幼馴染みと目指す冒険の旅【新しい天賦が目覚めたので、無双します】

なりちかてる

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第一章:月の兎は振り返らない(La Luna Kuniklo Ne Rigardas Malantaŭen)

第13話 手足を伸ばせるお風呂って、いいよね

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 廊下の突き当たりにある、大きな扉をジルさんが開けた。
「どうぞ」
 ぼくたちは、扉の間を抜けて、部屋へと入っていった。

 そこは、大きいだけの、質素な部屋だった。
 中央にテーブルがあり、それを囲むようにして、ソファがあり、窓はドアの反対側にひとつだけ。
 その窓のすぐ側に、リゼル——学園長がこちらに背を向けて立っていた。
 振り返り、ぼくたちと視線を合わせると、頷きかけてきた。

「ようやく、到着したか。アカツキの子供たち」
 リゼルはがっしりとした体格の、まぁ、いってみれば、おっさんだった。

 アカツキ——アカネの父親とも旧知の仲だったようで、ぼくたちも直接、会ったことはないのだけど、父親の口から何度か、リゼルの名前は聞いたことはある。
 以前はアリアンフロッドだったらしいが、今は引退して、学園長をしているらしい。

 とはいえ、肉体は壮健で、ぼくたちぐらいなら三人がかりでも叩きのめされてしまうのかもしれない。
 黒革のジャケットにぴっちりとしたパンツという姿で、近寄りがたい雰囲気を匂わせている。

 ぼくたちは、ソファに並んで、リゼルとジルさんはテーブルを挟んだ向かい側に座った。
 包み隠さず、ぼくは、あったことをすべて、学園長の前で話し、その間、ジルさんが書類に何やら書き込んでいった。

 塔のなかでの、千秋の轍デイ・バイ・デイの態度や、”初心者殺しの小迷宮”、そして、わざと罠を発動させられ、どことも知れぬ場所へ転送してしまったこと……そして、その先でグリューンと出会い、天賦を得たこと、などなど。

 グリューンのことが話題になると、リゼルとジルさんが、身を乗り出してきた。
「グリューンが? ほ、本当か」
 テーブル越しに、掴みかかりそうな勢いで、聞いてくる。

「知っているのですか、彼女のことを」
「あぁ……クロノスの使徒だろう。以前はアリアンフロッドにずいぶんと手を貸してくれていたのだが、ここ最近——十年ほどの間、まったく姿を見せていない。気まぐれな性格だから、また、しばらくしたらどこかへと去ってしまうかもしれないがな」

「だ~れが、気まぐれぞね?」
 少し、ハスキーな声がしたかと思うと、ソファから少し離れたところに、グリューンが現われた。
 試練の間にいた時と、同じ姿だ。
 マントを左肩にだけ羽織り、胸当てと右腕、両脚の膝にだけ、金属の鎧を身に帯びているが、それ以外の部分は、腰までかかる、ロングの髪と同じ、草色の布に覆われている。

「グ……グリューン?」
 リゼルがソファから立ち上がろうとして、テーブルに脚をぶつけてしまったようだ。
 派手な音がして、リゼルがくぐもった声をあげる。

「なんぞ、騒がしいぞえのぉ。こちらの世界へ来たのは久しぶりのことじゃが、はじめてがこ~んな殺風景な部屋では、気も削がれるの」
 アカネとチカは、グリューンを見るのははじめてのことだろうに、意外と落ち着いていた。
 試練の間では、ぼくとグリューンの戦いは夢のなかで投影されていたので、その時のことを思い出しているのかもしれない。

「グリューン……そ、そうか。その特徴のある喋り方は、間違いないみたいだな」
「リゼル、そなた……う~ん、随分と老けたのぉ。若い頃はもっと、イケメンじゃったのに、残念ぞね」
「誰が、残念だ!」
 そのやり取りを眺めていると、どうやらふたりは古くからの知り合いのようだった。

「それよりも——グリューン。どうして、今頃、使徒として戻ってきた? まさか、本当に気まぐれってことではないよな」
「んなわけあるか! 塔のシステムも様変わりしておる。ほれ、おまえさんも感じておるじゃろう。奈落よりのものの攻勢も日々、激しさを増しておる、と。これまでのアリアンフロッドたちのやり方では、先行きが見えなくなってきておるのじゃよ。じゃから、使徒が直接、介入してくることになった、ということぞよ。これからは、わし以外の使徒もどんどん、出現してくるぞ」
「どんどん? おい、マジかよ」

 横から、アカネが肘で小突いてくるが、ぼくにも、何のことやら、さっぱりだった。


 それから、しばらくの間、ぼくたちは待機状態を言い渡された。
 ぼくとアカネは無事、アリアンフロッドとなったのだけど、登録などの諸問題があって、すぐには学生寮には入れないみたいだ。
 ギンゲツのことはどうなっているのか、と聞くと、そのことも含めて、ぼくたちはしばらく、学園にいないほうがいい、とのことだった。
 リゼルは、ギンゲツたちのやったことは自分だって絶対に許せないし、誤魔化すつもりもない、と言い切ってくれた。
 そう説得されては、ぼくたちもそれ以上、言い返すことはできなかった。

