680ミリメートル

白宇田

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金木犀の香り

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 よく晴れた月曜日の夕方、僕は待ち合わせのため改札の前に立っていた。

 そこは県でも有数のターミナル駅なので、人の出入りが激しい。衣替えシーズンだからか、サラリーマンや学生達の服装は白と黒が混じり合っている。

 暇潰しにもならないが、僕は行き交う人混みを眺めていた。

「わっ!」

 急に声を掛けられたため、僕は眼を見開いて振り返った。

「なに、そんな顔しなくてもいいじゃん」

 そこには満面の笑みで、目的の人物が立っていた。

「急に後ろから声掛けたら驚くだろ…いつものことだけど」

 彼女はいつも待ち合わせ時間ギリギリにやって来て、僕を驚かす。先に彼女の姿を見つけようと人混みを眺めているのだが、毎回その勝負に負けている。

「別に驚かなくてもいいと思うけどね、約束通り来てるんだから」

「まあ、そうだけどさ」

「ねぇ、そんなことより今日はどこなの?」

 そう言いながら、彼女は僕の手を取って下から見上げてきた。

「西口の方」

 僕はそう答えると、すぐに彼女の手を握り返し駅の西口の方に歩き出した。駅の中は人が多く手を離してしまったら、背の低い彼女をすぐに見失ってしまう気がした。

「見てあの人、2mぐらいあるんじゃない?」

 そう言う彼女の視線を追うと、確かに2m近い外国人の人が歩いていた。

「そうだな、美保の2倍はあるな」

 笑いながらそう言うと僕は、わざとらしく彼女と外国人を交互に見た。

「なにそれ酷い! 私の倍だったら3mになるから! 隆幸だってそんなに大きくない癖に」

 美保は頬を膨らませると、必死に背伸びをして僕の身長を追い抜こうとした。

「背伸びしたってあと30cmは足りないなー」

 僕は美保の頭に手を置くと、その手を大袈裟に自分の胸のあたりに持っていった。本当は僕と美保の身長差は15cmぐらいしかない。

「本当に酷い、私は怒った」

 そう言う彼女の顔は笑っていた。

「ごめんごめん。でも、あんなに大きい人に襲われたら大変だね」

 そう言ってまた外国人の方に視線を戻そうとすると、既にその姿は見えなくなっていた。2mもある大柄な人間も、この人混みは数十秒で消してしまうのだ。

「えー、男なんだから守ってよ」

 肘で僕の脇腹をつつきながら美保が言った。

「そんな自信ないなぁ」

 そう言い視線を上に向けると単調な駅の天井が見えた。

「嘘だよ、あんたにそんなに期待してないから」

 一見冷たく言い放った彼女の左手は、いつも通り僕の右手を握っていた。

「そうですか、それは残念です」

 そう言って僕は歩くペースを少し上げた。駅の出口が見えたのだ。人混みを避けながら歩くのは昔から苦手だ。

「やっと出口だね。お店はどの辺なの?」

「徒歩10分」

 僕は手短に答えた。

「その徒歩って誰基準の話しなんだろうね」

 美保はそんなことを言って首を傾げた。僕もそんなことは考えたこともなかった。

「まあ、平均的な日本人の話しなんじゃないの?」

「平均かー。そしたら、その平均のペースで歩く人が仕事で依頼されて時間を計ってるのかな?」

 美保は、たまに変なことを言う。そんなことないだろうと言いたいけれど、言いきれる根拠も自信も無いからいつも適当に流すしかない。

「僕は知らないから、大学の偉い先生にでも聞いてみてよ」

 僕がいつも言う皮肉だ。僕は高卒の社会人で、美保は現役大学生なのだ。

「またふて腐れた」

「ふて腐れてないよ」

「じゃあさ、丁度10分にお店に着いたら私の勝ちってことでどう? 勝った方が奢りで」

 そう言う美保は勝負事が好きなのだ。

「そんなの僕が遅く歩けばいいだけだろ?」

 あえて言ったが、誰がどう見てもこの勝負は僕が有利なのだと思った。

「そんなのやってみなきゃ分からないでしょ」

 美保は自信に満ち溢れた様子でそう言った。いつも勝つのは決まって美保だ。

「分かった。駅を出た瞬間だね?」

 僕はポケットからスマートフォンを取り出し、タイマーをセットした。

「うん! では……よーい、どんっ!」

 美保は駅を出た瞬間走り出した。僕は周りの目を気にしながら急いで後に続いた。

「ねぇ! 走るのってありなの?」

 大きめの声で後ろから美保に言った。   

「知らない! ルールなんて決めてないから!」

 美保はこういう時に限ってスニーカーを履いていた。中学高校と陸上部だったとも前に話していた。

 この勝負は、また僕の負けかもしれない。


 二人で走る秋空の下。金木犀の香りが懐かしい気持ちにさせる。

 まるで運動会だ。
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