上 下
44 / 174

第44回『柔道 おぼえがき まつげ』

しおりを挟む
男は雪の中を歩いていた。
靴が埋まるほどの雪が降っているというのに彼は傘もさしていなかった。
コートを着たことによりいっそう大きく見える彼の肩には雪が積もり始めていた。
肩だけではない。
雪は彼の短くカットされた髪も白く染め、頭皮を凍えさせていた。
まつげに乗った雪は彼の視界をせばめていた。
ズボンのひざやお尻は小さく湿っていて、それは彼が何度も転んだことを物語っていた。
彼の熱くたぎった体から吐き出される白い息は彼が進んだ道筋を作り、まるで蒸気機関車の煙のようであった。
街を行き交う人たちはその異様な気迫と姿にぎょっとしたが、彼は意に介することなく足を高く上げて進み続けていた。

男は立ち止まり建物を見上げた。
そこは商業ビルで、中にはいくつもの店が入っている。
頭や服に積もった雪を払い自動ドアを開けると、暖かい空気が男を包み男は服の中で汗がにじんでいることを感じた。
熱で顔が真っ赤になった男がたどり着いたのは100円ショップだった。
男は棚を見回しながらコートのポケットに手を入れた。
その時男に明らかに焦りの表情が浮かんだ。
その後はポケットを裏返したり、反対側のポケットに手を突っ込んだり、コートだけでなくズボンやシャツなどあらゆる服のポケットの中を探した。
男は固まってしまった。
様子がおかしいと思った店員は恐る恐る尋ねた。
「あのー、お困りごとですか?」
ここで初めて自分の恰好の異質さに気付いた男はあわてて笑顔を作り店員を安心させようとした。
「あ、ごめんなさい。妻から急いで買ってくるようにと言われて来たんですが、の紙を転んだ時になくしてしまったみたいで……。」
それほど危険な男ではないということがわかった店員は男の話にうなづいた。
「今日はすごい雪ですものね。何が書かれてたか覚えていらっしゃいますか?」
「それが全然。紙だけひっつかんで飛び出したので。とりあえず今日はこのつけだけ買って帰ります。」
「それは買ってきてほしいと頼まれていたものなんですか?」
男は肩をすくめた。
「まさか。ここに来る途中僕のつけが雪の重みで取れちゃったんですよ。高校時代にやってるときにも取れたことなかったのに。いや、今日は本当にすごい雪です。」
店員が身を震わせたのを見て男はもう一度言った。
「ね? 今日は本当に冷えてますよね。」

~・~・~・~・~

~感想~
電力がひっ迫していて節電が呼びかけられていたので、急いで書きました。
それにしても気分の乗っていない感じです。
いまいち男をどのように描いたらいいのかわかりませんでした。
メモを忘れたのなら電話をすればいいだろうってことですが、そこら辺の理屈は話を作るためにあきらめました。

しおりを挟む

処理中です...