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第3章 ひとつ屋根の…下?

第40話 閑話 一人、二千円ですわ!

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「ごめーん、遅くなった~!」

 柔道場に次々と婦警達が入ってくる。午後4時45分に勤務が終わり、シャワーを浴びてから来たのだろう。

「こういう時、髪が長いと乾かすのに時間かかるのが面倒だよねえ」

 柔道場にやってくる婦警達はなかなかに気を使う。今日は四月にしては暖かく、初夏を思わすような陽気であった。動いていれば軽く汗ばむような気温、そういった事もあって婦警達はシャワー室に寄ってから柔道場に来た者が大半であった。理由は当然ながら佐久間修…、男子の近くに行くのに汗臭いのは…そう考えたからである。

 そんな時、婦警のひとりが修に声をかけた。

「あっ、そうだ!今日さー、佐久間君は部屋を掃除して来たんでしょ?汗かかなかった?」

「あっ、そう言えば…。意外に掃除って体を動かしますよね。少し汗ばんでいました」

「そ、それでしたら佐久間さん…、これを…」

 そう言っておずおずと修に何かを手渡そうとするのは久能操くのうみさおであった。

「これはボディソープと…、スキンケア用品ですか?」

「はい。いただき物なんですがなんでも新製品らしくて…。ボディケアの方は体を洗った後に塗り込むようにすると良いみたいで…。お肌に良いみたいですよ」

「あっ、そうなんですね。じゃあ、せっかくですし使ってみようかな…」

「それが良いかも知れねーな。日勤者は終わってシャワーしてきたみてーだからよ、今からなら中勤ちゅうきんの連中が仕事終わるまでには時間が空いてるし」

 美晴が賛同の声を上げる。会話の中で出てきた日勤者というのはいわゆる朝八時から勤務する者の事である。部署や配置の関係で多少の例外があるが河越八幡署内ではそれがなかった。また、中勤とは日勤と夜勤の間にある勤務指定で主に午前11時から勤務を始め午後7時45分に勤務を終える。

「でも、せっかく皆さんが来てくれてるのに…」

「まあまあ、たまには女子トークってのもあるんだよ。夕食メシの準備はしておくからよ」

「用意も何もレンジでチンするだけですわ」

「い、良いんだよ。さあ、シュウ!行ってこーい!」

 そう言われては修も部屋にあえて残る理由も無いのでシャワー室に向かった。しかし、男子がいなくなった柔道場の雰囲気はまさに盛り下がるといった状態である。

「どうして佐久間君をシャワー室に?」

 お目当ての修が席を外した事であからさまに婦警達から不満が漏れる。しかし、美晴は平然と応じた。

「へへっ、そう言うなって。それよりお前ら青い体験…ってヤツをしてみたくはねーか?」



 シャワーの為、柔道場を後にした修。一方で婦警達は…。

「ああっ、良い!コレ良いっ!」

「こ、これが男の布団…」

「わ、私ィ服脱いじゃお!下着ならセーフだよね?」

「下着で寝るの超イイ!素肌で感じる佐久間君の布団!」

「な、なんかコレ、事後って感じ!」

「お前ら一分交代だからな!」
「それと体験料、一回二千円ですわよ!」

 欲望丸出しで修の布団に殺到する婦警達、さらにそこから寸志を徴収する美晴と尚子。

「ああ、もう一回!もう一回だけ!」

「時間もったいないからさ、二人一緒に入れば良いんじゃない?」

「それな!?」

 そんなやり取りもあって集まった婦警22人、一回では飽き足らず二回りも修の布団を堪能した。

「ど、どうしよう…コレ?」

 そこには現金、八万八千円…。佐久間修の布団を楽しんだ22人の婦警達の支払ったお金であった。

「勢いで二千円とは言ってしまいましたけど…」

 沢山の千円札を前に尚子が途方に暮れる。その時、美晴にヒラメキが生まれた。このお金を活かす方法である。

「ひ、尚子、ネット注文だ!急げっ!」



「戻りました」

 修がシャワー室から戻ると、柔道場では何やら婦警達があわただしく動いていた。

「なんかすいません、なんか長湯になってしまって。このボディケアというのかま初めてで時間かかっちゃいました。でも、凄いですねこのボディケア。肌に丹念に擦り込むようにってあったのでやってみたらなんだかお肌がモチモチです」

