くしゃみの騎士と猫飼いの薬師

ソウヤミナセ

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10章 エルフとお祭り

⑤マレルを探して

 ***

 それからリッツの母親が声をかけた人々が集まってくれた。
 皆、カミルの患者達だ。
 申し訳なさに顔を俯けていると、雑貨屋の店主が肩を叩く。

「さっきはすまなかったな。こんな大事になってるなんて思わなくてよ。」
「……そんな……。」
「しっかし、あのにゃんこはどこにいったかね。」

 探せるところは全て探し終えた。
 帰っているかもしれないと、一度家にも戻った。
 だがマレルの痕跡が見つからない。
 頭の中が真っ白になる。

 ——こんなに探しているのに、どうして……。

 そんな中で、リッツの母親が駆け寄ってきた。

「カミル!酒場のジャンの所に行って来たのよ!」

 心臓が大きく跳ね上がる。
 蚤の市での騒動が頭をよぎった。

「マレル……まさか……。」

 母親はカミルの手を握りしめて、首を横に振る。

「私たちもそれを心配して、念の為に行ってきたのよ。でもジャンは今日、昼からずっと仕事だったって。」
「そ、そう……。」
「でもね、マレルみたいな猫は見かけたらしいの。」
「え?」

 彼女の言葉に一同が振り返った。

「ど、どこでっ!いつ!」

 カミルは身を乗り出した。
 バクバクと心臓が痛いほどに高鳴っている。
 しかしリッツの母は、またゆっくりと顔を横に振った。

「……それが、誰かに抱っこされてたらしいのよ。その人と一緒に王城の方に向かって行ったらしいわ。」
「それってどんな人…….?」
「女性って言ってたけど。髪の毛が赤かったみたいよ。」

 赤毛——

 思い当たる人が一人だけいた。
 あの日、レイフィルドの結婚を伝えてきた女性。彼女も赤毛だったはず。
 でも彼女は誰なんだろう。
 何故マレルを?そして王城?
 頭の中で色々な言葉が回りはじめる。カミルの肩を、雑貨屋の店主が掴んだ。

「ロビンさん、それは信じられる話なのか?」
「そうね。店長さんに睨んでてもらったから、本当だと思うわ。」
「……そうか……。」

 皆が顔を見合わせて、困ったように眉を顰めた。
 それもそのはず。
 王城の周辺に、平民は足を踏み入れることが出来ないのだ。薬師のカミルは、仕事関係で時折足を運ぶ事があるが……。カミルはパチンッと自分の頰を叩いた。

「行ってみるよ。」
「すまんな、一緒に行ってやれなくて…….。」
「全然。」

 カミルはみんなの顔を見渡す。
 心配そうにカミルを見つめてくる、
 優しい人達。
 マレルの事を思う反面で、別の安堵感が込み上げてくる。
 きっとこの人達がいなかったら、不安に押しつぶされていただろう。

「……本当に、ありがとう。」
「いつもの事だが、お前は本当に水臭いな。」
「何かあったら、すぐにうちに来るのよ。明かりはつけておくからね。」

 リッツの母親が、ビスケットの袋を持たせてくれた。
 そこで、まともに食事をとっていない事を思い出す。
 一枚齧ると、サクッと軽い食感と、ほのかな甘みが口いっぱいに広がった。

 ——リッツのおやつだったかな……。

 だとしたら、申し訳ない事をした。
 だがカミルはようやく小さく笑う事ができた。

「美味しい……。」

 ***

「また薬か?あいつも大変だな。少し待ってな。」
「はい。」

 カミルは頷くと、大きな門の向こうにある建物を見上げた。
 開門時間のギリギリだった。
 あと少し遅ければ、門前払いをくらう所だっただろう。
 冷たくなった手を握りしめる。
 彼は出て来てくれるだろうか……。
 昼間に見た鋭い目を思い出すと、微かに震えが走る。
 だがもう、彼しか頼れる人がいないのだ。

「アレルギーだって?」
「え?」
「レイフィルドだよ。アレルギーなんだって?」

 時々カミルの店にやってくる騎士だった。
 気さくな彼は、ハハッと軽く笑う。

「今日もくしゃみしてたよ。忙しくて、薬を取りに行く暇もないみたいだな。」
「……そうですね。」

 騎士は流石に何故忙しいとは言わないが。
 理由を察して、カミルは目を伏せた。
 だが薬を飲んでいないというのは、どういう事なのだろうか。

 ——主治医から薬を処方して貰えばいいのに……。

 そう思う反面、胸の奥でホッとしている自分がいる。
 彼が他の人の薬を飲んでいない——
 こんな事を思うなんて、薬師として失格だ。
 ため息をつきながら腕をさする。

「……カミュ?」

 門の向こうから、戸惑った様子でレイフィルドが駆け寄って来た。
 輝かしい金髪が乱れている。
 頬が微かに赤みを帯びているようだ。

「どうしたんだ?」
「レイ……。」

 レイフィルドの顔を見た途端、じわりと視界が滲んだ。

「……こっちにおいで。」

 レイフィルドは門番に会釈をすると、カミルの背中を押した。
 酒を飲んでいたのだろうか。
 ふわりとアルコールの香りがする。
 熱い手のひらを背中に感じながら、レイフィルドに連れられて場所を移動する。

