あいつとわたし

丘多主記

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これから

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「じゃあね、お兄ちゃん!」

 電話は終わったようだ。

「電話して、よかっただろ」

「そうね。珍しくあなたに感謝してあげるわ」

 優梨華はいつもの、冷徹な声に戻っていた。普段ならここで怒っている。だけど、もうそうしない。

「どういたしまして」

 私は軽くこの言葉を返した。

「なによ。あなたらしくないわね」

 優梨華は不思議そうに私を見た。私は感じた。ここが、話を切り出すタイミングだろうと。

「らしくないのは、優梨華の方じゃないか」

 私の返事に、優梨華は虚を突かれたようにピタッと固まった。

「なあ、優梨華。本当は私と仲良くしたいんじゃないのか」

 私は悟すように、言葉をかける。

「何を言ってるのかしら。あなたと仲良くいたいだなんて。微塵も思ったことないわ」

 優梨華は淡々と冷ややかな目で私を見つめる。私と喧嘩する時と同じように。ただ、なんとなく感じる。優梨華は動揺していることを。表情には出ていないが確かに感じ取れる。このまま話し続けていけば、絶対に素直に感情を出してくれるはず。

「お兄さんから聞いたよ。普段、私のことをどう言ってるかって」

 私は畳み掛けるように話を続けた。

「それはお兄ちゃんを心配させないため。ただ、それだけのことよ」

 優梨華は淡々と答える。ただ、顔からは動揺の色を隠せていなかった。

「優梨華。じゃあ、どうしてそんな顔してるんだよ」

優梨華はそのままの表情で何も答えない。

「私は、仲良くしたい奴とは仲良くしたい。だから、お前の気持ちを、ちゃんと教えてくれよ」

 優梨華の両肩をグッと掴み、心に訴えかける。

「私、素直じゃないよ。今みたいに誤魔化したり、怒らせるようなこと言ったりするよ。それでもいいの?」

「ああ。構わない。仲良くしたいって知ってるなら、それくらいどうってことないよ。だから、今までのことは終わりにしよう。優梨華」

 私は少し微笑みながら、語りかけた。それを聞いて優梨華は堪えきれなくなったのか、想像できないくらいの大声で泣きだした。私は優梨華が泣き止むまで、そっと抱きしめた。

「いつから、私と仲良くしたかったんだ?」

 優梨華が落ち着いてから、私はなんとなく聞いてみた。

「……初めて会った時から、今までずっと」

 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、小さく消えるような声で答えてくれた。

 なるほど。あの時からだったのか。私はその時のことを振り返った。

 それは中学生になって二日目のことだった。あの時の優梨華は教室の席にひとり、誰とも交わることなく座っていた。

 それを見て私は、かわいい子だなあと思うと同時に仲良くなりたいと思い、一緒に話さないみたいなことを言った。

 だけど、優梨華はけっこうです、と冷たくあしらい教室を出て行った。

「憧れていたの。笑顔で明るくて、友達に囲まれている涼花ちゃんに。だから、あの時、本当は嬉しかったの……」

 優梨華は照れ臭そうにしていた。私はこの予想外の言葉に驚くしかなかった。

 てっきり、私はうざがられたから、嫌われているからそういう反応をされたと思っていた。だから、優梨華への印象は悪くなったし、嫌われていると決めつけていた。

「バスケ部に入ったのも、涼花ちゃんがいたから。そうすれば、涼花ちゃんと仲良くなれるって思って。でも、全然そうならなかった。むしろ、どんどん仲が悪くなって、とうとうどうしようもなくなって……」

 優梨華の表情が曇り始めた。

 優梨華の言うように、バスケ部に優梨華が来てから仲が一層悪くなった。その原因はの大部分は私だ。

 入部から最初の三週間は、自身に満ちあふれていた。小学一年生からの経験者ということもあり、同級生どころか殆どの先輩より上手かった。それもあって、最初の練習試合ではレギュラーチームのベンチに入ることができた。

 一年で一番上手いのは私だ。そう思っていた時に、優梨華が入部してきた。この時既に、あれ以降のことで優梨華は嫌な奴に格付けされていた。

 だからあまりいい気はしなかったが、そこまで気にしていなかった。なぜなら、優梨華は未経験者だったからだ。

 未経験者が私より上手いはずがない。勉強で負けていても、こっちでは圧勝できる。そう思っていた。ところが、現実は違った。

 初心者だというのに、身体能力はほぼ互角。ドリブル、パス、シュートの技術に至っては完全に負けていた。

 私はこの事実を受け入れられず、優梨華に対して喧嘩腰の態度になってしまった。そのせいで些細なことで喧嘩をした。というより、私がふっかけていた。そうやって何かするたびに喧嘩をするから、仲はドンドン悪くなっていった。

 優梨華の入部から二週間後。次の練習試合のメンバーが発表された。私がまたベンチだったのに対し、優梨華はスタメンを勝ち取っていた。

 その日の練習後。私は優梨華を褒めた。悔しさはあったが、負けを認めるという意味でそうした。

“やっぱすげえな。ムカつく奴だけど。今回は負けたよ”

