虹色の被検体

kiruki

文字の大きさ
上 下
6 / 7

6

しおりを挟む


───五年前、とある研究所に敵軍が特攻を仕掛けて来たことを、覚えているでしょうか。
当時、戦時中だった我々の国は、敵国からの攻撃を頻繁に受けていました。その一つが、とある研究所で起きた事件です。

軍は研究所にミサイル爆弾を打ち込み、あっという間に火の海にしました。研究所は現在、跡形もなく焼失しており、再建の見込みは無いようです。

研究者の殆どが犠牲となったこの事件ですが……、とある男が行方不明となっています。

研究所は人体実験を行っていた違法施設でした。事件の騒動に紛れて一匹の被検体が脱走したのです。

男は戦争に使うための生物兵器として、薬物投与を受けています。生還した研究者の証言より、男の身体能力は凄まじく、気性も荒いため他者に攻撃する恐れがある人物であることが判明しています。また、男は薬物の副作用で瞳の色素が抜けて真っ白な目を持っており、色覚も鈍くなっているようです。警察の調べでは男は事件中に、研究者の娘である一人の少女を連れて逃走したことがわかっています。もしも『白い目の男』を見かけた際には、十分に注意を──────

ぶつりとテレビの電源を切る。ソファに腰掛けながら、リモコンを机に下ろした。

俺があの研究所を脱出してから、五年がたった。

五年が経てば、俺も彼女も色々と変化があった。

少女はすっかり大人の女性となったし、何にも知らなかったあの頃と比べて世間の常識というものが身についている。羞恥心も芽生えたようで、幼い頃の自分の言動を恥じている様子も見られた。

そして俺も、世の中に出たあとに、いかに自分が無知であったかを知った。

視界が虹色で入り乱れていたのは、俺の目がダイアモンドのように輝いていたからでは無く、薬の副作用で視覚障害が出ていたからだった。自分の目が虹色に輝いて見えたのも、視覚障害のせいだったと今では考えている。

どちらにしても、俺はあの研究員に、真実を全く伝えられていなかったということだ。

研究所が襲撃を受けたあの日、あの少女は実の父親に首を絞められて殺されそうになっていた。

どこからともなく湧き上がってきた怒りに我を忘れた俺はあの男に拳を振りかぶって……その後は、覚えていない。

きっと"生物兵器"としての能力を発揮したんだろう、気がつけば俺は少女を抱えたまま、隣国の街を彷徨っていた。あの男がどうなったのかは今でもわからないが、碌な死に方をしていればいいと思う。

街に出て親切な夫婦に拾われて、何とか二人で暮らせるだけの力をつけて、今に至るのである。

生物兵器の力が消えたのは、研究所から逃げ出して3年が立った頃だった。薬の効果が薄れてきたおかげで身体能力も戻り、視覚が正常に見えるようになったのだ。

再び鏡を見て、俺の瞳の色が本当は真っ白だったことを再確認した。血のような点々が混じっていて、少し気持ち悪い。なんだ、全然美しくもなんともないじゃないか。

思い返せばあそこにいた研究員は、俺の瞳を見て忌々しげに目を細めていた気がする。キレイなものを見る目では無かったはずだ。

俺はあの研究所で、嘘しか教えられていなかったんだな。

しおりを挟む

処理中です...