盈月の約束    ー 陰陽師見習いの男子高校生には、吉備真備の魂に刻まれている ー

渚乃雫

文字の大きさ
35 / 42
第二部

第34話 知らないけれど、知っている人

しおりを挟む
「え、してませんよ?」
「え」
「まぁ、契約に近い形ではありましたが……私たちはあくまでも真備まきび風に言うなれば『友人』ですね」
「友人……」
「ええ。まぁ、仲麻呂なかまろと違って真備はそもそも人間の友人自体も少なかったですけど」
「え、そうなの?」
「ええ。変わり者でしたからねぇ」

 馨結きゆう滉伽こうがの口から出てきた言葉に、驚きのあまりにぽかんと口が開く。

「ああ、そうでした。そういえば報告がもう一件」
「ん?」
「今朝のあの爆発ですが」
「……うん」
「どうやら、ほとんどの人間は気がつかなかったようですねぇ」

 のんびりと告げた馨結の言葉に、「やはりか」とじいちゃんが呟く。

「やっぱりって、え?? でもあんなデッカイ音と衝撃きたのに?」
「ええ。まあ、まだ何ともいえないですが坊っちゃんと同じように、十三代目も感知したようでしたが、多少なりと見鬼の才を持つすみれさんも気がつかなかったようです」
「え……?」
「ひとまずは、詳細はこうの眷属の小さきモノたちを使って情報収集中です、が、おや」
「おや?」
「戻ってきたようですね」

 言葉を途中で止めた馨結の視線の先の空気が少し歪む。

 ぽこ、と現れた名のない小さい妖かしたちが、光を纏いながら馨結と滉伽に一生懸命に何かを伝えている。

 その報告を聞いていた二人が、ほんの一瞬、目を見開いたあと、揃って俺の顔を見る。
 その直後、滉伽の術が部屋全体を覆った。


「して、状況は」
「宜しくないといえば宜しくないですし、良いといえば良い、ですかね」
「また分かりにくい表現を」
「ですが、今のところ、これが適切かと」
「おや、白澤はくたくも同じことを云うのか」
「ええ」
「ふむ」

 遮蔽の術を発動したのか、と思うのと同時に話を始めたじいちゃん達の様子に、黙ったまま行く末を見守る。

「ところでっちゃん」
「え、あ、はい」
「ここ最近、見知らぬ人間からの接触はありましたか?」
「え、っと?」

 どこまでを知らない人というのか。
 というか急に何。
 馨結の問いかけにそんなことをふつと考える。

「道すがらでも、学校ででもどこでも構いません。誰か心あたりありますか?」
「心あたり……」

 少しだけ、瞳に鋭さを浮かべた馨結と視線が重なる。

 知らない人、と言われた時、思い浮かんだのは最近知り合った一人の先輩。
 けど、どうしてか、先輩は『知らない人』には当てはまらない気が、する。

 何故だか、分からないけど、俺は彼女を『知っている』。
 言葉を交わしたのなんて、本当につい数日前が初めてだというのに。

 真備、と初月ういづきが俺の中で小さく名前を呼ぶものの、俺の意思を尊重してくれるらしい。
 なにも言わなかった俺に、初月はそれきりでだった。

「……特にはいない気がするけど」
「……本当ですか?」

 じい、と心の内を見透かすような薄紫色の馨結の瞳が、俺を捉える。

「……今の、ところは」

 そう答えながら、ふい、と馨結の瞳から視線を外す。
 ほんの少しだけ、どこから湧いてきたのか分からない罪悪感に、馨結と滉伽の目が見れない。

「……」

 けれど、どうしてだか、今はまだ、彼女のことを馨結と滉伽に告げる時期じゃない気がしていて。

「主……?」

 不安そうな滉伽の声に、指先に力がこもる。

 そんな声をさせたいわけじゃない。
 そんな顔をさせたいわけじゃない。

 でも。

 ー 「キミは、同じなのね」

 ー 「……教えてなんて、あげないんだから」

 
 あのとき、すぐには気づけなかったけど、先輩と、あの声は、同じなのだと思う。
 俺が知らなくて、彼女が俺を知ってるってことは、きっと、真備さんに関わることだけど。
 胸に走った懐かしさと、焦燥感は、決して嫌なものではなかった。

