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第一章

丸薬作り

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  気持ちを吐露したことで幾分か気分もスッキリもしている。

 いつもより遅めの朝食を終えて、お風呂に入って、私は二日ぶりに仕事をすることにした。
 葉月さんにはまだ病み上がりだからと止められたが、動いていた方が落ち着くのだという趣旨をひたすら伝えまくると、渋々了承してくれた。

「今日は丸薬と粉薬を作って、患者さん別に個装します」

 薬草の入っていないカゴに色々詰め込みながら、葉月さんが言った。
 丸薬と粉薬!! 
 今までやってきたのは薬草の見定めと乾燥させることのみ。
 それはそれで楽しかったし勉強にもなったが、やはり薬の調合が一番ワクワクする。

 地下へと下りて、いつものように葉月さんが部屋のランプに火を灯した。
 部屋が明るくなると、私は定位置となりつつある調合台の横へ向かおうとして、そこで足を止めた。

「あれ? これ、椅子ですよね? 」
「そうなんです。薬草摘みに出かけているときにちょっとずつ作っていた物が、漸く完成しまして。現世はこのような物を使っているのでしょう? 」
「はい。こんな感じです」

 私は頷きつつも、その椅子を眺めた。
 本当に最近出来たばかりなのだろう。
 ニスの香りが仄かにしている。

「調合台や作業台より椅子の方が高くなってしまったので、こちらもご用意しました! 」

 少し得意げに尻尾を揺らして、葉月さんが小さなテーブルを運んできた。

 椅子と同じく木目調のそれは、買ってきたと言われても分からないほどの出来栄えだった。

「これも葉月さんが? 凄いですね! ありがとうございます!」

 少し大袈裟に反応してみると、やはり葉月さんは嬉しそうに微笑んだ。

(葉月さんって大人びているけれど、こういう所は年相応って感じよね)

 それにしても、と私は首を傾げた。

「葉月さんって、本当に現世に行ったことないんですか? あ、いや、別に前の発言を疑っている訳では無いんですけど……」
「ないですよ。本で読んだだけです。あとはまあ……黄泉の家具が西洋仕様ですから、椅子の形も何となく覚えていたのです」

 なるほど、と理解しかけて私は眉を寄せた。

「え、黄泉って行けるんですか? 以前説明してくれたときに、境を超えたら少なからず身体に影響が出るって言っていましたよね? 」
「あー、ははは……」

 葉月さんは私の言葉に、親に隠し事がバレたときの子供のような反応をした。 

 そして、薬箪笥の一番下の引き出しから分厚い横長の冊子を取り出す。

「こちらをご覧下さい」
「……これは? 」

 名前と住所らしきものが並んでいる紙が、何十枚も重ねられていた。

 名前欄にはカタカナも多く書かれている。

「これは薬の注文をされた方々の一覧です。懸場帳かけばちょうと呼ばれています」
「この、所々名前の横に付けられた赤丸はなんですか? 」
「それは、私の調合した薬を5回以上利用された方の印です。所謂いわゆる、私を専属として下さっている患者さんですね」

 私はその赤丸の意味を知って、すぐさま葉月さんが懸場帳を見せてきた意味を理解した。

「黄泉の住所もかなりあるんですね」

 話を促すように感想を述べると、葉月さんは真面目な顔で頷く。

「ええ。桃源郷は階級制度があまりありませんが、黄泉は違いますから。お貴族様の所へは薬師が赴(おもむ)かなければいけないのです。それに境界を超えなければ、黄泉の者は薬が使えませんし」
「それは……前に黄泉の人が言っていた、桃源郷の物が黄泉の者にとって有害だということと関係がありますか? 」

 私の問いに、葉月さんが満足そうな笑顔を浮かべた。

「はい、そうです。まあ、黄泉のお貴族様に気に入られるということは薬師にとって名誉なことですので、少しの不調くらいどうってことありませんよ」 

(なんてワーカーホリック! 身を粉にして働くってか!!) 

