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大学生からホストへ〜愛と失望の神奈川編
クロスロード〜ある男の半生
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時の始まりは1990年代の後半。
この頃から2000年代の初期に掛けて、世の中はある有名な預言者による世紀末の地球滅亡論が話題になっており、20世紀から21世紀へと時代の変換期の頃。
世紀末と新世紀への不安と希望が入り混じっていた。
「あ?俺の酒が飲めねぇのかよ?」
よく冷やかしがてら店に飲みにくる、この街を仕切っている組の佐々木はすばるに詰め寄る。
「いえ、、、頂きます。」
すばるは意を決してビールグラス満タンに注がれているウィスキーのストレートを一気に飲み干した。
ここは神奈川県平塚市紅谷町のホストクラブHEAVEN。
すばるは酒があまり強くない。
30分後、すばるはトイレで一通り吐いた後フラフラと店を出ていく。
「おい、どこに行くんだよ?」
同じ店で働くタカシは心配して声を掛けるがその声はほとんど聞こえていなかった。
すばるは週に一日だけ大学に行く。
そう、すばるはまだ大学生であった。
3年間で卒業する為に必要な単位はほぼ取ってあり、4年生である今はゼミに出席する以外には行く必要がない。
就活は一応しているがあまり気が進まない。
だから毎日のように夜はホストクラブでバイトをしていた。
自分自身もまだ大学生である事をたまに忘れてしまう程だった。
そしてまだ自分が何をしたいのかなど全く見当もついていなかった。
そんな日々の中でもどうにかとある商社に内定をもらい、就活もひと段落していた。
しかし日が経つにつれ疑問が湧いてきた。
その会社は自分が本当に行きたい会社なのか?
本当に自分がやりたい仕事なのだろうか?
とりあえず流れで就活をしたけどそれで良いのだろうか?
悶々と考えながらホストのバイトに励んでいたある日、1人の客と出会う。
近くのキャバクラに務める葵だ。
なんとなく過去に何かありそうな少し影のある細身の綺麗な女性だ。
葵はすばるより歳下であったが、仕事用のドレスを着ている葵はすばるには少し大人の女性に見えた。
「ねぇ、君ちょっと一緒に飲もうよ。」
「え?あ、はい!」
店に友達と一緒に飲みに来た葵は、カウンターで洗い物をしていたすばるを見て自分の席に呼び酒を飲み交わした。
そんな日々の中で暫くすると内定をもらった会社から最終確認の誓約書が届いた。
すばるは考えに考え、その誓約書を破り捨て会社に内定の断りの電話をした。
正式にホストになりたい訳ではなかったが、ほぼ毎日のように働いていたので店からは信頼されている。
そこそこお客さんも付いているし、最悪しばらくは生活には困らないだろうと思ったからだ。
先の事なんかは深く考えていなかった。
そして葵は店にすばる指名で頻繁に通うようになり、同時に自然な流れで葵と付き合い始めた。
この頃のホストクラブはまだまだアンダーグラウンド色が強く、働いているホストも地元のアウトローな人間が殆どだった。
と言うよりすばる以外は全員そうだった。
その中で地元の人間でもない普通の大学生だったすばるは、HEAVENや街の他の店のホスト達、そしてお客さん達にとって少し異質な存在でもあったようだ。
そして平塚の紅谷町は決して都会とは言い難く、どちらかと言うと田舎の狭い街である。
と同時に、当時は日本有数の飲み屋の密度が高い繁華街でもあった。
程なく、すばると葵は同棲を始めた。
特に変わった事はない日々だった。
最初は葵がすばるを好きになり、すばるはなんとなくだった。
しかしすばるはそんな日々に少し幸せを感じていた。
そして葵の事をどんどん好きになっていた。
しかしある日ある事件が起こる。
葵が妊娠したのだ。
すばるは迷った。
「産む?産むならば結婚?」
すばるはまだ大学生だし就職も辞めた。
一応働いてはいるがホストのバイトだし時給制だったので収入は高くはない。
そして一生できる安定した仕事ではない事も理解していた。
そしてすばるは考えた。
「堕ろす?」
それも1人では決められない。
すばると葵は話し合った。
大事な事なのでじっくりと時間を掛けて話し合いたかった。
しかし既に葵のお腹には子がいる事は確かだ。
時間は待ってくれない、判断は急がなくてはいけない。
どのくらいの期間話し合い考えただろうか?