 だからなのか。
 馨結と滉伽の心配するような、悪いことが起こる予感なんて、全くしない。

 でも。
 それでも。


「坊っちゃ」
「ごめん。いまは、言えない」
「……坊っちゃん……」
「主……」
「……ごめん……」

 呟くように謝ったまま、握りしめていた手に視線を落とせば、俺の手を、ひとりの手がぽん、ぽん、と撫でる。
 その手に、視線をあげれば、目尻に皺を寄せながら、じいちゃんが笑う。

「じいちゃん……」
「大丈夫じゃよ。別に真備まきびがそれを伝えたところで、その人を捕まえて酷いことをするわけではないさ」
「……じいちゃん……」
「ただ、こやつらは、ただただ、お前が心配なだけだ。それだけは分かっているだろう?」

 ぽん、ともう一度だけ、軽く撫でられた手に、こくり、と頷く。

「それが分かっているなら、大丈夫だ。そうだろう? 鵺、白澤」

 そう問いかけたじいちゃんに、ちらり、と馨結きゆう滉伽こうがを見れば、二人は俺をジイ、と見たあと、はぁ、と小さく息を吐き出す。

「まったく。そんな泣きそうな顔をしないでください。っちゃん」
「え」
「そうですよ、主。わたしたちが主のその顔に弱いって分かっていてやっているんですか?」

 ぺたり、と俺の頭や頬に触れながら、馨結と滉伽は言う。

「どのみち、坊っちゃんがそんな顔をしてまで私たちに告げないということは、私たちが何をしても坊っちゃんが口を開くわけがないんですから。そうですよね、こう
「ええ。主はこう見えても頑固ですからね」
「本当ですよ、まったく、坊っちゃんといい、真備といい十二代目といい、どうしてこうも頑固なのやら」

 はぁ、ともう一度、大きな息を吐き出したあと、「坊っちゃん」と馨結に名を呼ばれる。

「悪い予感が、しなかったのでしょう?」

 じい、と俺の目を見ながら、馨結が問いかける。

「うん。その……なんていうか……全くなかった」

 そう答えた俺に、馨結はふむ、と小さく呟く。

「……坊っちゃんのその予感は、外れたことはありません」
「……馨結?」
「ですが、私と滉伽個人が、その人物が坊っちゃんに危害を与えるモノだと判断した時点で、立ち入ります。いいですね?」
「え、っと……?」

 ぐしゃ、と俺の髪をかき混ぜながら言った馨結の言葉の意図が掴めずに、ぽかんとしたまま馨結を見れば、馨結はほんの少し唇を尖らせて顔を背けている。

「馨結?」
「しばらくはあるじの思うように動いてみていい、ということですよ。主」

 ふふ、と静かに笑い声を零しながら、そう言った滉伽の言葉に、ぱち、と瞬きを繰り返せば、馨結の耳の先が少しだけ赤に染まる。

 きちんとした理由も告げられない俺を、信じてくれる。
 背中を押してくれる。

 馨結と滉伽。
 人ではない彼ら。

 けれど、俺にとっては、そんな二人の言葉が、嬉しくて、どんなものよりも、何よりも心強く思えた。





◇◇◇◇◇◇◇



 『……とはいえ』
 『ええ』

 我が主に気づかれぬよう、互いにだけ分かるように妖力を繋げる。

 『……あの様子では初月も喋らないでしょうし』
 『そうですねぇ』

 我が主の様子から見ても、学校で何かしらの接触があったのは確かだろう。

 『どうしたものか……』
 『それも気になる点ではありますが……馨結、わたしはそれよりも』
 『……ええ、分かっています』

 滲み出すように、感じ始めたこの気配。
 それが幼き我が主に、吉と出るか、凶と出るか。


 測りきれない主の未来予測に、名の知れ渡っている妖二人が頭を悩ませていたその頃。

 時は、刻一刻と、動き始めていた。















しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転

小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。 人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。 防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。 どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。

処理中です...