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第一章
仲間の在り方
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「タウフィーク! 」
調薬の最中に突如聞こえた鋭い声は、同い年の同業者から発せられたものだった。
刹那、強い神力の気配とともに、アルミラージが壁に叩きつけられる。
(この力、まさか……)
ピリピリと指先が痺れるほどの神力に、俺は眉を寄せた。
薬師用の休憩所へと目を向けて、確信を持つ。
(葉月は、偽神だったのか)
珍しく取り乱している様子で、体からは神力が溢れ出ていることが見て取れた。
通常、月の光でないと色付かないはずの神力が、あそこまではっきりと見えるのだ。
これを偽神と呼ばなくて、なんと言う。
隣で万咲希が「嘘だろ」と呟いた。
ずっと同業者として肩を並べていた男が、この世で最も忌避される存在、【偽神様】だったなど、一体誰が想像できただろうか。
衝撃的な事実に、俺と万咲希が唖然としているその先で、アルミラージは甲斐甲斐しく葉月を落ち着かせていた。
調薬の手をとめて様子を窺っていると、葉月を寝かせたアルミラージが視線に気づいて苦笑した。
ちょいちょいと手招きをされて、俺は万咲希を連れ立ってそちらへ向かう。
「なんだ? 」
務めて冷静に応じれば、アルミラージは困ったような顔をした。
「いや、色々聞きたいことがあるだろうと思って。それと……周りの患者達を驚かせてしまってすまなかった」
近くで寝ていた患者だけでなく、道場にいるほとんどの者が、先程の光景を目の当たりにしてしまっただろう。
回復してきたことも相まって、道場内は少しザワついている。
「何があったのかはわからないが、説明することも、謝る必要もない。あまり他言できないことなのだろう? 患者達には上手く説明しておこう」
そう言えば、アルミラージはほっと息をついた。
「……師匠」
ツンと裾を引かれ、俺は隣に視線をやる。
何か言いたげな万咲希と目が合うが、俺は無言で首を振るだけだった。
この事は葉月の口から直接聞く方が良い。
だが、今は聞かない。
すぐにでも弟子を助けに行って欲しいからだ。
同じような立場である俺には、弟子の身が危険に晒されているときの気持ちはわかる。
我々師にとって、弟子とは原石だ。
大事に大事に磨きあげるもの。
盗まれぬように守るべき対象。
葉月と結奈は、恐らく師弟関係以上の繋がりを持っているのだろうけれど、それでも大切な者には変わりない。
(助けに行ってやれ。たとえ、己の身を危険に晒しても、お前は助けるのだろう? )
俺は踵を返し、自分のやるべき事をやる。
研究会で開発された治療薬の調合をするのだ。
「万咲希、こちらを手伝ってくれ」
未だ立ち竦んでいる弟子を呼べば、万咲希は困惑を隠しきれない表情で振り返った。
「良いのですか? だってあれ……」
言いたいことは分かる。
偽神は本来殺されるべき存在だ。
黙秘していれば、我々だって政府に罰せられるかもしれない。
それでも──
「葉月は、何か悪い事をしたか? 」
「……いいえ」
万咲希が顔を歪ませて、目を伏せる。
彼は他人に冷たい態度を取ることもあるが、根はとても優しい。
一人の妖の命と、周囲の妖の命。
それらを天秤にかけようとして、そんな自分を責めているのだろう。
俺は調合の手を止めて、万咲希に向き直った。
「あいつは多くの命を救ってきた。たとえ偽神でも、その事に偽りはない」
「はい……」
諭したところで、割り切ることなど難しい。
特に、同じ偽神として殺された弟が居た万咲希は。
「あいつが憎いか? 」
出来るだけ優しく問いかければ、弟子は顔を伏せたまま首を振った。
「憎めません。俺は、患者を助けよう努力するあのひとの姿を、幾度となく見てきました。薬師を志す者として、あのひとのことを……尊敬しています。憎むことなど、俺にはおこがましいです」
複雑な表情を浮かべる万咲希に、俺は頷いた。
俺も葉月を尊敬している。
知識や調合技術は勿論、患者に対して親身になれる度量の大きさや、話術。
彼から学ぶものは多い。
そもそも、葉月が偽神であることを今の今まで気づかなかったのだ。
ならば、今更どうこうする必要は無いだろう。
「俺は、たとえこの事が政府にバレたとしても、葉月との繋がりを切る事はない。それに、弁護する側に回るつもりだ。……だが、お前に同じことを強要するつもりはない。お前が今、心に残っているその思いは、お前自身のものだ。それを蔑ろにしてはいけない」
「はい」
