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第22話 魔王、怒る

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「大丈夫か? フィン」
「大丈夫、フィン」
「だい、じょうぶ」

 突然、少し先の遺跡の天井が崩れ、ぽっかりと空いた穴から、太陽の光と青空が差し込む。

 衝撃に倒れかけた私を、さらりと艶のある赤い髪色と、春先に咲く花と同じ黄色と、小さな頃からずっと知っている少し明るい紫色が、自分を覗き込む。

「……綺麗」

 太陽の光を受けラウルの赤と、ハルトの黒がキラリと光って空の青に映える。
 その様子に綺麗、と零した私に、目の前の二人が不思議そうな表情で私を見やる。

「フィン?」
「……フィン? どうかした?」
「え、あ、ううん」

 なんだか、二人が並んでいると、なにかを思い出すような気がする。
 なんだっけな…と二人を見ながら首を傾げれば、ハルトが「ん?」と妙に柔らかい表情を浮かべて笑う。

 その表情に、ドクン、と心臓が大きな音を立て、思わずバッ、とハルトから離れれば、ラウルが「フィン?」と不思議そうに私の名を呼ぶ。

「なんでも、ない」

 そう言って、振り返って二人を見て、ふと、いつも目にする光景が頭をよぎる。

「あ、そうか」
「フィン?」

 そうか、と呟いた私を、今度はラウルが首を傾げながらもう一度、私の名前を呟く。

「ハルトとラウルが並ぶと、よく晴れた日の夕暮れみたい」

 そう言って笑った私に、ハルトはふうん、と短くつぶやき、ラウルは大きな黄色の瞳が落ちてしまうんじゃないかと思うくらい目を大きく見開いた後、嬉しそうに笑った。


「…それにしても、何でいきなり天井が……」

 なんの前触れもなく、天井が崩壊したように思える。
 誰ひとりとして巻き込まれなくて良かった、と安堵の息を吐くものの、突然、ピリ、とした雰囲気になったラウルに、吐く息が止まる。

「ラウル?」

 どうしたの、と声をかければ、ちらり、とこちらを見たラウルの瞳がほんの少し光っているように見える。

「……多分…」
「…たぶん?」

 思い切り眉間に皺を寄せながらラウルが口を開いたその時、何処からか誰かの叫ぶ声がかすかに聞こえる。

「誰か叫んでますね」
「誰だ?」
「オレっちじゃないー」
「だろうな」

 さらり、と言った二ヴェルの言葉に、ジャンとリアーノがお互いに見やりながら答え、二ヴェルがため息をつきながら呟く。
 その様子にピリ、とした空気を纏っていたラウルが、「ふっ、ふふ」と小さく笑う。

「ラウル?」

 突然笑いだしてどうしたのだろう。
 そう思いラウルを見れば、いつの間にか穏やかな表情に戻っていたラウルが、今度は申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開く。

「えっと、多分うちの……」
「ラウルの? って、ハルト?」
「アレのことか?」

 私が呟いた直後、ハルトが急に私を引き寄せながら顔をあげてラウルに問いかける。
 その言葉に、空を見上げた習慣、なにかの塊が、ものすごいスピードでこちらに向かってくる様子が見えた。

「ジュニア様ァァァァー!!」
「……やっぱりっ?!」

 ビクゥッ、と肩を大きく揺らしたラウルが、隣にいた私の服をぎゅ、と掴む。

「……うるせぇ…」
「何アレ?!」
「なんかめっちゃ怖くね?!」
「…なんか既視感があるが」
「奇遇だな、二ヴェル! オレもあるぞ!」


 突然の出来事と、次第に聞こえてくる声に比例するように肩を震わすラウル、それに心底嫌そうな顔をするハルトと、驚く私とリアーノ、それと、何故かハルトとは違う嫌そうな表情を浮かべる二ヴェルとジャン。