ついにすばるは決断した。
葵と結婚して産んでもらおう。
それと同時に普通の昼間の仕事を探す決意もした。
しかし就活の時期は終わりもう新たに就職先を見つける事は難しかった。
そんな時によくキャバクラの後にキャバ嬢を連れてアフターでHEAVENに飲みにきていた木村という男性が、すばるの事情を聞いて東京の会社を紹介してくれた。
木村は葵のキャバクラ店にもよく通っていて、葵の事も知っていたので話が早かった。
木村がすばるに紹介したのは東京の流通システムを開発するとある会社だった。
すばるは大学で情報処理を学んでおり、PCは問題なく使えた。
だからシステムエンジニアの見習いからという事で、東京のその会社を紹介してくれた。
タイミング的にも卒業後の新卒として4月から入社する事になった。
程なくしてすばると葵は籍を入れた。
殆ど学校には行っていなかったので本人も実感は全くなかったが、すばるは大学生の身分で結婚したのだ。
子供は順調にいくと3月に生まれる予定だった。
ちょうど新生活のタイミングとなる事もあり、すばるは結婚と新しい命の誕生で希望に満ちていた。
卒業式も終わり少し疎遠になっていた大学の友達たちとも最後の別れをし、またあと少しだけのホストとしての生活に戻っていた。
そしてついにその日が来た。
ある日の夜、葵に陣痛がきたのだ。
「ねぇ!多分きた!!」
「え!?分かった、すぐ帰る!」
その時は店で働いていたすばるは葵からの電話の後すぐに家に行き、葵を病院へ連れて行った。
いよいよ新しい命の誕生という奇跡の瞬間が訪れる。
すばるは落ち着かなかった。
出産に立ち会う勇気はなく、分娩室の外でただその時を待っていた。
この時は自分が父親になるという感覚はまだ全くなかった。
父親である自分の姿も想像が出来なかった。
どれくらい待っただろうか?
そして葵の叫び声だけが響いていた夜中の病院に突然の静寂が訪れた。
「おぎゃーおぎゃー」
泣き声が響いた。
ついに生まれたのだ。
生まれた子は女の子だ。
すばると葵は子供の名前については既に話し合っていた。
女の子が生まれた場合は華にすると決めていたのだ。
自分は父親になったんだ、自分に娘が出来たんだ。
「初めまして、華。」
まだ臍の緒が付いたままの華を抱いたすばるの目からは自然と涙が溢れてきた。
この日から短くも新しい生活が始まるのだった。
華が生まれて間もなく4月を迎え葵は正式に勤めていたキャバクラを辞めて専業主婦になり、すばるもHEAVENを辞めて一家の大黒柱であり父親として会社務めの生活が始まった。
住んでいる平塚から東京の会社までは電車で片道1時間半ほど。
そして大学で情報処理を学んだとはいえプログラミングは全くの素人。
会社に行っても朝から夕方までの8時間、システムエンジニアの見習いとして本を見ながらプログラミングの勉強の日々だった。
満員電車での通勤の往復3時間と会社でプログラミング勉強の日々。
すばるの心は次第に乱れていった。
木村の紹介という事もあり普通に大学の新卒扱いで入社したので、見習いとはいえ給料も他の大卒の水準と遜色なく貰えていた。
しかしすばるの少しづつ乱れていった心はなかなか平常には戻らなかった。
元々プログラミングが得意な訳でもなく好きなわけでもない。
会社に行っても朝から夕方まで勉強だけ。
やり甲斐は全く感じられなかった。
そしてなかなか上達しない自分に苛立っていた。
それでも家族を養わなくてはいけないという責任感で1ヶ月、2ヶ月と通勤し続けた。
しかし3ヶ月目の7月に入り、ついにすばるの心は限界に達してしまった。
