あいつとわたし

丘多主記

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秋の日

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 授業中。あまりの退屈さに窓の外に目を向ける。夏休み前は緑一色だった山に、少しずつだけど黄色や茜色の葉が徐々に目立ち始めている。秋はもうすぐそこらしい。

 そのまま風景を眺めていると、何か鋭い目線のようなものを感じた。慌てて前を見ると、先生がにこやかに私の方を見ている。どうやら外を見ていたのがばれていたらしい。

 とりあえず先生を怒らせないよう、苦笑いしながら黒板の文字をせっせとノートに書き写した。

 さて、ノートを書き写したのはいいが残りの時間が退屈なのに変わりはない。どうやって暇をつぶそうか。暇つぶしの材料を見つけるため、私はばれないようにこっそりと、教室の中を見回す。

 ただしここは教室。あまりにも見慣れすぎたせいで、なんの面白みもない。仕方がないのでおとなしく教科書でも見ておくか、と思った時だった。いつもは目に入れるはずのない優梨華ゆりかを見ていた。

 優梨華は私が一番嫌いな奴だ。チビでひょろひょろでまな板の癖に、頭とか運動能力とかなんでもが私と同等かそれ以上だ。それに私のことを見下してくるし、女王様のように気取っている。本当にムカツク奴だ。

 そんなのを見ていても面白いわけがない。諦めてまた教科書に目を戻そうと思った時、私は気づいた。この授業はものすごくつまらない。それは周りを見れば明らか。

 普段は猫被って優等生ぶっているあいつも、この授業ならあいつも寝ていたり、聞いてなかったりするはず。そのことを期待して私は優梨華を観察した。

 だけど見るからに寝ていない。手の動きからして、ノートも真面目に取っているっぽい。

 ちぇっ、面白くないの。変なことしてたら、絶対弄ってやろうと思ったのに。

 弄るネタが見つけられずため息を吐いた時、ふと思った。そういえば、最後に優梨華と口喧嘩したのはいつだっけ?

 二年生の頃までは、何かある度に口喧嘩をしてきた。テストの結果や部活のこと、給食の好き嫌いとありとあらゆることで言い争ってきた。

 だけど最近は、というより三年生になってからは殆どした記憶がない。あいつが突っかかってこないのもあるけど、私が仕掛けても何もしてこない。一体どうしたのだろう。

 興味をなくしたから。推薦に響きそうだから。親か先生に怒られたから。色々と自分なりに考えてはみるが、どれも違う気がする。

 必死に考えてみたが答えが出ない。そうしているうちに授業終わりのチャイムが鳴った。とうとう、この問題の答えは出せなかったらしい。





 この後の授業でも考えてはみたが答えは出ず、気がつくと下校時間になった。夏までだったら足早に部活に向かって、バスケの練習をしていただろう。というか今日もそうしたい。

 だけど時期は中学三年の九月。家に帰って受験勉強に励まないといけない。私は部活に行きたい気持ちを抑え、友達と一緒に学校を出た。

 学校を出てからは友達と他愛のない話をしていた。今日の授業は面白くないとか、誰それが付き合っているとか。だけど、しばらくすると友達と別れ一人になった。

 それからは早歩きで帰る。友達とお喋りしているわけじゃないので、できる限り早く帰りたいからだ。少し歩くと並木道が見えてきた。ここまで来たら家は近い。あともうちょっとだ。

 そういえば、ここの木はどんな感じだろうか。

 授業中に見た山のことを思い出し、見上げてみる。すると授業中に見た時のように、この木達にも黄色や茜色の葉っぱが見え始めている。秋が近いということを、改めて感じた。

 部活をしている時は気にもかけなかったけど、こうやって見ると不揃いでも綺麗に見える。きっと、一か月後にもっと凄くきれいなんだろうなあ。まだ見ぬ景色に、胸を躍らせた。

 チリンチリン。

 珍しく物想いにふけっていると、自転車のベルを鳴らされた。あっ、邪魔な位置だったんだな。私は、すいませんと声を掛け、申し訳なさそうに左側の方にどけた。

 これなら十分に追い越せるだろう。しかし、自転車は私を追い越さない。なぜだろうか。少し不安になって後ろを振り向いた。

 そういうことね。振り向いたらその理由が分かった。自転車に乗っていたのは優梨華だった。それで、私に気づいて面食らったから追い越さなかったんだろう。きっとそうに違いない。

 しかし妙だ。この道を通る同級生は私以外にいなかったはずだ。なぜ、優梨華はここにいるのだろうか。

「何じろじろ見ているのかしら? 私がここにいたらいけないとでもいうの?」

 こ、こいつ私の心を読んでやがる。


「だ、だってお前通学路違うはずだろっ?なんでここにいるんだよっ?」

 読まれたのが嫌で、私はついムキになってしまった。

「ここは私の通学路よ」

 優梨華は私を見下すように見ている。


「はあっ? お前と一度も通学路で一緒になったことねえだろ。さらっと嘘つくなよ」

 攻めたてるように言葉を浴びせるが、優梨華は動じない。むしろ呆れたような顔をして、首を二、三度横に振った。

「それは、あなたに会わないように行動していたからよ」

 なるほど。道理で部活帰りに、あいつだけそそくさと帰ってたわけだ。それなら確かに合わない。それで朝は私が出る時間よりも先に出ていたってわけか。

「あなたに会わないように行動してあげているのよ。感謝しなさい」

 優梨華は一段とイラつかせるくらいのドヤ顔をしていた。本当に気取った嫌な奴だ。あいつと朝とかに会わなくて済々した。

「ホント、嫌な奴だなお前は」

 私は吐き捨てるように呟いた。いつもなら、優梨華が何か切り返してきて口喧嘩に発展するが、今日は何も聞いていないかのようにしている。やっぱり何かおかしい。

 優梨華のことは気に食わない。大っ嫌いだし顔も合わせたくない。だけど、こんな感じで張り合いがなくなるのも耐えられそうにない。

「あ、あのさっ」

 いっそのこと聞いてみようと思い、声を掛けてみた。

「ん?なに?」

「…………すまん、なんでもない」

 だけど、やっぱりやめた。今の優梨華を見ても多分、いい感じにはぐらかされて終わりそうな気がしたからだ。

「変なの」

 優梨華は淡々としていた。これも二年の頃なら、何もないなら声をかけないでくらい言ってくるはずなのに。やっぱり何かあるんだろう。だけど、その理由を聞けそうにはない。

 このまま何も聞けず、違和感を持ったまま過ごしていくのか。

 そんなモヤモヤを抱えたまま、私はこの後の一日を過ごしていった。
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