 柔道場に戻り修が出迎えた婦警達にボディケア商品の感想を言っていると美晴が彼を奥へと誘う。

「さあさあシュウ、奥にドーンと座ってくれ!」

 言われるがまま修は柔道場の上座に座らせられる。

「ジュース買って来たよ」

「ピザ来たよ、ピザ!」

 その間にも次々と飲食物が運び込まれる。

「さあ、乾杯ですわ!」

 訳も分からないまま修は手渡された紙コップを握っていた。柔道場では飲み物やお菓子類、そして届けられたピザが鼻腔をくすぐる香りを放っている。

「さあ食べてくれ!シュウの歓迎会、まだやってなかったからな」

「なんかすいません。居候いそうろうさせてもらってるのに…」

「良いんだよー、佐久間君!!」

「そうそう!私達も楽しいしぃ」

 柔道場に笑顔が広がる。

「あっ、お寿司来たよ!お寿司!」

「おっ、広げろ!広げろ!」


 十五年以上前にも、そしてここ数日のテレビCMでもらよく見た回転寿司チェーンのロゴが入った包みが柔道場に届いた。

「あー、アタシ今日はお腹いっぱい食べちゃう!」

「ダイエット、今日は休みーッ!」

 婦警達の喜ぶ声が響く。しかし、修はどこか心配そうに近くに座る美晴に声をかける。

「でも、良かったんですか?こんなに沢山、高かったんじゃ…」

「良いンだよ、こりゃシュウの歓迎会なんだ!」

「そうですわ!お金の事は気にしないでほしいですわ」

「しかし、なんと言うか。恐縮です…。も、もしよかったら僕も代金というか参加費を…」

 修はそんな風に申し出た。

「い、いや!良いんだ、シュウは!」

「そ、そうだよ!佐久間君からはもうもらってるようなもんだし…」

「う、うん。もう、ご馳走様って感じ!」

「えっ?僕が御馳走…?」

 修が何の事だとばかりに首を捻る。

「さ、さあっ!修さん、お寿司取り分けましたわよ」

 そう言って尚子がレジャーの時に使う紙の皿に寿司を取り分けたものを割り箸と共に修に渡す。

「ありがとうございます」

「さあ、食い物も揃った!もう一回乾杯しようぜ!」

「「「かんぱ~い!!」」」

……………。

………。

…。

 その晩、柔道場は多いに盛り上がった。誰もに笑顔があり、記念写真なども撮った。そのいくつかは県警のホームページにも掲載されたくさんの閲覧とコメントも寄せられたという。

 テレビをはじめとしてマスコミ各社もこの事を放送し、親しみやすい修の人柄と警察と彼との間に良好な関係が築かれている事を強く印象付けた。

 一方でこの歓迎会に参加出来なかった勤務時間帯にあった者から不満の声が上がり、第二回の歓迎会も開かれる事になった。

 余談ではあるが、この第一回歓迎会にかかった費用は87920円。佐久間修の布団の感触を堪能した婦警達が拠出した金額とほぼ一致していた。

 婦警の一人は後にこの日の事を思い出しこう述懐したという。

「最高の二千円の使い道、心もお腹も満たされたし」

 後に佐久間修が柔道場で使っていた布団一式は河越八幡警察署の至宝として扱われるようになった。それと同時に婦警達が布団を楽しんだこの時のエピソードは署外不出のエピソードとして布団と共に永く語り継がれていくのである。
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