会社に行かなくなってしまったのだ。
この時、既に辞める決意をしていた。
7月は平塚名物でもあり、日本有数の規模の大きさである七夕祭りが開催される。
この時にもう毎日東京まで通う気力は無くなっていた。
そして会社を正式に辞めたすばるは祭りに行って家族とのひと時を楽しんだ。
しかし、すばるの心は落ち着いたが妻と子供がいる身だ。
いつまでもふらふらしている訳にはいかない事も解っていた。
暫くしてすぐに仕事を探した。
程なくして今度は地元の不動産会社に就職が決まった。
「今度こそは。」
そんな思いでいっぱいだった。
仕事内容は主に土地や家を売る営業だ。
給料は基本給と歩合制。
だが基本給だけでは3人が生活できる額ではなかった。
どうにか歩合がもらえるように出来る事は何でもやった。
しかし不動産の営業は甘くない。
なんせ数百万円から数千万円という土地や家を売るのだ。
当然買う方は一生の買い物であり、何十年とローンを組む覚悟なので色んな事を調べてから物件を見にくる。
時には自分よりもお客さんの方が詳しかったりする。
この時点で営業マンとしては失格だ。
売れるはずがないし、お客さんがこんな自分よりも知識がない営業マンから買う訳がない。
明らかに生活費が足りない日々が続いた。
それでも会社を辞めるという同じ過ちは繰り返したくなかったすばるはどうしようか考えた。
その結果、歩合が貰えるようになるまで夜はHEAVENで働き当面のお金を工面することにした。
こうして昼と夜の二重働き生活がスタートしたのだ。
しかし契約はなかなか取れず、夜も毎日は出勤する事はできずの中途半端な日々。
すばると家族は次第に金銭的に苦しくなっていった。
葵は家で華の世話をしながら家事もちろん、昼用の弁当や夜の食事までしっかりと作るなど一生懸命すばるを支えていた。
しかし、そんなギリギリの生活が数ヶ月続くとついに葵も我慢の限界になった。
話し合った結果、葵も華を託児所に預けて夜の仕事に復帰する事になった。
この選択がすばると葵の終わりの始まりだった。
次第に葵は夜の仕事に夢中になっていった。
ある時、葵は仕事終わりに泥酔してHEAVENに飲みに来た。
すばるはそれが許せなかった。
息抜きも大事だし飲みに来るのはいい、でも華を託児所に預けているのに平気で泥酔している葵を許せなかった。
「お前なんでそんなに酔ってんの?華を預けてるんだぞ?」
「酔ってないよ~~~だ」
席でその事を言い合いになると、すばるは葵の髪を掴んで店の外に引きずり出した。
「すばる!やめろ!」
「おい!落ち着けよ!」
タカシや店長の剛などの説得もありそれ以上にはならなかった。
そして葵もそのまま帰っていった。
すばるは仕事を続けながら、泥酔した葵がちゃんと華を託児所から連れて帰れるのか心配でたまらなかった。
仕事が終わり真っ先に家に帰ると、華はいた。
良かった。
しかし、すばるは怒りが収まらなかった。
「オギャーオギャー」
何故なら、泣いている華の横で葵は着ている服もそのままで寝ていたのだ。
この時、すばるはこの3人での生活は終わりだと決めた。
そう離婚を決意した。
それは葵だけのせいではない。
自分がしっかりと昼間の仕事で生活費を稼ぐ事が出来なかったのが原因なのは判っていたからだ。
それでももはや気持ちが元に戻る事は難しかった。
それは葵も同じだった。
若い2人には全てが限界だったのだ。
こうして一年ほどの束の間の幸せな家族での生活は終わりを迎えた。
問題はまだ1歳にもなっていない華についてだ。
どちらが育てるか?
