盈月の約束    ー 陰陽師見習いの男子高校生には、吉備真備の魂に刻まれている ー

渚乃雫

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第二部

第38話 言われなくても分かってる。

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 力が溢れる感覚が、久しい。
 ほぼ満タン近くまで満ちたのが記憶に新しいというのに、そこから更に溢れるほどとは。

 魂のあたりをくすぐられるような感覚は、覚えがある。

 主の心の内に変化があったのであろう、と不本意ながらに相棒の馨結きゆうを見やれば、こやつもまた、愉しげに笑っている。


 ああ、そうだ。
 わたしたちは、これを待っていたのだ。

 どうか、このきっかけが、この幼き主であれ、と、願い続けた日々は、無駄では無かったのだと、喜びを一人、噛み締めた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「うわー……本当に真っ白」

 するすると滑っているみたいに間を通る髪色は、テレビとかで見たことのある雪原みたいに本当に真っ白で、ぽつりと呟けば、「あるじ」と滉伽こうがに呼ばれる。

「あ、ごめん。触りすぎた」

 ぱっ、と手を離した傍から、指先が拘束され、「え、どしたの」と思わず問いかければ、きゅと俺の手を掴む手に力が籠もる。

「ありがとうございます。主」

 そう言って、滉伽がふふ、と嬉しそうに笑う。

「うん?」

 何が?

 首を傾げて、次の言葉を待てば、ぱたぱたっ、と頬に何かが触れる。

初月ういづき?」

 抱えていた初月の耳だと気付いて、視線を動かせば、顔をあげた初月が「真備まきび」と俺の名前を呼ぶ。

「初月?」

 ぼんやりとした表情のままの初月に、もう一度名前を呼べば、初月の額がキラと光を放つ。

 初月のおでこってになんかつけてたっけ?
 そんなことを思った直後、ぞわっ、と背中に寒気が走る。

 バッ、と振り返った先に、黒く大きな靄が立ち昇る。

「なん」

 なんだ、アレ。
 そう呟きかけた直後。

「ちょうどいい」

 いつもより少し低めの滉伽の声が、耳に届いた。



真備まきびー!」
「やっと見えたでやんす!」
「……賀茂かも

「ちょっとアレを調べてきます。くれぐれも無茶はしませんよう。分かりましたか?!」と、何度もひとに念を押したあと、黒い靄が立ち昇ったあたりへと向かった滉伽と、初月を連れて家に帰るという馨結と別れた直後、周りの音が聞こえると同時に屋上にきていたらしい太地たいちひとつ目、桂岐かつらぎに名前を呼ばれた。

「飲みもの買いに行ったのに全然戻ってこないし、次の授業始まんのになぁーってって思ってたら、なんか急にぬえ白澤はくたくと、あとなんか別の奴の気配するしー。で心配してたんだからなぁ?」
「それはごめん」
「そうですよっちゃん!! すっごい、すっごい心配したでやんすよ……!!! オイラそんなに力強くないから、鵺様と白澤様がいるのは分かっても、お二人みたいに状況把握もできなくてっ」
「オロオロしてたから、とりあえず分かる範囲で状況伝えてたけど、それでもずっとオロオロしてたぞ」

 ケラケラと笑いながら言う太地に、ごめん、と一つ目に謝れば、「ご無事ならそれで良いんでやんす」と一つ目が安心したように笑いながら答える。

「あ、ちなみに、次の授業、なんか急に自習になったぞ」
「へ? そうなの?」
「うん。何か急に。んで4限の体育は体育館使えないから校庭だとよ」
「……へぇ……あ、桂岐。あ……」
「……行ってしまわれたでやんす……」

