僕たちは陽氷を染める

渚乃雫

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第16話 6月16日

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「あ、ばあちゃん、お帰り」
「お帰りなさい」
「はい、ただいま」

 羽白はじろさんと店先の掃き掃除をしていれば、じいちゃんのお見舞いに行っていたばあちゃんが帰ってきた。

「荷物持つよ、貸して」
「いつも悪いねえ」

 両手に抱えていた荷物を受け取り、店の奥へ持っていく。

「ばあちゃん帰ってきた」
「あれ? 早くね?」

 同じように掃除をしていた照屋てるやが、羽白さんと一緒に戻ってきたばあちゃんに「ばあちゃん、お帰り!」と元気な声をかける。

「はい、ただいま」

 照屋の声にニコニコと笑顔を浮かべながら答えたばあちゃんに「早かったね?」と照屋は首を傾げながら問いかける。

「おじいさんがねぇ、皆がいるんなら早く帰れ、ってうるさくてねぇ。困ったおじいさんだよ」

 困ったように言ってはいるものの、じいちゃんの退院の目処もたって、ホッとしたのだろう。ばあちゃんの表情は、ここ最近の中では一番、明るい気がする。

「でも、そんなこと言ってばあちゃんも嬉しそうだけどね」

 そう言って笑った照屋に、「まあ、ねえ」とばあちゃんも笑って答えた。

「そういえばさ、ばあちゃんとじいちゃんって、ずっとこの街に住んでんの?」

 照屋が掃除を続けながら、店のすぐ奥でお茶を飲んで休んでいるばあちゃんに問いかければ、「そうだよ」とばあちゃんが頷く。

「昔は、このあたりにも、田んぼが残っていてね。このあたりで取れたお米は、そりゃあ美味しかったんだよ」
「え、そうなの?」

 ばあちゃんの昔話に驚いた声をあげたのは、寺岡さんだった。

「田んぼがあったことは知ってたけど、お米が美味しい地域だったのは知らなかったなあ」
「私も」

 驚く寺岡さんに、羽白さんも、頷きながら同意する。

「じゃあ、じいちゃん達も、お米作ってたの?」

 掃き掃除で集まったゴミを取りながら、問いかけた照屋に、「おじいさんの家は、農家さんじゃなくて、小さい商店でね」とばあちゃんは答える。

「今でいう、スーパー、みたいなもんだね。お米に、お味噌、お醤油。その他にも生活に必要なものを色々売っていたんだよ」
「へええぇ」

 箒の柄に手と顎を乗せながら言う照屋に、「照屋、ほうき」と声をかけ、最後のごみ取りをサクッと片付ける。

「ね、ね、おばあちゃん」
「なんだい?怜那れいなちゃん」

 羽白さんの淹れた新しいお茶を飲みながら、ばあちゃんが寺岡さんを見やる。

「あたしのおじいちゃんと、おばあちゃんは、お見合い結婚だったんだけど、おじいちゃんと、おばあちゃんも、やっぱりお見合い結婚だったの?」

 寺岡さんの突然の質問に、ばあちゃんは特に何かを気にするでもなく、「わたしもお見合い結婚だったねえ」と頷く。

「あの当時はお見合いをするのが当たり前だったからねえ。だけどねえ。ふふ」
「おばあちゃん?」

 だけど、と続けたあとに、懐かしい、という表情をしながら、小さく笑ったばあちゃんに、羽白さんが首を傾げる。

「おじいさんは分からないけど、わたしは、初めておじいさんを見た時は、そりゃあドキドキしたものだよ」
「へぇぇ、そうなの?」
「そうだよ。あぁ見えて、おじいさん、昔は格好良かったんだよ」

 ふふ、と笑ったばあちゃんは、部屋に置かれている写真立てをチラリと見て、目尻を下げる。

「今みたいに自由にデートが出来たわけじゃあないけどねぇ。それでも、おじいさんに会う時はそりゃあドキドキしたねぇ」
「へぇぇ…」
「結婚した当初はやっぱりドキドキした?」

 ばあちゃんの言葉に、瞳を輝かせながら問いかけた寺岡さんに、「そりゃあねえ」とばあちゃんは楽しそうに笑う。

「けどねぇ。皆も知っての通り、おじいさんは頑固者でねえ。色々と苦労することもあったけど」
「けど?」

 こてん、と首を傾げた寺岡さんに、ばあちゃんが、何かを思い出しながら、さっきよりも柔らかい笑顔を浮かべる。

「いやね、ずうっと昔にね。喧嘩をしたことがあってねぇ。その時に、おじいさんに『お見合い結婚だろうが、何だろうが、惚れた相手を幸せにするのが、男ってもんだ』って言われたことを思い出してねえ」

 懐かしいねえ…と続けたばあちゃんは、本当に嬉しそうで、普段から下がり気味の目尻も、いつもよりももっと下がっている。
 そんなばあちゃんを見て、「いいなぁ」と呟いた羽白はじろさんに、「おやおや」とばあちゃんが楽しそうな顔をしながら、声をかける。

帆夏ほのかちゃんも、誰か恋しい人でも出来たかね?」
「お、おばあちゃん?!」
「おやおやおや」
「帆夏、お茶こぼれる!」

 ばあちゃんの言葉に、誰が見ても分かる羽白さんの慌てっぷりに、ばあちゃんは羽白さんを優しい笑顔で見守り、寺岡さんは、羽白さんのところから、お茶を一時避難させ、そんな一連を見て、俺は、くく、と小さく笑い声をこぼす。

「せ、千家せんげくん?!」
「あ、ごめん」

 くく、と笑った俺に気づいた羽白さんに、思わず謝れば、羽白さんの頬の赤みが少し増した気がする。

「おー、はじろん、顔真っ赤」

 羽白さんを見て、そう呟いた照屋てるやに、なんとなくそれ以上、羽白さんを見てて欲しくなくて、「照屋、ごみ捨て行こう」と、わざと少し大きな声を出した。

「お見合いかぁ……」
「……急にどうした」
「あ、いや、さっきのばあちゃんの話さ。オレ達だって見合いで結婚っていう可能性もあるのかなあって思って」
「……うん?」

 店から少し離れたゴミ捨て場に向かいながら言った照屋の言葉に、思わず立ち止まり首を傾げる。

「なる? どしたの?」
「いや、むしろ……あ、いや……うん」

 照屋がどうした。
 そうは思いつつも、過干渉か……とは思うと言っていいものかどうなのかがよく分からない。
 言いかけて黙った俺に、照屋は一瞬、驚いた顔をしたあと、嬉しそうな顔で俺を見やる。

「……なんで嬉しそうなんだよ」
「えー、だって、なるってばオレのこと考えて言おうかどうしようか悩んでくれたんでしょー? ちゃんと仲良くなれてるんだなぁって思ったら嬉しくて!」
「……前にも思ったけど…」
「なになに?」
「…照屋はときどき恥ずかしげもなくそういうこと言うよな」
「言いたくなっちゃうくらいに嬉しいからね! 今!」

 へへへ、と本当に嬉しそうに笑いながら、照屋はゴミ捨て場へと走っていく。

「…スキップでもしそうな勢いだな」

 そんな彼の背を見て、小さく笑ったあと、照屋のあとを追った。





【6月16日 終】
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