 などという私の心の声が聞こえるはずもなく。
 葉月さんは壁に吊るしてあった薬草を回収し始めた。

「結奈さん、薬箪笥の下にある引き出しから黄色の封筒を出してください。左の方のです」
「あ、はい」

 私が言われたとおりに左下の引き出しを開けると、色とりどりの封筒が重ねられていた。

 ご注文内容と書かれたそれは、どれも厚みがある。
 黄色の封筒を見つけ出して葉月さんに手渡すと、葉月さんはおもむろに封筒の中身を取り出した。
 ざっと目に通したあと、くるりと踵を返して薬草を竹ざるに入れていく。
 そして、私のテーブルの上へ置いた。

「結奈さんは、これらを薬研やげんで粉状にしてください」
「わかりました。あの、これは何の薬になるんですか? 」
桂枝茯苓丸けいしぶくりょうがんです。冷え症や肌荒れなど、ホルモンの乱れを整えてくれるものです。あぁ、それとこれを」
 そう言って差し出された物は、ゴム製の湯たんぽだった。

 それを布で巻き付け、私の膝へ乗せた。温かい。

「冷えてはいけませんからね」

 それだけ言うと、葉月さんはもう1つの薬研を持ってきて、別の薬を作り始めた。
 そちらは粉薬らしい。
  
 作業を始めると、地下にあるこの部屋には生薬をすり潰す音だけが鮮明に響いていた。
 お互い集中しているため、私たちの間に会話はない。
 けれど、けして気まずいと感じたことはなかった。むしろ葉月さんの隣はびっくりするほど心地よい。

 粉状にしたら、それを小鉢と乳棒で更に細かくしていく。
 粉末をボウルにうつし、煉蜜れんみつと呼ばれる、蜂蜜を煮詰めた液体状のつなぎ剤を投入。

 ペースト状になったら扇形製丸器せんけいせいがんきと呼ばれる手動の型に入れる。
 そうすることによって、均等にかつ丸みの帯びた形になるのだ。
 それらの形を成丸器によって整えていく。

「あとは一晩乾燥させるだけです。少し休憩しましょうか」
 葉月さんは籠の中から竹製の水筒と茶葉を取り出し、お茶を入れてくれた。
 一緒に出してくれたどら焼きが疲れた体を癒してくれる。

 休憩している間も葉月さんは注文書の確認をしていた。
 その姿を見ながら、ふと私の頭にある考えがよぎった。

(作った薬、いつ届けに行くんだろう? というか、葉月さんさっき、薬を桃源郷で売っているって言ってたよね。また……また1人で留守番しなきゃ行けないのかな、私)

 胃がキリッと痛んで、私は顔を僅かに歪ませた。
 製薬の手伝いが、なんだか自分の首を絞める行為に思えてきて、その思考にまた嫌気がさす。

(さっきまで居心地いいとか思ってたくせに……)

「結奈さん? 」

 ハッと我に返った私は、思わず苦笑した。

(葉月さんのこと、ガン見しすぎちゃった)

 私の悪い癖だ。考え込む時についつい人を見つめてしまうのは。

「疲れました? 」
「いえいえ! 少し考え事をしていて」

 じっとこちらを見据えて続きを促してくる葉月さんに、私は目を背けた。

(言えないよ、こんなこと。だって、たくさん迷惑をかけてしまったんだから。これ以上は……) 

「結奈さん。私は明日、薬を渡しに行かなければいけません」

 その言葉にピクリと私は反応してしまう。
 探るように様子を伺っていた葉月さんが、書類をめくる手を止めて居住まいを正した。

「今回だけです」
「……え? 」
「今回だけ、我慢して欲しいのです。私は明日、必要なものを用意してきます。そうしたら、今度からは二人で出掛けましょう」

 その言葉にじんわりと心が温かくなる。

「はい! 」

 急に元気になった私を見て、ふふっと葉月さんが笑いを零した。
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