくらい甘い心を持っていたらどれほどよかっただろうな」

 死んだ兵士たちを思い出しているだろう。ティレクが一瞬だけ憂いを瞳に浮かべてほんの少し睫を伏せた。アリウスは下がりそうになった口角をあえてつり上げると吐き捨てるように言った。

「もとはといえば、最初の交渉で応じなかったのが悪い。文句は公国に言ってくれ……といいたいところだが、公爵家は一滴も残さないよう処分したから無理だったな」
「クズめ。人として恥を知れ」
「最高の賛辞をどうも。そうそう、しばらくは別の区域をまわるから早朝の打ち合いはなしな。あと、今日みたいに馬を飛ばして首輪が絞まらないようにしろよ」

 トントンと自身の首を指先で軽く叩いてみせると、ティレクが目尻をわずかにつり上げてアリウスを睨んだ。

「何度も言うが貴様がこれを外せばいいだけの話だろう」
「それを外す日はお前が捕虜じゃなくなった日だ」

 そういい切ってすっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
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