今度ははっきりとした返事をもらった。
どうやら気持ちの整理はついたようで、いつもの真っ直ぐな目に戻っている。
その事に安堵して、俺は中断していた調合を再開した。
調薬の最中に突如聞こえた鋭い声は、同い年の同業者から発せられたものだった。
刹那、強い神力の気配とともに、アルミラージが壁に叩きつけられる。
(この力、まさか……)
ピリピリと指先が痺れるほどの神力に、俺は眉を寄せた。
薬師用の休憩所へと目を向けて、確信を持つ。
(葉月は、偽神だったのか)
珍しく取り乱している様子で、体からは神力が溢れ出ていることが見て取れた。
通常、月の光でないと色付かないはずの神力が、あそこまではっきりと見えるのだ。
これを偽神と呼ばなくて、なんと言う。
隣で万咲希が「嘘だろ」と呟いた。
ずっと同業者として肩を並べていた男が、この世で最も忌避される存在、【偽神様】だったなど、一体誰が想像できただろうか。
衝撃的な事実に、俺と万咲希が唖然としているその先で、アルミラージは甲斐甲斐しく葉月を落ち着かせていた。
調薬の手をとめて様子を窺っていると、葉月を寝かせたアルミラージが視線に気づいて苦笑した。
ちょいちょいと手招きをされて、俺は万咲希を連れ立ってそちらへ向かう。
「なんだ? 」
務めて冷静に応じれば、アルミラージは困ったような顔をした。
「いや、色々聞きたいことがあるだろうと思って。それと……周りの患者達を驚かせてしまってすまなかった」
近くで寝ていた患者だけでなく、道場にいるほとんどの者が、先程の光景を目の当たりにしてしまっただろう。
回復してきたことも相まって、道場内は少しザワついている。
「何があったのかはわからないが、説明することも、謝る必要もない。あまり他言できないことなのだろう? 患者達には上手く説明しておこう」
そう言えば、アルミラージはほっと息をついた。
「……師匠」
ツンと裾を引かれ、俺は隣に視線をやる。
何か言いたげな万咲希と目が合うが、俺は無言で首を振るだけだった。
この事は葉月の口から直接聞く方が良い。
だが、今は聞かない。
すぐにでも弟子を助けに行って欲しいからだ。
同じような立場である俺には、弟子の身が危険に晒されているときの気持ちはわかる。
我々師にとって、弟子とは原石だ。
大事に大事に磨きあげるもの。
盗まれぬように守るべき対象。
葉月と結奈は、恐らく師弟関係以上の繋がりを持っているのだろうけれど、それでも大切な者には変わりない。
(助けに行ってやれ。たとえ、己の身を危険に晒しても、お前は助けるのだろう? )
俺は踵を返し、自分のやるべき事をやる。
研究会で開発された治療薬の調合をするのだ。
「万咲希、こちらを手伝ってくれ」
未だ立ち竦んでいる弟子を呼べば、万咲希は困惑を隠しきれない表情で振り返った。
「良いのですか? だってあれ……」
言いたいことは分かる。
偽神は本来殺されるべき存在だ。
黙秘していれば、我々だって政府に罰せられるかもしれない。
それでも──
「葉月は、何か悪い事をしたか? 」
「……いいえ」
万咲希が顔を歪ませて、目を伏せる。
彼は他人に冷たい態度を取ることもあるが、根はとても優しい。
一人の妖の命と、周囲の妖の命。
それらを天秤にかけようとして、そんな自分を責めているのだろう。
俺は調合の手を止めて、万咲希に向き直った。
「あいつは多くの命を救ってきた。たとえ偽神でも、その事に偽りはない」
「はい……」
諭したところで、割り切ることなど難しい。
特に、同じ偽神として殺された弟が居た万咲希は。
「あいつが憎いか? 」
出来るだけ優しく問いかければ、弟子は顔を伏せたまま首を振った。
「憎めません。俺は、患者を助けよう努力するあのひとの姿を、幾度となく見てきました。薬師を志す者として、あのひとのことを……尊敬しています。憎むことなど、俺にはおこがましいです」
複雑な表情を浮かべる万咲希に、俺は頷いた。
俺も葉月を尊敬している。
知識や調合技術は勿論、患者に対して親身になれる度量の大きさや、話術。
彼から学ぶものは多い。
そもそも、葉月が偽神であることを今の今まで気づかなかったのだ。
ならば、今更どうこうする必要は無いだろう。
「俺は、たとえこの事が政府にバレたとしても、葉月との繋がりを切る事はない。それに、弁護する側に回るつもりだ。……だが、お前に同じことを強要するつもりはない。お前が今、心に残っているその思いは、お前自身のものだ。それを蔑ろにしてはいけない」
「はい」
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