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『キジンの復活』編

第5話 ②

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 石柱から出てきて初めて気付いたが、あの男、肌は赤みの強い褐色かっしょく──赤銅色しゃくどうしょくというのだろうか。
 真っ黒に見えていたのは、緑色の水晶の石柱の中にいたから色が混ざって見えていたようだ。
 髪の色も今になって銀色だとわかった。

「…………」

 封印が解けた!? 赤鬼かっ! そもそも何が起こってる!──と、言いたいことはいっぱいあるはずなのに、オレ達は誰も声を発しない。この状況に全員混乱しきっていた。

 やがて男はムクリと体を起こす。銀髪のボサボサ頭に無精ぶしょうヒゲ。なんともえない見た目の男だ。

「……うーん?」

 男が側頭部の短い角をカリカリ掻きながら寝起きが悪そうな顔をこちらに向けている。オレ達はやっぱり声が出ない。

「って、なんじゃっ! 人間っ!?」

 思い出したようにシュバッと飛び起きてオレ達を指差す男。オレ達も反射的に武器を構えた。

「なんじゃって……お前、鬼人なのか?」

 オレは剣を向けたまま、ようやく言葉をしぼりだす。その質問に男は顔をしかめる。

わしが鬼人以外のなんに見えるんなん?」
「ホントに鬼人かよ……。封印が解けちまったのか、クソッ!」
「解けちもうた? 解いたんは、あんたらじゃろうが!」
「は……?」

 言葉遣いがなまってるようで聞き取りにくいが、オレ達が封印を解いたって言ってる?

封印石ふういんせき』があったじゃろ?
 それをがしたら連動して封印が解けるんじゃ。じゃねぇとここへは入って来れんじゃろ」
「封印石って……えええっ!」

 扉の前で襲ってきたあれが封印を解く鍵だったのかよ。じゃあ、本当に鬼人の封印を解いたのはオレ達ってことか……?

「では、あれは我々に封印を解かせるトラップだったのか!」
「ちゃうわ。あんたらが無理やりがして来たんじゃろうが!」
「向こうから襲ってきたってのに無理やり壊すも何もないだろ!」

 たぶん、って壊すってことだよな、と推測しつつ反論するオレに鬼人が顔をしかめる。

「地面の中に封印しとった封印石が勝手に動くわけなかろうが。
 大方おおかた、あんたらの誰かが妙なことしたんじゃろう?」
「五人……?」

 鬼人の発言に今度はオレ達が顔をしかめる。
 アスカを含めれば五人だが、さっき英雄剣をとっさに抜いて構えてるからアスカの姿は敵にも見えないはず──って、まさか!

「まさか私の姿、見えてるの?」
「見えとるも何も……
 ん? そういや、人間のは四人分しかないのぅ。そこの女から何も感じんが……」

 そう言いながら鬼人はアスカからオレが構えた英雄剣に視線を移すと、一瞬だけ目を見開いてからその目をそらす。

は……」
 
 なんだ、あいつ。英雄剣を知ってる……?
 すると、鬼人は薄ら笑いを浮かべてアスカをまっすぐ指差して続ける。

「ははーん、そういうことか。お前、普通の人間じゃねぇんじゃろ?」
「そ、そうだけど。これ、どういう展開?」

 首をかしげるアスカ。いや、素直に答えるなよ。オレだって首をかしげたい展開だ。
 でも、アスカと会話できてる。やっぱりあいつはアスカが見えてる。それどころか声までも聞こえるのか。

「どういうコトだ? 戦女神様、見えてるノカ?」
「シューレイドの魔人には見えている様子はありませんでした。どういうことでしょう?」
「鬼人だから特別に戦女神様が見えるとでも?」

 困惑するリゼ達。皆にもアスカの姿は見えないんだから、それも仕方のないことだ。
 すると、鬼人は腹を抱えて笑いだす。

「あんたが戦女神? そいつは傑作けっさくだっ!」
「何がおかしいんだよ! 大体、なんでお前はアスカが見えてるんだ!」
「今はそんな話はどうでもええ。
 あんたらは何も知らずにここに来て、うっかり儂の封印を解いてしもうた。そうじゃろ?」

 鬼人の指摘に反論できない。うっかりで済まされる話じゃないが、よくわからないうちに封印を解いてしまったのは事実だ。

「とにかく、今は時間がない。事情を知らんなら、あんたらはさっさとね」
「いね? さっきからお前、共通語でしゃべれよ!」
「ここからはよう帰りんさいってうとるんじゃ!
 共通語って何じゃい。なして儂があんたらに合わせにゃいけんのんなら!」

 いやだって、何をしゃべってるか所々聞き取れないんですが……
 にゃいけんのんならって何だろ……ああもう、話が進まないから、こばまれたってことでいいか。

「早く帰れだと!? そんなことできるはずがない!
 こうして鬼人が復活したとなれば我が王国の危機! そうと知って敵前逃亡などあり得ん!」
「儂がせっかくモンスターも近付けんように魔力で結界けっかいを張っとったのに。それをわざわざここへ入ってきて勝手に儂の封印を解いて、その上でその言いぐさか。自分勝手なもんじゃなぁ」
「結界? そんなものなかったぞ! むしろ近くのモンスター達は狂暴化してるんだぞ!」

 オレの指摘に鬼人は眉をひそめる。

「狂暴化じゃと……?」
 
 なんだかあの鬼人、さっきから言っていることが変だ。
 自分の封印が解けないように自分で守ってたような言い方をしている?

 サアルはそんなことは気にもめていないのか、反論し続ける。

「知らないようなフリをして、狂暴化させてるのは貴様の仕業しわざなのだろう! ますます放ってはおけぬ!」
「好きに言ようれ。放っておいてくれりゃあ、儂はここからは出ん。
 それに、あんたらにも危害は加えんぞ?」
「そんなこと言われて、はいそうですかと退けるわけがないだろう!」

 反論を続けるサアルにうんざりした顔でもう一度角を掻く鬼人。

「面倒なっちゃなぁ。ほんなら、儂を倒すんか?」
「もとよりそのつもりだっ!
 ガウル達も何を黙っている! ここで奴を食い止めねば王国は終わりだぞ!」

 サアルの奴。完全に頭に血がのぼってるな……
 でも、確かにあいつの言っていることに違和感はあるが、それを鵜呑みにするのも危険だ。

 あいつは裸で身に付けているのは首飾りのみ。武器は何も持っていないのだ。
 それなのに、それぞれが武器を構えたオレ達を前にしてもこの余裕。人間には負けないという強い自信でもあるのだろうか。そんな奴を放置していられるわけがない。

「……まあ、ええわ。儂も、そこの戦女神呼ばわりされとる女を放置しとけん。ここは心を鬼にしてあんたらに痛い目、見せちゃろう!」
「いや……お前、元から身も心も鬼じゃねぇかよ」

 飄々ひょうひょうとしていて緊張感が薄い鬼人だが、その余裕はやはりあなどれない気がする。
 それにどうしてアスカを狙っているんだ、こいつ……

火炎弾ファイアー・バレット装填そうてん! ぜろ!」

 サアルの発砲によって、鬼人との戦闘の火蓋ひぶたは切って落とされた。
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