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二十二 野分の怪我と子供達。

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これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介という神様と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社の、おはなし。






「全く!近頃の野分は気性が荒すぎる!こんなに傷を負うてしまうまでで暴れるとは呆れてしまうわ!しばらくそこでおとなしくしておるのだぞ。」
珍しく声を荒げながら繋ぎ石に何かを繋ぐと蓑の雨を払い入り口に掛けて秋風の神が入ってきた。
「おやおや秋風の、今日はまたどうしたというのじゃ?まあ、お茶でも飲んで今日は栃餅を作ってみたんじゃ、味見をしておくれ。」
龍之介は座敷にお茶の用意を始め太郎が足湯と手ぬぐいを渡すと秋風の神は顔や手足をぬぐい座敷に上がるとあぐらをかいてお茶を一くち口に含んだ。
「はぁー。暖かいお茶が身にしみますな。しかし近頃の野分はどうしたことか、徒党を組んでやってくるのでなかなか手に負えません。これでも西へ東へとさばいてはいるのですが、大気温が上がったせいか海水温が上昇したのかあやつら好き勝手に進路を変えては行ったり来たり。全く風情もへったくれもありません。今も外に小さいのをつないでいますが、大陸にいなした大型のものに一旦取り込まれ吐き出されたものだから尻尾に傷を負ってしまって山の端に引っかかって動けなくなっていたのです。このままではこのあたりは大雨になってしまう。それで龍之介さんの所に霊薬があったのを思い出しこちらに伺ったのです。」
秋風の神は栃餅を一口がぶりとかぶりつき、またお茶を一口すするとため息をついた。
「あの薬ならば二、三日で治るじゃろうがその間はそこへ繋いでおくのかの?雨はどのくらい降るんじゃ?今日は子供らが遊びにくるはずなんじゃがやめさせた方が良かろうの。」
そう言っていると外から
「こんにちはー!たくみとこうきと坊です。外のイノシシ怪我してるけどどうしたん?ちっちゃいから瓜坊やんね?めちゃ可愛い!」
と子供達がはしゃぎながらやってきてしまった。
「おや、そんなに小さい野分なのかの?それならば雨はそう降らぬのかな?とりあえず今一粒飲ませてみようかの。サツマイモの蒸したのに刺して出してやろうの。」
龍之介は台所の蒸し器にサツマイモを並べると蒸し始めた。
「龍之介さん、野分ってなんなの?あの瓜坊も精霊なん?」
たくみはレインコートを掛けると足を手ぬぐいで拭きながらそう聞いた。
「野分って、台風の野分?」
こうきは驚いて足を拭いていた手ぬぐいを落としてしまった。
昨日まで大荒れに荒れていた台風が今朝から静かなのはここにいるからなのだろうか。
「やあ、君たちが人の子か。僕は秋風の神だよ。いつかは弟が世話になったね。ありがとう。あの子は大きな野分に振り回されて怪我をしたのさ。龍之介さんの作る薬で治してやって無事に通り抜けてもらわないとこのままでは雨が止まないからね。収穫の季節にはあまりにも多くの雨風は困りものだからね。」
秋風の神は白い歯を見せて笑うとこちらへおいでと手招きした。
龍之介は秋風の神の所に子供達のお茶と栃餅も運ぶと六人で座った。
「弟って春風の神様のこと?僕らは春風の神様のおかげで坊に出会えたから僕らもあの事件が解決してめちゃ嬉しかったです。春風の神様は元気にしてはりますか?」
たくみとこうきは春風の神の春一番の入った袋を探していて坊と出会った。最初は人見知りからつっけんどんな態度でみんなを困らせていた坊が今では二人の親友になっている。
たくみとこうきにとっては忘れられない出来事の一つなのだ。

サツマイモが蒸しあがると、龍之介は黒いピカピカ光る石のようなものを割ったサツマイモの奥に突き刺して秋風の神に渡した。
「今からこれをやりに行くが見にくるかね?お前たちは可愛いと言っていたからきっと気を許しているのだろう。僕がやるより食べてくれるかもしれぬからね。」
「これ、何埋め込んだん?」
たくみは恐る恐る聞いてみた。
「なあに、薬ではあるがの、味がせぬゆえ嫌がらずに食べるじゃろ。先にこの芋を食べさせて、まだ欲しそうなら蒸しただけの芋をやるといい。三人で行っておいで。」
龍之介がそう言うと、秋風の神が三人に手ぬぐいに包んだ芋を渡し
「熱いゆえ気をつけるんじゃぞ。」
と言葉を添えた。
三人はおっかなびっくりで洞穴の入り口まで出て行くと、瓜坊は青白い毛並みをしてうずくまっていた。それでも芋の匂いが気になるのか鼻をヒクヒクさせている。鼻先に芋を置くと
「熱いで、ゆっくり食べや。」
とこうきが言い、たくみと坊は背中を手ぬぐいで拭いたり撫でたりしてやった。三人は代わる代わる撫でながら芋をゆっくり食べさせて、水も飲ませてやった。瓜坊は食べ終わるとしばらく撫でられるのを嬉しそうにしていたがまた眠りに落ちてしまった。

