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第64回『ギガ マナーモード 月』
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「う゛っぎゃおおおうぅーーーーっ!」
娘のぐずりがまた始まってしまった。
昼間にさんざん遊んでいたから今夜は疲れておとなしく寝てくれるかと油断していた途端これだ。
泣くことに関してはエネルギーは無限のようにあり、泣き声を録音しようものなら1秒につき1ギガの容量を食うんじゃないかと思える。
夫がすかさず娘を抱きかかえてあやしたが、一向に泣き止む気配はない。
夫は怪獣の咆哮のようなぐずりをいつも楽しそうにあやすが、大して効果がないのもまたいつものことだ。
育児の分担を徹底していては二人の鼓膜はおかしくなってしまうし、なによりマンションの他の住人に申し訳ない。
「変わって。」
私が抱きかかえると、テレビの音量を下げたように娘は泣き止み始めた。
娘を正面から抱きかかえている手前できる限り笑顔でいたつもりだが、眉間にしわが寄っていたのだろうか、夫が聞いてきた。
「疲れてる?」
「楽ではないけど。というか、あなたがなんであんなに楽しそうにあやしてるのかが謎。」
夫はあやすのが下手と言われたと思ったのか、苦笑した。
確かに赤ちゃんにとって泣くのは仕事であり、泣くことによりコミュニケーションをとっているということは数多の育児書を読んでわかったつもりだ。
しかし。
「もう少しマナーモードになってくれんかなー。」
私は娘を顔の高さに持ってきて言い聞かせてみたが、娘は小さくあーと声をもらすだけだった。
「だから僕は月子って名付けたんだよ。」
夫は急に娘の命名のときのことについて語り始めた。
娘の月子という名前は夫が付けたものであり、理由を尋ねると今夜は月がきれいだったからと答えていた。
そのときは夏目漱石のようにアイラブユーという意味を込めているのだろうなと思い、夫も恥ずかしいだろうからいい名前だねと言ってこれ以上は追及しなかった。
「月は夜の到来を知らせてくれるけど、その知らせ方は空に煌々と、でも品よく光るだけじゃん。世の中には騒ぎ立てて自分の考えを発散させる人間がいるけど、僕は月子にはそんな大人には育ってほしくない。月のようにいつも凛と美しくいてほしいんだ。」
なるほど確かに月は押しつけがましくなく、静かにはっきりと夜を告げてくれる。
あれが人だったらその人となりはさぞ美しいことだろう。
お月様はいつもマナーモードとなって人類に呼び掛けていてくれていたのかもしれない。
そのとき私のスマホがちかちかと点滅していてSNSの着信が入っているのを告げていたことに気付いた。
「ねえ、来週の日曜日子ども見ててくれる? 大学の友達から食事に誘われたの。」
私は喫茶店でコーヒーを飲みながら友達を待っていた。
久しぶりに娘から解放されて身も心も軽かく、お化粧やおしゃれをするのも楽しかった。
しかしコーヒーを半分ほど飲み、予定の時間は来ているはずなのに友達はまだ姿を現さなかった。
スマホで時間を確認しようとバッグに手を入れたとき、友達の声がした。
「やっぱりここにいた!」
友達は息が上がっていて、走ってきていたことがわかる。
だとしたら家を出るのが遅くあわてて来たのだろうか。
「やっぱりって待ち合わせはここでしょ?」
「待ち合わせ場所を変更するってSNSに送ったじゃん。」
スマホを取り出してみると、確かにスマホはちかちかと点滅していて彼女からのSNSも入っていた。
どうやら私は育児のクセが抜けなく、今日もずっと子どもを驚かせないようにマナーモードにしたままだったのだ。
だからスマホはバッグの中で月のように静かに光っているだけで、私は気付くことが出来なかったのだ。
「私からのSNSずっとスルーするなんてぼーっとしすぎだよ。」
友達は笑って私に文句をぶつけながら椅子に座った。
しっかり者の友達が私に注意される感じはまさしく大学時代から変わっていなく、私はとても楽しかった。
だからだろう、油断した途端ここは喫茶店だというのに先日夫と話したときの言葉を私は無意識的に使ってしまった。
「ごめんごめん、ずっとお月様だった。」
友達も店内も静かになった。
~・~・~・~・~
~感想~
とりあえず月の光る様子をマナーモードの例える話を作ろうと決めました。
なんというか狙いすぎでいやらしい話になってしまいました(オチが、という意味ではなく)。