「なにかあったのか?」

 覗き込んでくるサファイアの瞳が、気遣わしげに揺れている。
 昼の激しく燃えていた目とは違う。カミルは込み上げてくる声に喉を震わせた。

「レイ……ッ。」

 カミルは耐えきれずに、レイフィルドの腕を掴んだ。

「マレルがいなくなったんだ……!」
「マレルが?」
「昼からいない。どこにもいないんだ。さっきまでみんなにも探してもらってたんだけど、やっぱり見つからなくて……。」

 何から説明したら良いかわからず、舌がもつれてしまう。カミルは何とか落ち着こうと深く息を吸う。

「あの……ジャンが……。あ、あの酒場の人なんだけど、マレルを見たって言ってて。それでこっちの方に……。」
「カミュ。」
「ごめん、もうレイにしか頼めなくて……。」
「大丈夫。俺の所に来てくれてありがとう。ゆっくり話してごらん。」

 そっと抱き寄せられる。
 酒のにおいの中に微かに香る、練薬の匂い。
 カミルはキュッと目を細めると、息を深く吸い込んだ。

「……大丈夫。」

 耳の側で響く深い声。
 カミルの息の音に応えるように、レイフィルドの手が髪の中に潜り込む。
 耳の先を優しく撫でられると、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。

「……マレルが誰かと一緒にいたみたいなんだ。赤い髪の女の人だって言ってたんだけど。」
「赤い髪?」

 レイフィルドの声がわずかに低くなった。
 そっと顔を上げると、レイフィルドの顔が僅かに強張っている。
 何かまずい事を言ったのだろうか……。

「あの……同じ人かはわからないんだけど、前にうちにもそういう女性が来た事があって……。」
「どんな女性だった?」
「どんな……?ふわふわの赤毛だったよ。緑色の瞳で、すごく綺麗な人だったけど……。ごめん、塀越しだったからよく見えなくて……。」

 レイフィルドは目を見開いて、口を閉ざしてしまった。
 カミルを抱く手に力が籠められる。カミルはハッとして、レイフィルドの胸を押した。

「ごめん、レイ。迷惑だったら…….。」
「……っ!いや、迷惑なんて……。」

 レイフィルドは先程よりも深くカミルを抱きしめた。

「すまない……。こんな状況なのに、君に会えてホッとしているんだ……。」

 低く掠れた声が流れ込んできた。
 思わず漏れかけた「俺も……」という言葉を飲み込む。

「不謹慎だな。」

 彼は一度鼻先でカミルの耳をくすぐると、すぐに体を離してしまった。
 引き寄せられるように顔を上げる。
 淡い月明かりの下。
 レイフィルドが眉を顰めて瞳を揺らしていた。

「心当たりがある。……ついて来てくれるか?」

 カミルは握りしめられた手を、恐る恐る握り返す。
 目が合うと、レイフィルドはそっと微笑んでくれた。
 しかしそのあとの言葉に、カミルは耳を疑う。

「……お灸が必要だな……。」

 レイフィルドは王城の方角を向いて、ため息をついた。

 ***

   連れてこられたのは、王城の敷地にある騎士団の屯所だった。
 こんなところにマレルがいるのか、と思わずレイフィルドの腕を引く。

「レイ、ここ……。」

 レイフィルドの手に促され、椅子に腰掛ける。
 背中に添えられていた手が離れていくと、硬い背もたれがトンッと背中に軽く当たった。
 エスコートされた事に気がついて、カァッと頰が赤くなる。

「カミュ。」

 レイフィルドはカミルの前に膝をついて手を握った。

「少しここで待っていてくれ。」

 やはりここにはいないという事なのだろうか。
 レイフィルドは一体どこに行くというのだろう。カミルはキツく眉を寄せて、レイフィルドを見つめた。

「俺も行くよ…….。」
「カミュ。」

 レイフィルドの額が、手の甲に触れた。

「すぐに戻るよ。」
「……。」
「そんな顔しないでくれ。」

 困ったように微笑んで、そっと抱き寄せられる。

「不安がらなくていいよ。大丈夫だから。」
「うん……。」

 逞しい腕だった。
 カミルはホッと吐息を漏らして、背中に腕を回す。きつく、きつく。

「お願い。マレルを見つけて……。」
「ああ。君の願いなら、何でも叶えるよ。」

 レイフィルドは彼らしく目を細めた。
 いつもカミルを見つめてくれる、穏やかで温もりに溢れた——
 カミルの頭を一つ撫でてから、レイフィルドは部屋から出ていった。
 手の温もりを思い浮かべて目を閉じる。
 そうしないと、涙が溢れてきてしまいそうだ。

 もう一度、レイフィルドとマレルとで、食卓を囲みたい。またローストビーフを作るから。ミートパイも。チェリーパイも。なんだって作るから。

 ——俺から何も取り上げないで……。

 カミルは手の甲に唇を寄せる。

「……レイ……。マレル……。」




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