 各々が違った意味で、空を見上げ声を零した直後、ドスン、という鈍い音とともきた衝撃が、視界を奪うほどの砂埃を舞い上げた。



「で、キミたちは何をしてるの」

 ピリ、とした空気を纏ったラウルが、未だ砂埃が舞い上げる中、静かに、けれど通る声で、「誰か」に声をかける。

 誰に話しかけているのだろう、とまだ舞っているだろう砂埃を少しでも避けようと恐る恐る目を開ければ、目の前には砂埃どころか、小石すらも飛んできていない。

「なにが起きて」
「アイツだろ」
「ハルト?」

 私よりもこの状況に早くに気がついたらしいハルトが、真っ直ぐに前を見ながら私の疑問に答える。

「やっぱ、あいつ魔王なんだな」

 特に興味はなさそうな声のハルトに、ラウルを見やれば、隣に居たはずのラウルが、いつの間にか私たちよりも前に立ち、右手をあげている。

「…あれ、何…?」

 ラウルより少し先に、薄い黄色が混ざった透明の大きな板のようなものが、天井から床までピッチリ隙間なくハマっているように見える。
 さっきまで、あんなものなかったように思うのだが。

「魔法壁、ですね」

 コツン、と小さな足音を立て、横に並んだ二ヴェルを見やれば、二ヴェルは興味津々、という表情で、前方から視線を外すことなく、口を開く。

「しかも詠唱なしで、瞬発的、かつ広範囲で強度も高い」

 ラウルの背を見ながら、二ヴェルがものすごく楽しそうに、けれど静かに分析をした時、「だって!!」と私たちの誰よりも甲高い声が、周囲に響く。

「ジュニア様、急にいなくなっちゃうから!」
「そうですよ、ジュニア。探したんですから!」
「っていうか、ジュニア様! この壁どかしてください!」
「なんでジュニアのところに行けないんですかぁぁ」

 ぶわっ、と砂埃が消えた、と思った瞬間、姿を表した人たちを見て、私はもう一度、「…何あれ」と呟く。

 それもそのはずだ。
 ラウルの前にある魔法壁よりも、さらに少し先には、同じような壁がもう一枚あり、その壁に張り付くようにして、こっちを、というよりはラウルを見る複数の人たちが見える。

 げんなりするような、けれど明らかに怒った表情を浮かべて、「いやです」とキッパリと答えたラウルに、壁の向こう側にいる人たちが「そんなぁぁ」と悲痛な声をあげている。

「…いや、です」

 とても小さな声で、そう呟いたラウルの言葉に、「…ラウル」とラウルの名前を小さく呟く。

 ー「魔王、とか。ジュニア、とか。ボクの名前なんて、みんな知らないし、興味ないんですよ」

 さっき、悲しそうな、寂しそうな表情で、ラウルにかけられた言葉。
 その言葉に、ハッ、としてラウルを見れば、ラウルが一瞬だけ、瞳を曇らせた、と思った瞬間、聞こえてきた言葉に、私の動きは止まった。


「ジュニア様! 大人になっちゃったり?!」
「乱暴されてないですか!ジュニア様!」
「お洋服乱れてないですか!」
「手足縛られちゃったりとか!」
「あんなことこんなことされちゃったりとか!」

「してないし!!!」

「…はい?」

 今、なんて。
 聞こえてきた数々の言葉と、ラウルのやり取りに、思わず首をかしげる。

「…縛られ…?」
「…どうでもいい」
「服は乱れてないな!」
「ちょ、ちょちょちょ、お嬢さんがたなんてこと!!」

 縛るって何、と未だくっついているハルトを見上げれば、ハルトはやはり興味はないらしい。どうでもいい、と呟いたあと、する、と私の髪に指を通して遊びはじめ、ジャンはラウルを見て大きく頷きながら言葉を返し、リアーノは焦った様子で頬を赤くしながら答える。

「あんなこと? こんなこと?」

 大人になるって何の事だろう? と一人、首を傾げれば、「むしろフィンにしたいですね」とか意味のわからないことを二ヴェルが言い出したから、とりあえず二ヴェルのスネは蹴っておいた。







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