すばるは自分が育てる覚悟を決めていた。
しかし葵も譲らなかった。
お互いに大事にはしたくなかった事もあり何度も話し合った結果、華は葵が引き取り育てる事になった。
そしてすばるは不動産会社を退職したのだった。
正式に離婚届を出し終わり、人生の全てがリセットされてしまった気分だった。
少し抜け殻になってはいたが、特にやりたい事もなかったのですばるはそのままホストを続けた。
独りになり寂しさはあった。
しかしそれでもそれなりに楽しく日々を過ごしていた。
それは仕事柄、基本的には毎日酒を飲むのでそのおかげなのかもしれない。
知らず知らずのうちに心の穴を仕事で飲む酒が埋めていてくれたのかもしれない。
そうこうしているうちに次第に新しい指名客も増えていった。
すばるの指名客の中にみなというキャバ嬢がいた。
働いている店では常に上位にいる売れっ子だ。
特別な美人というよりも可愛らしくいつも明るくどこか憎めない、一緒に飲んでいて楽しいお酒が好きな子だ。
みなはいつも同じ店で働く友達とHEAVENに来ては、飲んで歌って騒いで楽しい時間を過ごしていた。
それはすばるにとっての離婚という辛い思いを忘れさせてくれ、次第にすばるの心はみなに引き寄せられていった。
程なくして2人は付き合い始めたのだった。
ある日、いつものようにみなは店の友達とすばるの店で飲んでいた。
すると、この街を仕切っている組の川上が勢いよく入ってきた。
すばるはやばいな、という顔をした。
とにかくキョロキョロ周りを見回しながら怒鳴り散らしている。
そしてすばるにキスをするのではないかという程顔がくっつきそうなくらい詰め寄ってきて
「この野郎、みすずは店に入れるなって言ったよな?」
と凄んだ。
みすずはみなの友達の1人でよく一緒に飲みにきていた。
今日も一緒に来ていたのだ。
「はい、すいません。」
すばるはとにかく謝った。
みすずは少し面倒臭そうな表情をしている。
川上とみすずは付き合っているという訳ではないらしく、ただ川上の一方的なお気に入りであった。
すばるは以前に川上が飲みにきた時に確かにそう言われていた。
しかし川上は薬物中毒だという噂もあったのでどうせ覚えてないだろうと思い、それを聞き流していた。
関わりはないのであくまでも噂の域ではあったが、確かにいつも様子がおかしい。
とにかく、みすずを帰らせると川上はそのまま何か怒鳴り散らしながら一緒に出ていった。
正直、すばるは少し死を覚悟したが何事もなくホッとしていた。
そんな色々とあるが、みなとの楽しい時は続かなかった。
付き合い始めて暫くして同棲を始めたが、みなはしばしば家に帰ってこない事があった。
「何やってたんだよ?」
「わからない。。。ごめん。」
それで判った事は、みなは酒を飲むとノリが異常に良くなってしまうのだ。
簡単に言うと酔っ払うと記憶が無くなり、訳がわからなくなり誰とでも寝てしまう一面があったのだ。
その事で何度か喧嘩をしたが、すばるはみなの事が好きだったので結局は仲直りをしていた。
しかし次第にすばるもあいつがそういう事がやってるんだから、と浮気をするようになっていった。
そんな事は何度も繰り返されたのだった。
そんなある日、みなはHEAVENの店長である剛と寝た事が発覚した。
すばるの中では「またか?」ではあったので別れる事はなかったが、さすがに剛と一緒に働く気にはなれず店を辞める決意をした。
辞めてどうしようか?
考えた結果、まだ特にやりたい事がなかったという事もあり、一度は足を踏み入れたホストクラブという世界。
本場の新宿歌舞伎町に行ってどこまでやれるか自分を試してみよう、そう決めた。
ダメだったら辞めようとは思いながらいくつか店を見て回った結果、歌舞伎町で知名度、大きさ、客の入りなど全てがトップクラスで最も勢いのある有名ホストクラブの一つであるPANDORAに入店したのだった。
「ホストから俳優へ~夢と希望の東京編」へ続く
この頃から2000年代の初期に掛けて、世の中はある有名な預言者による世紀末の地球滅亡論が話題になっており、20世紀から21世紀へと時代の変換期の頃。
世紀末と新世紀への不安と希望が入り混じっていた。
「あ?俺の酒が飲めねぇのかよ?」
よく冷やかしがてら店に飲みにくる、この街を仕切っている組の佐々木はすばるに詰め寄る。
「いえ、、、頂きます。」
すばるは意を決してビールグラス満タンに注がれているウィスキーのストレートを一気に飲み干した。
ここは神奈川県平塚市紅谷町のホストクラブHEAVEN。
すばるは酒があまり強くない。
30分後、すばるはトイレで一通り吐いた後フラフラと店を出ていく。
「おい、どこに行くんだよ?」
同じ店で働くタカシは心配して声を掛けるがその声はほとんど聞こえていなかった。
すばるは週に一日だけ大学に行く。
そう、すばるはまだ大学生であった。
3年間で卒業する為に必要な単位はほぼ取ってあり、4年生である今はゼミに出席する以外には行く必要がない。
就活は一応しているがあまり気が進まない。
だから毎日のように夜はホストクラブでバイトをしていた。
自分自身もまだ大学生である事をたまに忘れてしまう程だった。
そしてまだ自分が何をしたいのかなど全く見当もついていなかった。
そんな日々の中でもどうにかとある商社に内定をもらい、就活もひと段落していた。
しかし日が経つにつれ疑問が湧いてきた。
その会社は自分が本当に行きたい会社なのか?
