常世と現世と月結び【第三章作成中】

杉崎あいり

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第一章

敵の本拠地

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 ポタポタと水の音が聞こえて、私はゆっくり目を開けた。
 暗い。それに横たわっているコンクリートの床が冷たい。
 首筋の痛みを感じて、手刀を入れて気絶させられたのだろうと予測付けた。

(……ここは? 私は一体……) 

 ぼんやりと宙を見上げた私は、次の瞬間、ハッとして起き上がった。

(葉月さん!! そうだ、助けを呼ぼうとしてつかまったんだ。どうしよう。私がさっさと貴族の元に行かなかったせいで、あんなに大怪我を負って……) 

「葉月さん……」

 そんな私の呟きは、暗くて狭い部屋の中で反響して消えた。

「ふっ、他人の心配をするなど、ずいぶんと余裕だな」

「誰!? 」

 突然の声に、私は身構える。
 そして、暗闇に慣れ始めた視界が頑丈な鉄の格子を捉えた。
 私はどうやら、牢獄に監禁されているらしい。

 格子の向こう側で、誰かが動く気配を感じた。

「私は貴様を常世へ手引きした者。セドリック・アッシャーだ」

 セドリック・アッシャー。
 神桃楽の店主が言っていた、甘納豆を売りつけた貴族だ。

「役立たずの転送術使いのせいで、随分と手間を取らせられた。お陰で貴様の体は神力に染まりすぎているじゃないか。これでは出荷できない」

 はぁ、とため息を吐いたセドリックは、離れた出入口にいる見張り役に数個命令を下し、去っていった。

(……今すぐには食べられない? そっか、私あっちでずっと桃源郷のご飯食べたから。今の私は、神力の籠った甘納豆同然なのね。それと……葉月さんに何度も術をかけてもらったからかな)

 葉月さんのことを思い、私は寂しさを覚えた。
 思い返せば、この世界に来てから今まで、ほとんど片時も離れたことは無かった。

「会いたいな」

 ポツリと言葉が口からこぼれ落ちる。

 神桃楽の店主さんに話を聞いてから、ずっと本音を隠してきたのだ。
 今だけは本当の気持ちを言うことを許して欲しい。

 葉月さんに会いたい。
 他愛のない話をして、美味しいご飯を食べて、薬学を教えて貰って、沢山褒めてもらいたい。
 この世界に来て最初に出会った妖であり、薬師の師匠であり、何より命の恩人だ。
 貴族に私を渡せと言ったことは後悔していない。
 そうすることで葉月さんを守れるのなら、いくらでも私は自分の命を投げ出そう。
 でも叶うのなら、このまま逃げ切って、葉月さんと会いたい。

(心の中だけなら、願ってもいいよね? 大体、大人しく運命を受け入れるなんて、私らしくない)

 強ばっていた体の力を抜いて、私は立ち上がって辺りを見回した。
 トイレとシャワー以外置いていない、人権を無視した部屋。
 そんな殺風景な光景を目にして、私は逆に力を漲らせた。
 溜まりに溜まっていた気持ちを全て吐き出したので、自然と思考も前向きになってくる。

(よしっ! 葉月さんはきっと頑張ってくれているだろうし、私も私で逃げる手段を考えよう! ……とりあえず、床に穴がないか探してみよっと)

 脱獄の王道、穴を掘って抜け出そう作戦だ。
 私はそっと床をまさぐって、ひび割れや穴を探す。
 ざらついたコンクリートのせいで、私の手は冷えきっていた。

(ないなぁ。……脱出ってどうやるんだろう? 見張りから鍵を奪って逃げるとか? いやいや、足の遅い私には無理だよね。うわー、そういう系の映画とか見ておけばよかった! )

 脱出の線は諦めるしかなさそうだ。
 だとしたら──

(時期を延ばす! )

 私はポンッと手を打った。
(私は桃源郷の食べ物を食べたり、葉月さんに術をかけてもらったりしていたから、神力で染まっているんだよね? だったら、逆のことをすればいいんだよ! 術についてはよくわからないけど、ご飯はできるだけ食べないようにしよう。それと……出来ることならこの部屋から出られるように交渉したいな。ここでは明らかに脱出は難しくなるもんね。上手く言葉を使って、それらしい理由を見つけなきゃ! )

 葉月さんの優しくて温かい笑顔を思い浮かべて、私は決意を固めるのだった。
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