◆   □   ■   △

「ふぅ……」
 ぼくは、大きな浴槽で、腕と脚を伸ばすと、ゆっくりと息を吐き出した。

 本当に、今日は色んなことがあった。
 それでも、こうしてお湯に浸かっていると、疲れが少しずつ、抜けていくようだった。

 リゼルに、学園から少し、離れたほうがいい、と言われた時、最初に相談した相手は、ウォルグレンさんだった。
 ウォルグレンさんは、ぼくたちがアリアンフロッドになるため、ロカルノ村から王都ファル=ナルシオンへと出てくる、きっかけとなった老夫婦だった。

 セリカ姉が失踪する直前のことだ。
 ぼくたちは、セリカ姉に、アリアンフロッドになりたい、ということを伝えると、それなら、ウォルグレンさんに相談するといい、と連絡先を渡されたのだ。

 ウォルグレンさんは、アカツキやセリカ姉とも知り合い——というか、かつて、ふたりに依頼をしたことがあるようだった。
 依頼人という間柄だけでなく、ウォルグレンさんはアリアンフロッド機関を個人的に援助などをしているみたいだ。

 王都の貴族区に邸宅を持っているので、爵位などは聞いていないのだけど、おふたりは貴族……ということなのだろう。
 こんな大きな浴室——もはや、浴場と言ってもいいくらいだが、貴族でもなければ、こんなものを用意できないだろう。

 浴場は、ひとりきりでいると、とても広く感じてしまう。
 数十人が余裕で入れる風呂桶があり、暖かいお湯が尽きることなく、流し込まれている。
 すっごい贅沢だ。

 ロカルノ村では、井戸などで身体を拭く程度で済ましていたことを考えると、とても羨ましく感じてしまう。
 ほぼ、毎日、入浴が味わえるのだとしたら、しばらく、ここで生活をしてみたい、などと考えてしまう。

「なんか、本当に今日は色んなことがありすぎて、頭が追いつかないや……」
 肩までお湯に浸かりながら、ぼくはひとり言を呟いた。

 試練の間で、ぼくは何度も殺されているのに、意外と傷は少なかった。
 新しい傷はあるけど、それは”初心者殺しの小迷宮”から転送する前——千秋の轍の小隊と行動していた時、招魂獣と戦った時のものだ。
 というか、ギンゲツが首吊りの樹に止めを刺した時に使った、爆炎の魔術によるダメージが一番、大きかった。
 ドラッグ・ショットでも治癒しきれなかった、火傷の跡があちこちに残ってしまっている。

「ほんに、今日ばかりは色々なことがあったぞえのぉ」
 ぼくのものじゃない、少し掠れた声が聞こえてきた。
 横を見ると、そこには全裸のグリューンが当然のように、湯船に浸かっていた。

「——えっ」
 グリューンの肩から上の部分、それに湯に浸かっている、彼女の豊かな胸や腰、太腿などがぼくの目を打った。
 武装していない彼女の姿を見るのは、これがはじめてだ。
 こうして見ると、美人なのはもちろんだけど、スタイルもかなり、いい。
 チカはもう、問題外だけど、アカネとどちらが、胸の大きさはあるのだろう……。

「これこれ。そんな、じろじろと見るでない。照れるではないか」
 その言葉に、ぼくは現実へと引き戻された。
 飛び上がるようにして浴槽から移動すると、大事なところを隠した。

「な……な、なんで、グリューンがここにいるんだよ!」
 思わず、大きな声が出てしまう。
「のぉ、わしがあの試練の間でどのくらい、待機させられいたと思う? たまには、こうして受肉した状態で、お湯に浸かりたいぞよ」

 グリューンが浴槽を泳ぐようにして位置を移すと、ぼくのほうへと身体を向けてきた。
「そなたは、もう少し、鍛えたほうがいいのぉ。まだ、筋力不足ぞね。“屠るもの”を使いこなすには、まだまだ、じゃな」
「ちょ、ど……どこを見てんのさ」

「それに、女性にももうちょっと、慣れたほうがいいぞえのぉ。そなたの幼馴染み——アカネとチカと言ったか。不必要に遠慮などしていると、大切なものを見落としかねんぞ」
「……へぇ。クロノスの使徒って、そんなことにもアドバイスしてくれるの?」

 少し、落ち着いてきたので、ぼくは洗い場へと向かった。
 グリューンには背中を向けて、石鹼で身体を洗いはじめる。

「まぁな。そなたの精神状態も、戦いを左右することもあろうからな。特に、色事に関してはプラスにもマイナスにもなりかねん。まぁ……そこが、人間の面白いところぞねよのぉ」
「ふぅん……」

 アカネとチカ、か……。
 ふたりとも、ただの幼馴染みでしかないし、どちらも、いずれは離れていってしまう存在だ。
 今は、ふたりといると、とっても楽しくてしょうがない。

 これからは、三人ともアリアンフロッドとなれたのだから、それは続いていくのだと思う。
 でも、それはずっと、ということじゃない。

「傷つけず、傷つかないように、か。難しいの」
 グリューンがばしゃばしゃと、浴槽のなかを泳ぎながら、そんなことを呟いた。
 まるで、ぼくの考えていることを当てられたみたいに、どきりとした。

 そうだ——ぼくは、恐れている。
 ふたりをなるべく、傷つけないように、そっと距離を取ろうとはしている。
 けど、それは今のところ、うまくいってはいない。

 ぼくだって、この居場所をなくしたりしたくはない。
 だって、ぼくにはもう、何もないから……。

 ぼくは無言で、手桶に溜めておいたお湯を頭から被った。
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