本当に自分がやりたい仕事なのだろうか?
とりあえず流れで就活をしたけどそれで良いのだろうか?
悶々と考えながらホストのバイトに励んでいたある日、1人の客と出会う。
近くのキャバクラに務める葵だ。
なんとなく過去に何かありそうな少し影のある細身の綺麗な女性だ。
葵はすばるより歳下であったが、仕事用のドレスを着ている葵はすばるには少し大人の女性に見えた。
「ねぇ、君ちょっと一緒に飲もうよ。」
「え?あ、はい!」
店に友達と一緒に飲みに来た葵は、カウンターで洗い物をしていたすばるを見て自分の席に呼び酒を飲み交わした。
そんな日々の中で暫くすると内定をもらった会社から最終確認の誓約書が届いた。
すばるは考えに考え、その誓約書を破り捨て会社に内定の断りの電話をした。
正式にホストになりたい訳ではなかったが、ほぼ毎日のように働いていたので店からは信頼されている。
そこそこお客さんも付いているし、最悪しばらくは生活には困らないだろうと思ったからだ。
先の事なんかは深く考えていなかった。
そして葵は店にすばる指名で頻繁に通うようになり、同時に自然な流れで葵と付き合い始めた。
この頃のホストクラブはまだまだアンダーグラウンド色が強く、働いているホストも地元のアウトローな人間が殆どだった。
と言うよりすばる以外は全員そうだった。
その中で地元の人間でもない普通の大学生だったすばるは、HEAVENや街の他の店のホスト達、そしてお客さん達にとって少し異質な存在でもあったようだ。
そして平塚の紅谷町は決して都会とは言い難く、どちらかと言うと田舎の狭い街である。
と同時に、当時は日本有数の飲み屋の密度が高い繁華街でもあった。
程なく、すばると葵は同棲を始めた。
特に変わった事はない日々だった。
最初は葵がすばるを好きになり、すばるはなんとなくだった。
しかしすばるはそんな日々に少し幸せを感じていた。
そして葵の事をどんどん好きになっていた。
しかしある日ある事件が起こる。
葵が妊娠したのだ。
すばるは迷った。
「産む?産むならば結婚?」
すばるはまだ大学生だし就職も辞めた。
一応働いてはいるがホストのバイトだし時給制だったので収入は高くはない。
そして一生できる安定した仕事ではない事も理解していた。
そしてすばるは考えた。
「堕ろす?」
それも1人では決められない。
すばると葵は話し合った。
大事な事なのでじっくりと時間を掛けて話し合いたかった。
しかし既に葵のお腹には子がいる事は確かだ。
時間は待ってくれない、判断は急がなくてはいけない。
どのくらいの期間話し合い考えただろうか?
