アイスクリームシンドローム

Chiot

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act5:罪人の贖罪

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    とある昼下がり。庭の掃除を任されたヴェルディアナは風で舞う木の葉に苦戦していた。

「何でこんなに風が強いのよ……」

    掃いては飛ばされ、飛ばされは掃いてを繰り返し、ヴェルディアナはもはや半泣き状態である。

「ん~……。あったけぇ………」

「ん?あれは……」

    不意に聞こえた声にヴェルディアナが顔を上げる。見るとそこには、日向の芝生に寝っ転がり、気持ちよさそうにしている、イヴァンがいた。
    イヴァンはルキアと同じく、シャナイアの護衛を任されている従者で、ピンクの猫耳と尻尾を生やした、猫系獣人である。

「ふにゃ~……」

    余程気持ちいいのか、イヴァンは二又に分かれた尻尾をユラユラと揺らしている。癖のある髪から生えている垂れ耳も、今は2割増くらい垂れて見える。

「………可愛い」

    普段のイヴァンからは想像もつかない可愛らしさにヴェルディアナが思わず呟いた。

「誰が可愛いだ」

    トロンと溶けていた目にいきなり、鋭い光が宿り、ヴェルディアナはビクリと肩を揺らした。

「何だ、またヴェルか」

「また?」

    大きく伸びをするイヴァンにヴェルディアナが言うと、イヴァンは「夢でもお前が出てきたんだよ」と返した。

「何か、風で舞う木の葉に苦戦して、半泣きになってたぞ」

「……それ、夢じゃないわ。現実よ」

    ヴェルディアナの言葉にイヴァンは一瞬、動きを止めたものの、すぐにニヤリと笑みを浮かべ、「ダッセー!!」と笑い始めた。コロコロと表情が変わる様はまさに気まぐれな猫そのものだ。

「笑いすぎて、腹痛てぇ……」

    思う存分、笑ったイヴァンは目に溜まった涙を拭いながら言った。その一方、盛大に笑われたヴェルディアナは膝を抱え、顔を突っ伏している。

「笑いすぎよ、イヴァンくん……」

「悪ぃ悪ぃ」

「絶対思ってないわ………」

    悪戯っぽい笑みを浮かべるイヴァンにヴェルディアナはため息を吐きそうになる。

「……ねぇ、イヴァンくんは何でここで働いているの?」

    ふと以前から気になっていた事をヴェルディアナが尋ねると、イヴァンは「何だよ、急に」と少し驚いたような表情を浮かべた。

「ちょっと気になって」

「何だ。あいつらから聞いてねぇのかよ」

「あいつらって?」

「お喋りなメイド達の事だよ」

    エマニュエルを筆頭にお喋り大好きなメイド達は、暇さえ見つければ人の噂をツマミにアフタヌーンティーを飲む事を毎日の日課としている。そのため、屋敷の事で知らない事はないと言われる程の情報を有しているのだ。

「何?ハブられてんのか、ヴェル」

「違います」

    キッパリとヴェルディアナが断言すると、イヴァンは何故か舌打ちをした。面白くないと言わんばかりの顔に「人で遊ばないでよ」と呟いた。

「ま、そうなら俺が直々に教えてやんよ。耳の穴かっぽじって、よく聞きやがれ!」

    ビシっとヴェルディアナを指さすと、イヴァンは意気揚々と語り始めた。

「俺の生まれは、ここより田舎の静かな村でよ。まぁ、クッソつまんねぇとこだったんだけど」

「はぁ……」

「今でこそ、俺ら獣人が受け入れられてっけど、その頃は何かと忌み嫌われててな。迫害……ってのか?そんな扱いされてたんだ」

    イヴァンの口調とは裏腹に話はどんどん暗い方へと傾いていく。軽い気持ちで尋ねてしまった事にヴェルディアナは後悔していたが、一方のイヴァンはそんな事などお構いなしに語り続ける。
その姿は、まるで自分自身に忘れるなよと諭すようだった。
______________