 すると、優梨華はこう返した。


“べ、別に。これくらい当然よ。むしろ、あなたこそ早くスタメンを勝ち取りなさいよ”

 この一言で、私の中で何かがプツリと切れた。この時、たまたま先輩がいたから暴力沙汰にはならなかったが、これが決定打となって私達は犬猿の仲になってしまった。

 今思えば、この時の私はどうかしていた。優梨華は決して私を馬鹿にしたわけではなく、叱咤激励の意味を込めて言っていたはずだ。声と表情を見れば、それは明らかだったのに、それに気づけなかった。

 喧嘩を吹っかけたのだって、悔しいのならプレーで返せば良かったのだ。なのに、自分はくだらないことをして、優梨華を傷つけてしまっていた。

「ごめん優梨華っ。あの時はどうかしてた。今さら許してもらえるとは思えない。でも、許してほしい」

 私は深々と頭を下げ、優梨華に謝った。心の奥底から声を出して。

「涼花ちゃんは何も悪くないよ。私が、もっと素直にしていればあんなにはならなっかたんだし。あの後も仲良くなるチャンスは一杯あったのに、何もしなかった。涼花ちゃんが絡んでくれるなら、今のままでもいい、嫌われてもいいっていても満足して何もしなかったから、ここまできちゃったんだし。……私がもっと素直にしてたら、もっと、部活だって楽しくできたし……、文化祭だって……涼花ちゃんと一緒に……一緒にいろんなこと…………」

 声を震わせる優梨華を優しく抱きしめた。

「辛かったよな。今まで」

「さびしかったっ、もっといろんなことしたかったっ……」

 右肩が優梨華の涙で濡れていくのが感じ取れた。私は優梨華の頭をそっと柔らかく頭を撫でた。

「寂しかったよな。ごめんな、優梨華。だから、今からちゃんと思い出を作っていこう。中学はもう終わりだけど、高校で作っていこう」

「うん……うんっ」

 私は優梨華がギュッと優梨華を強く抱きしめた。





 翌日。朝学校に登校する。後ろ隣の席には優梨華が普段と変わらない表情で座っている。

「おはよー、優梨華」


 優梨華にしか聞こえないよう、優梨華の側でそっと呟く。

「うん、おはよう」

 優梨華も私にしか聞こえないように、ボソッと呟いた。

 私はもっと大きな声で挨拶してもいいのだが、優梨華がそれを許してくれないのだ。というのも、昨日あの後、優梨華から学校内では出来る限り今までのような感じで、と言われたからだ。

 優梨華曰く、学校の人にバレると恥ずかしいからだそうだ。

 私は別になんともない。ただ、優梨華がそう言うのだから、私はそれを尊重することにした。

「ねえねえ。さっきなんか笠野さんに言ったよね。なんって言ったの?」

 私が席に着くなり、和奈が私のところに聞きにきた。

「別に。 いつも通り悪口を言い合っただけ」

私は答えをはぐらかす。

「ふーん。まあいいか。それで、昨日模試を解いててさあーー」

 和奈はそれ以上さっきのことに触れることなく、自分の話を展開していった。

 優梨華をそっとみると、そっと微笑んでくれた。

 それから部活も終わり放課後。私と優梨華は一緒に帰っている。もちろん、会話をしながら帰り道を歩いているが、基本的に私が話て、それを優梨華が聞いているという感じだ。

 話してみてわかったことがある。あの甘くて幼いかわいい声が本来の地声だということだ。本人にその声で疲れないのかと聞いたら、地声はこっちだからと答えたので、間違いない。なぜ、普段その声を出さないのかは聞かなかったが。

 あと、イメージ通りではあったがテレビはあまり見ていない。だから、芸能人の話をしても中々伝わらないことが多い。まあ、それでも本人は楽しそうに聞いてくれるので、話しにくいわけではない。

 こんな感じで、色々わかってきた。ただ、まだ、知らないことの方が多い。もっと知りたい。

「なあ、優梨華。土日、優梨華の家に遊びに行ってもいいか?」

 別れ際に、私は優梨華に提案してみた。すると、

「いいよ。多分空いていると思うから」

 意外にも二つ返事でオッケーが貰えた。

「それと、もしよかったらうちに、泊まってほしいな。そういうこと、やってみたいから」

 その上、さらにもうワンランク上の話まで出てきた。

「泊りねえ。それは、一旦親に聞いてみるよ。とりあえず、土日はそっちの家に行くから、あとででもいいから住所こっちに送ってね」

「うん。わかったわ。それじゃあ、また明日ね」

 優梨華は、私に笑顔で手を振りながら、真っ直ぐと続いている坂道を登っていった。

 私は優梨華に手を振りながら、頭の中で土日の計画を立て始めた。
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みんなの感想(1件)

Y.Itoda
2024.01.24 Y.Itoda

連載始まったのですね!
冒頭からミステリアスな雰囲気が漂っていて、続きが気になります。

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