ついにすばるは決断した。
葵と結婚して産んでもらおう。
それと同時に普通の昼間の仕事を探す決意もした。
しかし就活の時期は終わりもう新たに就職先を見つける事は難しかった。
そんな時によくキャバクラの後にキャバ嬢を連れてアフターでHEAVENに飲みにきていた木村という男性が、すばるの事情を聞いて東京の会社を紹介してくれた。
木村は葵のキャバクラ店にもよく通っていて、葵の事も知っていたので話が早かった。
木村がすばるに紹介したのは東京の流通システムを開発するとある会社だった。
すばるは大学で情報処理を学んでおり、PCは問題なく使えた。
だからシステムエンジニアの見習いからという事で、東京のその会社を紹介してくれた。
タイミング的にも卒業後の新卒として4月から入社する事になった。
程なくしてすばると葵は籍を入れた。
殆ど学校には行っていなかったので本人も実感は全くなかったが、すばるは大学生の身分で結婚したのだ。
子供は順調にいくと3月に生まれる予定だった。
ちょうど新生活のタイミングとなる事もあり、すばるは結婚と新しい命の誕生で希望に満ちていた。
卒業式も終わり少し疎遠になっていた大学の友達たちとも最後の別れをし、またあと少しだけのホストとしての生活に戻っていた。
そしてついにその日が来た。
ある日の夜、葵に陣痛がきたのだ。
「ねぇ!多分きた!!」
「え!?分かった、すぐ帰る!」
その時は店で働いていたすばるは葵からの電話の後すぐに家に行き、葵を病院へ連れて行った。
いよいよ新しい命の誕生という奇跡の瞬間が訪れる。
すばるは落ち着かなかった。
出産に立ち会う勇気はなく、分娩室の外でただその時を待っていた。
この時は自分が父親になるという感覚はまだ全くなかった。
父親である自分の姿も想像が出来なかった。
どれくらい待っただろうか?
そして葵の叫び声だけが響いていた夜中の病院に突然の静寂が訪れた。
「おぎゃーおぎゃー」
泣き声が響いた。
ついに生まれたのだ。
生まれた子は女の子だ。
すばると葵は子供の名前については既に話し合っていた。
女の子が生まれた場合は華にすると決めていたのだ。
自分は父親になったんだ、自分に娘が出来たんだ。
「初めまして、華。」
まだ臍の緒が付いたままの華を抱いたすばるの目からは自然と涙が溢れてきた。
この日から短くも新しい生活が始まるのだった。
華が生まれて間もなく4月を迎え葵は正式に勤めていたキャバクラを辞めて専業主婦になり、すばるもHEAVENを辞めて一家の大黒柱であり父親として会社務めの生活が始まった。
住んでいる平塚から東京の会社までは電車で片道1時間半ほど。
そして大学で情報処理を学んだとはいえプログラミングは全くの素人。
会社に行っても朝から夕方までの8時間、システムエンジニアの見習いとして本を見ながらプログラミングの勉強の日々だった。
満員電車での通勤の往復3時間と会社でプログラミング勉強の日々。
すばるの心は次第に乱れていった。
木村の紹介という事もあり普通に大学の新卒扱いで入社したので、見習いとはいえ給料も他の大卒の水準と遜色なく貰えていた。
しかしすばるの少しづつ乱れていった心はなかなか平常には戻らなかった。
元々プログラミングが得意な訳でもなく好きなわけでもない。
会社に行っても朝から夕方まで勉強だけ。
やり甲斐は全く感じられなかった。
そしてなかなか上達しない自分に苛立っていた。
それでも家族を養わなくてはいけないという責任感で1ヶ月、2ヶ月と通勤し続けた。
しかし3ヶ月目の7月に入り、ついにすばるの心は限界に達してしまった。
会社に行かなくなってしまったのだ。
この時、既に辞める決意をしていた。
7月は平塚名物でもあり、日本有数の規模の大きさである七夕祭りが開催される。
この時にもう毎日東京まで通う気力は無くなっていた。
そして会社を正式に辞めたすばるは祭りに行って家族とのひと時を楽しんだ。
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いつまでもふらふらしている訳にはいかない事も解っていた。
暫くしてすぐに仕事を探した。
程なくして今度は地元の不動産会社に就職が決まった。
「今度こそは。」
そんな思いでいっぱいだった。
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給料は基本給と歩合制。
だが基本給だけでは3人が生活できる額ではなかった。
どうにか歩合がもらえるように出来る事は何でもやった。
しかし不動産の営業は甘くない。
なんせ数百万円から数千万円という土地や家を売るのだ。
当然買う方は一生の買い物であり、何十年とローンを組む覚悟なので色んな事を調べてから物件を見にくる。
時には自分よりもお客さんの方が詳しかったりする。
この時点で営業マンとしては失格だ。
売れるはずがないし、お客さんがこんな自分よりも知識がない営業マンから買う訳がない。
明らかに生活費が足りない日々が続いた。
それでも会社を辞めるという同じ過ちは繰り返したくなかったすばるはどうしようか考えた。
その結果、歩合が貰えるようになるまで夜はHEAVENで働き当面のお金を工面することにした。
こうして昼と夜の二重働き生活がスタートしたのだ。