ギガはもう少し自然な使い方を考えていたのですが、長くなってしまいそうなのでやめて、無理やり最初の方にぶち込みました。
娘のぐずりがまた始まってしまった。
昼間にさんざん遊んでいたから今夜は疲れておとなしく寝てくれるかと油断していた途端これだ。
泣くことに関してはエネルギーは無限のようにあり、泣き声を録音しようものなら1秒につき1ギガの容量を食うんじゃないかと思える。
夫がすかさず娘を抱きかかえてあやしたが、一向に泣き止む気配はない。
夫は怪獣の咆哮のようなぐずりをいつも楽しそうにあやすが、大して効果がないのもまたいつものことだ。
育児の分担を徹底していては二人の鼓膜はおかしくなってしまうし、なによりマンションの他の住人に申し訳ない。
「変わって。」
私が抱きかかえると、テレビの音量を下げたように娘は泣き止み始めた。
娘を正面から抱きかかえている手前できる限り笑顔でいたつもりだが、眉間にしわが寄っていたのだろうか、夫が聞いてきた。
「疲れてる?」
「楽ではないけど。というか、あなたがなんであんなに楽しそうにあやしてるのかが謎。」
夫はあやすのが下手と言われたと思ったのか、苦笑した。
確かに赤ちゃんにとって泣くのは仕事であり、泣くことによりコミュニケーションをとっているということは数多の育児書を読んでわかったつもりだ。
しかし。
「もう少しマナーモードになってくれんかなー。」
私は娘を顔の高さに持ってきて言い聞かせてみたが、娘は小さくあーと声をもらすだけだった。
「だから僕は月子って名付けたんだよ。」
夫は急に娘の命名のときのことについて語り始めた。
娘の月子という名前は夫が付けたものであり、理由を尋ねると今夜は月がきれいだったからと答えていた。
そのときは夏目漱石のようにアイラブユーという意味を込めているのだろうなと思い、夫も恥ずかしいだろうからいい名前だねと言ってこれ以上は追及しなかった。
「月は夜の到来を知らせてくれるけど、その知らせ方は空に煌々と、でも品よく光るだけじゃん。世の中には騒ぎ立てて自分の考えを発散させる人間がいるけど、僕は月子にはそんな大人には育ってほしくない。月のようにいつも凛と美しくいてほしいんだ。」
なるほど確かに月は押しつけがましくなく、静かにはっきりと夜を告げてくれる。
あれが人だったらその人となりはさぞ美しいことだろう。
お月様はいつもマナーモードとなって人類に呼び掛けていてくれていたのかもしれない。
そのとき私のスマホがちかちかと点滅していてSNSの着信が入っているのを告げていたことに気付いた。
「ねえ、来週の日曜日子ども見ててくれる? 大学の友達から食事に誘われたの。」
私は喫茶店でコーヒーを飲みながら友達を待っていた。
久しぶりに娘から解放されて身も心も軽かく、お化粧やおしゃれをするのも楽しかった。
しかしコーヒーを半分ほど飲み、予定の時間は来ているはずなのに友達はまだ姿を現さなかった。
スマホで時間を確認しようとバッグに手を入れたとき、友達の声がした。
「やっぱりここにいた!」
友達は息が上がっていて、走ってきていたことがわかる。
だとしたら家を出るのが遅くあわてて来たのだろうか。
「やっぱりって待ち合わせはここでしょ?」
「待ち合わせ場所を変更するってSNSに送ったじゃん。」
スマホを取り出してみると、確かにスマホはちかちかと点滅していて彼女からのSNSも入っていた。
どうやら私は育児のクセが抜けなく、今日もずっと子どもを驚かせないようにマナーモードにしたままだったのだ。
だからスマホはバッグの中で月のように静かに光っているだけで、私は気付くことが出来なかったのだ。
「私からのSNSずっとスルーするなんてぼーっとしすぎだよ。」
友達は笑って私に文句をぶつけながら椅子に座った。
しっかり者の友達が私に注意される感じはまさしく大学時代から変わっていなく、私はとても楽しかった。
だからだろう、油断した途端ここは喫茶店だというのに先日夫と話したときの言葉を私は無意識的に使ってしまった。
「ごめんごめん、ずっとお月様だった。」
友達も店内も静かになった。
~・~・~・~・~
~感想~
とりあえず月の光る様子をマナーモードの例える話を作ろうと決めました。
なんというか狙いすぎでいやらしい話になってしまいました(オチが、という意味ではなく)。
ギガはもう少し自然な使い方を考えていたのですが、長くなってしまいそうなのでやめて、無理やり最初の方にぶち込みました。
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