「秋風の。子供達は上手く寝かせてくれたの。わしらでは警戒されて無理じゃったかもしれぬ。どうじゃ、二、三日子供らに世話を頼むというのは。朝は小沢の坊に世話を頼めば良い。学校が終わればあの子らもやってくる。塾がある日はわしらも手を貸そう。野分がここにいる間は雨風は収まっておるのじゃからちゃんと治るまでゆっくり養生するのもいいと思うがどうじゃろうの?」
「それはなんともありがたいお言葉。上空には未だ幾つもの野分が駆け回っておりますので、私はさばきに行かねばなりません。ここでみていただけると慌てて空に放たずとも養生できるでしょう。とても助かります。」
秋風の神の言葉に三人はぴょんぴょん跳ねまわり大喜びでこの大役を引き受けた。
しばらくするとまた鼻を鳴らす瓜坊の声が聞こえ、たくみはサツマイモを掴むと駆け出した。こうきと坊は洞穴の中に入れてやりたい、雨に濡れたり夜風にあたってはかわいそうだと口々に龍之介にお願いをした。
太郎は奥からゴザと柔らかな藁を持ってくると座敷の小上がりの下に寝床を作ってやった。そして坊に
「今夜からここに泊まるといい。たくみとこうきが学校や塾の間はお前が側に居ればこの子も安心するじゃろう。」
と笑いながら布団をひと組持ってきてくれた。
そして、
「さて、たくみとこうきはもうお帰り。暗くなると危ないからの。」
と帰り支度を促した。

夜になると外ではまた風が唸っていた。次の野分が来るには早すぎるが、この子がいるせいで風が強いのかも知らぬ。

坊は夜っぴて瓜坊の体をさすり、布団には入らずに藁の中で寄り添っていた。たくみとこうきも夢の中に坊が出てきては瓜坊の様子を伝えてくれて、三人はほとんどうつらうつらとしか眠れぬ一夜を明かした。

次の日は朝からどんよりと熱い雲が垂れ込め今にも降りそうな空模様で瓜坊はまだしっぽの傷を舐めてはため息をついていた。蒸かしたてのサツマイモに薬を刺し込んだものと水を持ってやってきた坊に
「ぷうー。」
と甘えた声を出して立ち上がろうとするのだが、まだ痛いのだろう、立ち上がれずにまたうずくまる。
坊はサツマイモを一口ずつ口に運んでやり頭を撫でて
「慌てることないんだぞ。おいらはずーっとここにいるからな。たくみとこうきも夕方にはやってくるし、夕べも一緒にいただろ?おいらも夢に出るくらいはできるんだ。お前のことみんなが思ってんだから安心して休むんだぞ。」
そう言って自分も薬の入ってない芋をかじった。

朝餉の後、龍之介は背負い籠を背負うと薬草を集めに山に出かけた。この様子だとこれから何かあると霊薬が要るとやってくるものが出てきそうだ。霊薬は出来てすぐでは効果がさほどない。やはり百年は寝かせねばならぬ。ふむ、多目に作るに越したことはない。今日はちょうど良い感じの曇天だから珍しいキノコや薬草が生えるじゃろう。そう思うとゆっくりはしていられなかった。あの子達が瓜坊を大切に思う心が愛おしかった。

たくみとこうきは給食の食パンを半分瓜坊に持って行こうと思ってそっと紙に包み机に押し込んだ。校庭は昨日の雨で水たまりができていてサッカーもできない。教室では男子が相撲を始め、女子に大きな声で叱られていた。
「なあ、たくみくん。夜は坊が夢で様子教えてくれたからわかったけどさ、お昼間って寝れへんから様子わからへんし心配やんなぁ。」
たくみは給食を食べてお腹がふくれたせいかうつらうつらと居眠りをしていた。今の会話の声も耳に入らない様子だったのでこうきは持っていたカーディガンをかけてやった。
午後の授業の間、たくみは目を開けたまま眠れるかもしれないと思うほどに睡魔と闘っていてもう授業が終わって、終わりの会が済む頃には寝たまま歩ける気がするほどだった。
カバンを置きに帰るのももどかしかったのだが、きっと龍之介さんに怒られると思い二人は走って家に帰りパンをつかむと自転車で急いで瓜坊のところに向かった。