しかし契約はなかなか取れず、夜も毎日は出勤する事はできずの中途半端な日々。
すばると家族は次第に金銭的に苦しくなっていった。
葵は家で華の世話をしながら家事もちろん、昼用の弁当や夜の食事までしっかりと作るなど一生懸命すばるを支えていた。
しかし、そんなギリギリの生活が数ヶ月続くとついに葵も我慢の限界になった。
話し合った結果、葵も華を託児所に預けて夜の仕事に復帰する事になった。
この選択がすばると葵の終わりの始まりだった。
次第に葵は夜の仕事に夢中になっていった。
ある時、葵は仕事終わりに泥酔してHEAVENに飲みに来た。
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「酔ってないよ~~~だ」
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良かった。
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それは葵だけのせいではない。
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それでももはや気持ちが元に戻る事は難しかった。
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若い2人には全てが限界だったのだ。
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お互いに大事にはしたくなかった事もあり何度も話し合った結果、華は葵が引き取り育てる事になった。
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特別な美人というよりも可愛らしくいつも明るくどこか憎めない、一緒に飲んでいて楽しいお酒が好きな子だ。
みなはいつも同じ店で働く友達とHEAVENに来ては、飲んで歌って騒いで楽しい時間を過ごしていた。
それはすばるにとっての離婚という辛い思いを忘れさせてくれ、次第にすばるの心はみなに引き寄せられていった。
程なくして2人は付き合い始めたのだった。
ある日、いつものようにみなは店の友達とすばるの店で飲んでいた。
すると、この街を仕切っている組の川上が勢いよく入ってきた。
すばるはやばいな、という顔をした。
とにかくキョロキョロ周りを見回しながら怒鳴り散らしている。
そしてすばるにキスをするのではないかという程顔がくっつきそうなくらい詰め寄ってきて
「この野郎、みすずは店に入れるなって言ったよな?」
と凄んだ。
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今日も一緒に来ていたのだ。
「はい、すいません。」
すばるはとにかく謝った。
みすずは少し面倒臭そうな表情をしている。
川上とみすずは付き合っているという訳ではないらしく、ただ川上の一方的なお気に入りであった。
すばるは以前に川上が飲みにきた時に確かにそう言われていた。
しかし川上は薬物中毒だという噂もあったのでどうせ覚えてないだろうと思い、それを聞き流していた。
関わりはないのであくまでも噂の域ではあったが、確かにいつも様子がおかしい。
とにかく、みすずを帰らせると川上はそのまま何か怒鳴り散らしながら一緒に出ていった。
正直、すばるは少し死を覚悟したが何事もなくホッとしていた。
そんな色々とあるが、みなとの楽しい時は続かなかった。
付き合い始めて暫くして同棲を始めたが、みなはしばしば家に帰ってこない事があった。
「何やってたんだよ?」
「わからない。。。ごめん。」
それで判った事は、みなは酒を飲むとノリが異常に良くなってしまうのだ。
簡単に言うと酔っ払うと記憶が無くなり、訳がわからなくなり誰とでも寝てしまう一面があったのだ。
その事で何度か喧嘩をしたが、すばるはみなの事が好きだったので結局は仲直りをしていた。
しかし次第にすばるもあいつがそういう事がやってるんだから、と浮気をするようになっていった。
そんな事は何度も繰り返されたのだった。
そんなある日、みなはHEAVENの店長である剛と寝た事が発覚した。
すばるの中では「またか?」ではあったので別れる事はなかったが、さすがに剛と一緒に働く気にはなれず店を辞める決意をした。
辞めてどうしようか?
考えた結果、まだ特にやりたい事がなかったという事もあり、一度は足を踏み入れたホストクラブという世界。
本場の新宿歌舞伎町に行ってどこまでやれるか自分を試してみよう、そう決めた。
ダメだったら辞めようとは思いながらいくつか店を見て回った結果、歌舞伎町で知名度、大きさ、客の入りなど全てがトップクラスで最も勢いのある有名ホストクラブの一つであるPANDORAに入店したのだった。
「ホストから俳優へ~夢と希望の東京編」へ続く
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「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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