 太地や一つ目と違い、屋上の入口に立ったままだった桂岐が、じっ、とこっちを見ていた、と思ったら、くるりと背を翻して屋内へと消えていく。

「……やっぱりよく分からないかたでやんす……」

 小刻みに身体を震わせながら、一つ目が呟く。

「真っ先に異変に気づいたのも桂岐なのにな」

 ぽす、ぽす、と一つ目の頭を軽く撫でながら太地が言った言葉に、「そなの?」と驚きを隠せずにいれば、「そうだよ」と太地が頷く。

「まぁ……なんていうか……素直じゃないからなぁ、桂岐」

 ケラケラと笑いながら言う太地に、「素直じゃないっていうか……」とかえせば、「素直じゃないだけだよ」と太地が同じことをもう一度言う。

「いわゆるツンデレってやつでしょ」
「いや、多分それは違う気がする」
「そう?」

 かぶせ気味に否定した俺に、太地が不思議そうな顔をしながら問いかける。

「じゃあ真備はなんだと思うん?」

 そう問いかけた太地に、考えた事に、肺の空気が重たくなった気がする。

「それ、は……」

 俺じゃなくて、真備さんを

「探す相手は、ここにいんのにね」

 トン、と俺の胸を人差し指でつつきながら、太地は困ったように笑う。

「ま、時が解決するってやつッショ」
「そんなもんか……?」

 首を傾げる俺に、太地は「そんなもんでしょ」とまた笑った。


 ◇◇◇◇◇◇


「で? 桂岐かつらぎはいつまで拗ねてるん?」
「……拗ねてなどいない」
「ふうん? でもさ、オレと真備まきびが話してるといーーっつも見てるじゃん」
「……それは……お前たちにいつまで経っても成長の兆しが見えないからだ」
「へぇ? 桂岐には見えてないの?」
「…………」
「あんなに眩しいのに」

 言葉の通り、封印を解いた日から、真備の持つ力が、青白い眩しい光のようになって常に滲み出ている。

 まぁ、時間が経った今は、ようやくダダ漏れでは無くなったけど、時々、妙なタイミングで、力が溢れてしまっている。

 本人の意志など関係なく、真備から溢れるそれは、ひとくち食べてみたのなら、さぞかし甘美で至極なものなのだろう。

 けれど、自分も、桂岐も、ひとつ目も、今や真備の、真備たちの中に組み込まれたひとつの欠片となった。
 その影響なのだろう。
 オレは真備の血肉を食べたいとも力を奪いたいとも、さっぱり思わないし、思えないし。多分、桂岐も同じなんだと思う。

 ま、あくまでも多分、オレの予想でしかすぎないから、いざ生死がかかったらどうなるか分かんないけど。

「お前……それが分かっているなら、何故なにもしない」
「何もってなに?」
「あんなもの、狙ってくれと言いふらしながら歩いているようなものだろうが」
「まぁねー。でもさ、オレたちに出る幕なんて無くない?」
「……」
「それこそ、オレたちが出たら、桂岐のいう成長ってやつの邪魔になるだけだと思うけど」
「…………」

 チッ、と返事の代わりの舌打ちに、素直じゃないなぁと呟けば、桂岐が押し黙る。


「桂岐はさ」

 しばらくの沈黙のあと、声をかければ、無言だけが返ってくる。

「誰を探してるん? 」
「あいつに決まっている」
「そう? オレにはそうは見えないけど」
「……何が言いたい」

 ギロ、と金に色を変えた瞳が、自分を捕らえる。

「んや。言いたいことなんて、言われなくても分かってるだろうから、言わない」
「…………おまえ」
「人に云われてどうこうするヤツじゃないでしょ。桂岐だって」
「……それはどういう」


 ほんの少し、驚きを混ぜた金色に、「桂岐だけじゃないってこと」と答えれば、彼は不服そうな表現を浮かべる。

「わー怖い。そろそろ逃ーげよっと」

 明るく白々しく言えば、桂岐がまた舌打ちだけ返す。


 その様子に、ふっ、と笑いを零しながらそっと口を開く。


「どっちの真備《まきび》も、真備なだけだよ」

 小さな、小さな声で呟いたオレの声を、桂岐が聞き漏らすわけもなく。


「……お前に言われなくても」

 わかっている。


 そう呟いた桂岐の声は、オレの風にのって、空に消えた。





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