「はははは!だいぶ食欲出たなぁ!お前ほんとに可愛いなぁ。野分って名前つけたらダメなのかなぁ。たくみとこうきが来たら名前考えてもいいなぁ。」
坊が手ぬぐいで体をさすってやると瓜坊は甘えて
「ぷうー、ぷうー。」
と頭を坊のお腹に擦り付けてきた。
「こんにちはー、たくみとこうきです。瓜坊の様子どうなってますかー。」
たくみとこうきは息が上がるほど走ってきたが、そんなことよりも瓜坊の容態が気にかかって一気に走りこんできた。
太郎さんは冷たい水を桶に入れ足用の手ぬぐいと汗拭き用に固く絞った冷たい手ぬぐいを渡してくれた。
「今日は龍之介さんは薬草を採りに出かけているゆえ、作り置きのわらび餅と麦茶しかない。わらび餅はきな粉と黒蜜両方じゃな?」
太郎さんは微笑みながらお茶とお菓子を瓜坊のいるところの近くにお盆に乗せて持ってきてくれた。
「太郎さん、給食の食パン半分持ってきたんやけど、やってもいい?サツマイモばっかりやったら可哀想かなあってこうきと話しててん。」
二人は紙に包んだ食パンをカバンから取り出し、
「坊にはチョコレート持ってきたで。一晩中世話してくれたし、これ好きやろ?後お母さんが焼いたクッキーも。」
とたくみが坊にチョコとクッキーの包みを渡した。
「うわぁー!ありがとう!チョコレートってさぁ、うまいよなぁ。あと、たくみのお母さんのクッキー!おいら夢に出てくるほど大好きだ!」
三人は瓜坊の周りに車座になるとお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら代わり番こに背中や頭を撫でていた。瓜坊はいい匂いがするからか時折
「ぷうー。」
と甘えておねだりをしてきたが、食パン以外は体に毒だと困るのできな粉を舐めさせてごまかすことにした。
「瓜坊、まだ尻尾痛いん?見た目は昨日よりだいぶ良くなってる気がするけど、お薬きいてきたんかなぁ。かわいそうに。僕ら頑張って来るから慌てて元気にならんでええねんで。それよりちゃんと元気になる方がいいねんから。」
たくみは優しく頭を撫でてやりながらパンをちぎって口に運んでやった。
「ねえ太郎さん、瓜坊に名前ってつけたらあかんの?きっとどの野分もちっちゃいやつは瓜坊なんやろ?この子は僕らにとっては特別の瓜坊やし名前つけたいなぁって思うねんけどあかんかなぁ。」
「あ!それおいらも考えてた!」
「僕も!」
三人は太郎の顔を穴が空くほどキラキラの目で覗き込んだ。
「ふむ。名前か。つけてみてはどうじゃな。台風というのは人間は名前を付けて呼ぶらしい。しかしお前達だけの呼び名があってもいいと思うぞ。瓜坊とてお前達が付けてくれた名前を名乗る方が嬉しかろう。」

それから三人は瓜坊を囲むと撫でたりさすったり、芋を口に運んだりしながらもあれこれと名前を出し合った。
「なあ、そうたってどう?爽快の爽で太いって書くねん。台風が過ぎた後ってめちゃ晴れるやん。それにこの瓜坊がこの街の上通るときにはしゅーってすごい速さで駆け抜けてそのあとお日様がよく照らしてくれたら素敵やんか。」
こうきがカバンからノートを出して字を書きながら説明した。
「なんか、かっこいいなぁ。瓜坊水色やし、きっと走るのも速いやろうし、そのあとキラキラのお日様連れて来るんやったらその名前めちゃいい!」
「うん!おいらもそれがいい!字はわかんないけど、なんかワクワクする!お前はどう思う?」
坊は瓜坊の頭を撫でながら目を見つめた。
「ぷうー!」
瓜坊も嬉しそうにみんなに体をこすりつけてきた。

結局坊とたくみとこうきのお願いで、日曜日まで1週間爽太は龍之介のお食事どころに世話になった。三人は尻尾の怪我がしっかり治ってもなかなか離れがたかったのだ。

秋風の神が迎えにきたのは日曜の夕方だった。
「たくみ、こうき、坊。本当に世話になったね。瓜坊も元気になったよ。しかし、この子は野分というより秋のそよ風のように穏やかになったな。いっそ私のところで風の修行をさせてみようかな。」
「あの、この子、名前を付けたんです。爽太って言うんです。台風の後お日様がキラキラするでしょ?そんな優しい台風になってほしくて。」
三人はおずおずと、それでも誇らしげに名前を告げた。すると秋風の神はとても優しい笑顔を浮かべ、
「なおさら野分にしておくのは惜しいなぁ。私の大切な使い魔として育てることにしよう。三人とも本当にありがとう。」
たくみとこうきと坊は爽太を代わる代わる抱きしめ撫でまわし別れを惜しんだ。それでも別れの時間はやって来る。
秋風の神が爽太を抱くとふわりと空へ舞い上がった。
「ぷうー!ぷうー!」
爽太の声が金色になり始めた夕空に響き瞬く間に空の彼方へと消えていった。
三人はいつまでも手を振り続けた。


龍之介は薬鍋をかき混ぜながら夕方の景色を思い浮かべていた。
子供達も坊もまた一つ成長したに違いない。人外のものにも分け隔てのない心が温かな気持ちにさせる。
薬鍋からなんともいえない甘い香りが辺り一面に漂っていた。
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