香灯 甥と叔父の絆

天霧 ロウ

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中学生編

新しい我が家2

「小鳥遊 透明といいます」

 転校初日必ずやることといえば、自己紹介だった。クラスの視線がいやなほど透明を見ていることがわかり、制服を着ていなければ鳥肌を立てていたことが丸わかりだっただろう。中学三年になっていきなり帰国子女なんてありえるだろうか。それも名前は明らかに日本人だ。

「透明くんの髪や目って生まれつきなんですか」

 クラスの女子がはっきりとした声で言う。その言葉に黙って頷く。
  透明の顔立ちはまだ幼げを残しておきながらも、鼻筋が真っ直ぐでオレンジ帯びた茶色の髪はどう見ても染めたものには見えず、さらにくっきりとした二重に瞳は絶妙な深い青緑だった。外国でも透明のような赤髪に青緑の目は珍しくて今の女子と同じ質問をされた。
 そういえば、樒だけ容姿について何も触れてこなかった。黒い髪は母と同じ色で透明は昔から憧れていたけれど、母が透明の髪を気に入っていたため染めはしなかった。
 席は一番窓際の端っこだった。鞄を持って椅子に座り、ノートを出す。それからはあっという間の出来事だった。意外にも授業は思った以上についていけた。ただ、問題は国語だった。数学や物理など公式や数字はわかったが、文字にはさすがにお手上げだった。
 放課後になり、掃除をやっている間もほかのクラスからこぞって透明を見に来るものが絶えなかった。掃除が終えるなり、学校から逃げるようにして家に向かった。
 家につけば、庭に樒がいた。沈丁花に水をやっている姿をぼんやりと見ていると樒が顔を上げた。黒真珠をはめ込んだような瞳に惹かれて傍にくれば、くしゃりと頭を撫でられた。

「お帰り」
「ただいま、です」

 照れくさくなり目を伏せるとくすりと笑われる。透明よりも少し身長が高い樒をちらりと見上げて、再び視線を落とす。

「ほら、荷物を置いてきなさい」

 ぽんぽんと頭を優しく叩かれて頷いた。
 樒から離れて玄関に上がるなり、自室に入って鞄を置く。そして、敷きっぱなしにしていた布団に倒れこむ。それから、枕元にある赤い珠に気づいて上半身だけ起こしてその珠を手に取った。

「あとで返さなきゃ、な」

 澄んだ赤い珠をかざしてぼんやりと呟くとそっと目をつぶった。
 鼻をくすぐるような不思議な香りがした。ひどく甘くて体に絡みつくような香りに思わず目を開ける。そこは透明の部屋ではなく、どこかのホテルの部屋らしい。部屋は広く、シックな家具があり、枕元に橙色の光を放つランプがあった。肌寒く感じて思わず毛布で体を包もうとすると、誰かの腕が透明を抱きしめた。日に焼けた腕は透明にはなじみのないものだ。

「おまえ、いいにおいがする」

 男はそういって透明の首元に顔をうずめた。その際にひげが肌に当たってチクチクした。反射的に暴れたくてなるもののがっしりと抱きしめられていて身動きがとれなかった。
 乾いた男の手がゆっくりと下肢に向かって下りて行き、ざわりと鳥肌を立つ。けれど、男はさほどに気にしていないのか透明の耳朶を優しく噛んだ。

「やめ、ろっ」
「大丈夫だって。すぐによくなる」

 ベッドの中で必死に男の腕から逃れようと身をよじるが、男の抱擁から抜け出せなかった。薄く開いた透明の唇を舌で舐め、顎から鎖骨までの輪郭を楽しむようにゆっくりと舐めていく。
 ざわざわと体に未知なものが駆け巡り、それに抗うために必死に透明は首を振って嫌がった。男が傍にいるほど体に絡みつくようなにおいは強くなっていく。
 そのにおいは甘くいいにおいのはずなのに、透明はひどくそのにおいが恐ろしかった。そのにおいを吸うたびに透明の体が熱くなり、感覚がしびれていく。

「いやっ、だ。はなしてくれっ」

 体の感覚はほとんど感じず、あるのは男の熱だけだった。腰を引き寄せられると男の熱をいっそう強く感じる。冷や汗が流れ、ベッドがぐっしょりと濡れて気持ち悪かった。

「いやっ、だ」

 男の熱が中に侵入しかけたそのときだった。不意に体が冷たくなり、抱きついていた男が苦しそうな声を上げて透明から離れた。同時に体に絡みつくような濃厚な甘いにおいも離れていく。
 頭が朦朧とし透明は一人になった部屋で再び目をつぶった。