    人間から迫害されていた獣人達は、"獣人だから"という身勝手な理由から、住んでいた村さえも取り上げられてしまった。住む場所を失った獣人達は、人間に捕まり、奴隷として売り飛ばされたり、見世物小屋で見世物として生かされていた。
    イヴァンは何とか自分達の村を取り戻そうと、村を取り上げた男の元にやって来た。
    すると、男はこう言った。

『お前が私の言う事を聞く人形になるなら、村も売り飛ばされた獣人達も返してやる』

    にわかには信じ難い言葉だったが、イヴァンに選択の余地などなかった。

『こいつは目障りだな。始末してこい』

    男の人形となったイヴァンは、男の言われるがままに人間を殺した。たくさんの人間の血がイヴァンの手を真っ赤に染めていくが、村の獣人達はその事には気付かない。そんな上辺だけの平和がイヴァンは永遠に続くのだと思っていた。

『お前は何が悲しいんだ』

    だが、その血みどろな手に気付いた人物が現れた。その人物は、あろう事か、男が殺せと命令した娘を守る従者の女だった。
    女は左目から涙を流したまま、イヴァンを見据えていた。その目は、何もかもを見透かしているようだった。

『朝が来るのが怖ぇんだよ』

    イヴァンは呟いた。すると、女は不敵な笑みを浮かべた。
    それから、数時間後。イヴァンの人形師だった男はイヴァンの手で牢獄行きとなった。イヴァンに手を貸した女は爽快と言わんばかりに笑っていた。そんな笑顔の背後から、ゆっくりと朝日が上ろうとしていた。
    イヴァンの憎み続けた朝は実に心地がよかった。
______________

「で、無事村を取り戻した俺はルキアに恩を返すためにここで働いてんだよ……って、何号泣してんだよ」

「だって………そんな過去があるなんて知らなくて………」

    メイクが落ちる事もお構いなしに滝のように涙を流すヴェルディアナにイヴァンはギョッとする。慌てて、服を漁り出すとポケットに入っていたハンカチを慣れない手つきで差し出した。

「ごめんなさい………」

「何でお前が謝んだよ。意味不明」

「だって………」

    いつまで経っても泣き止まないヴェルディアナに困ったイヴァンはよしよしとヴェルディアナの背中を撫でる。乱暴な口調とは違い、優しいイヴァンの手つきにヴェルディアナはまた泣き出す。
    こんなにも優しいイヴァンがそんなに辛い思いをしていたとは思わなかった。軽い気持ちで聞いてしまった自分がヴェルディアナは心底許せなかった。

「俺が話したかったから、話しただけだ。だから、泣くんじゃねぇよ」

「……何で?」

「あ?」

    涙を拭い、ヴェルディアナが真っ直ぐにイヴァンを見る。

「何で、私に話してくれたの?」

    ヴェルディアナの問いにイヴァンは数秒押黙る。が、意を決したように目に光を宿すと、ヴェルディアナに言った。

「お前からは俺と同じ匂いがしたからな。あの頃の俺と同じ……」

「っ………!」

    イヴァンの言葉にヴェルディアナの目から光が失せた。絶望に満ちた、闇一色の目は普段のヴェルディアナから想像もつかない程、闇に侵されていた。

「別に俺はお前の過去を暴きたい訳じゃねぇぜ。けどな、お前は見てて、危なっかしいんだよ」

  「色んな意味でな」と付け加えた後、ポンっとヴェルディアナの頭を撫でた。

「不快は思いさせちまったな。悪ぃ」

    そう言い残し、イヴァンはその場を後にした。後に残されたヴェルディアナは、数分間、放心状態だったが、やがて、立ち上がり、地面に置いていたホウキを手に取った。

「掃除……しなきゃ……」

    それがヴェルディアナの出来る、唯一の贖罪であると信じて。
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