「おい、起きろ」

 乱暴に揺すられて透明は重い目蓋をそっと開けた。枕元には黒鴇と椿が透明を覗き込んでいた。額にひんやりとした感触がして触れてみれば濡れタオルだった。

「俺……」
「大丈夫 透明くん」
「はい……」
「寝起きのところ悪いが、なんでお前がこいつを持ってるんだ」

 そういって黒鴇は手のひら乗せている赤い珠を見せた。樒に返そうと思っていたものだと答えれば黒鴇が眉を寄せた。

「あいつ、いったいなにやってんだ。そもそも、これは」
「黒鴇、それ以上言ってはだめよ」

 黒鴇が言葉を続けようとすると椿が鋭く制した。和やかだった瞳が剣呑な光を放ち黒鴇を見据える。黒鴇は小さく舌打ちをしてその赤い珠を椿に渡した。椿は赤い珠をじっと見つめると「だめだわ」と呟き、ハンカチを取り出してその中に包んだ。
    シンと静まり返った部屋は不気味で、透明は何か話さなくてはという衝動に駆られるが何を話せばいいかわからなかった。
 障子が開く音がして三人がいっせいにそちらへ視線を向ければ樒がいた。ふわりと口元に笑みを浮かべると透明に近づいて黒鴇と椿とは反対の方へと腰を下ろした。

「具合はどう」
「だいぶ、よくなりました」

 嘘をついけば樒の目がすうっと細められて、ぺしりと頬を叩かれた。さほど痛みはないが、頬を叩かれるとは思っていなかった。呆気にとられていると、淡々と樒が続けた。

「黒鴇、椿。下がっててくれるかな」

  樒がそういえば二人は黙って出て行った。樒と二人っきりになると樒が先ほど叩いた頬をそっと撫でてくる。想像通りの優しい指の感触は母と似ていた。その手を思わず掴んで頬を摺り寄せると、樒の雰囲気がいくぶん柔らかくなった気がした。

「少し、キミを試したんだ。キミが本当にこの家にいられるか」

 樒の薄い目蓋が伏せられ、睫毛が小さく震えている。
 いられるという言葉に疑問を持っていると、樒が優しく透明の頬を撫でながら続けた。

「この家はね、人ならざるものしか住むことができないんだ。珍客と呼ばれるものが『香り』を求めてここにやってくる。それがこの世の花ではない香りだったり、懐かしい香りだったり、さまざまある。どうして、裏玄関が店になってるかわかるかい」

 小さく透明が首を振れば、樒が「当然だよね」と困ったように笑った。

「そもそも、裏玄関はね人が通るものではないんだよ。珍客のための入り口だ。ひっそりと家に忍び込んで何かを落としていくんだよ、彼らは。まあ、今回の珍客は少々横暴だから帰ってもらおうと思っていたんだけど、まさか私にくっついてきたなんてね」

 苦笑を口元に浮かべる樒は今にも壊れそうなガラス細工のようだ。その表情に見惚れていたかったが、疑問が浮かび上がって思わず口から漏れた。

「あの、樒さん。そもそも珍客って何ですか」
「妖だよ。世間では妖怪とも呼ばれるそういう類。でも、今回のはほとんど稀なケースだから。まあ、彼も満足していってしまったけれど」

 さらりと頬を撫でると樒は手を離した。顔を上げて樒を見ると、樒が屈んできて濡れタオルをおろす。入れ違いにひんやりと冷えた額に唇を当てられた。
  柔らかな唇の感触に顔が熱くなる。それを隠すためにぎゅっと目を強く閉じれば樒が笑った。

「疲れただろう。ゆっくり、休みなさい」

 そういって立ち上がろうとする樒を見て思わず起き上がると手首を掴んだ。細い手首は女のようで力を入れれば折れてしまいそうだった。

「あの、一緒に寝てくれますか」
「おませさんだね」
「あ、別にそういう意味じゃなくてっ」

 下心丸出しの発言をしたことにようやく気づいてあわてて訂正しようと思ったが、すでに遅かった。樒がふふっとくすぐったそうに目を細めた。

「今日は忙しくて無理だから、これで我慢するんだよ」

 傍に座って樒がそっと透明を抱きしめた。ほのかに白檀の香りがした。その香りはいつも透明を抱きしめてくれた母からも香った匂いだった。緊張でじっとりと汗ばむ手でおそるおそる樒を抱きしめれば、ほっと思わず息が漏れる。
 もう少しだけ強く抱きしめれば、樒の体温が服越しに伝わり心地よい。もぞもぞと首元に顔をうずめようとすると不意に樒が離れた。そのことに鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしていると、樒がく小さく笑って透明の額を小突いた。
「はい、ご褒美の時間はおしまい。明日は学校を休んでいいからゆっくり休むんだよ」
 今度は透明が声をかける暇もなく樒は部屋から出て行った。はたから見てもわかるぐらい、しょんぼりと項垂れていると入れ替わりに黒鴇が入ってきた。

「透明、タオルを替えにきたぞ」

 気を利かしてか黒鴇が戻ってきたが、透明は樒のことで頭がいっぱいだったせいか黒鴇が来たことに気付かず、がっくりと項垂れていた。
  そんな透明を見て黒鴇は呆れた様に小さく息をつくと、透明に声をかけることもなくそっと障子を閉めた。
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