マウンド

丘多主記

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練習試合編

二人との和解

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 試合終了後。この日はこの一試合だけで、後片付けと今後の日程の確認が終わると同時に解散となった。

 解散後、大方の部員は帰宅する中、伸哉と幸長だけが部室に残っていた。

「ナイスピッチング、伸哉クン」

「あ、ありがとうございます」

 テストの日とは打って変わって、部室の隅にある椅子にみやびに座りながら、穏やかな雰囲気で話しかけてきた幸長に戸惑いながら対応した。

「エクセレントなピッチングだったよ」

「いえいえ。そんな褒められたものじゃありませんよ。無失点で終われたのは大島先輩のおかげですよ。初回と八回の守備がなければ絶対失点してましたよ」

 伸哉がそう返すと、少し呆れたような感じで頬を緩ませながら、はぁと息を吐いた。

「まったく君ってやつは。確かに僕のファンタスティックでエレガントな守備がなければ失点してしていたかもしれないけど、投げたのは君なんだから。もっと、マウンドに立っているときみたいに堂々としないと」

 すいませんと物怖じしながら答える伸哉を見て、幸長は呆れながらまたため息を吐きながら、夕日の射しこむ窓をまぶしそうに眺めた。

「本当に君ってやつは。けどそれが伸哉クン、君のいいところなんだろうね」

 幸長のその姿はプライドが高いだけの我が儘な少年ではなく、英国紳士のような気品あふれる立派な男の様だった。

「あと、もう一度ピッチャーやろうって決めたんだ」

 幸長の口から出たその言葉は、俄かには信じがたいものだった。伸哉も信じられないのか、口が少し開いていた。

「信じられないように聞こえるかもしれないけど、本気だよ? ピッチャーの経験が守備に活かせるってことも分かったし、そういう自分の可能性を広げるためにもいい選択肢叶って、今日初めて思えたんだ」

 そういうと幸長は交差させた足を戻し立ち上がり、伸哉の元へと近づいた。

「伸哉クン。僕は君に感謝しなければならない」

 先ほど以上に思ってもいない一言に、伸哉の頭はショートしそうなほど混乱していた。

「実は、この試合終わったら野球辞めようと思っていたところだったんだ。あれだけ我が儘言って取り下げるわけにもいかないし、かといって言って君が失敗したらこのチームにはマイナスだ。君が条件を達成できようができまいが、チームに悪い影響与えるだけだなって思っていたんだ。だけど君のピッチングを見ていたら、一時のプライドだけで自分の進退を決めるのが馬鹿らしくなってね。それで、結局やっぱり辞めないってことにしたんだ」

 幸長はそう言った後、少し恥ずかしそうな素振りを見せながら、頭の整理が追いついていない伸哉に右手を差し出した。

「つまりだな。これからも、“チームメイト”としてよろしく頼むよ、伸哉クン」

 もちろん、この時の伸哉は状況整理が完璧にできていたわけではない。

 ただ、ここで何をすべきなのか、それだけは理解できた。

「ええ。こちらこそよろしくお願いします。先輩」

 二人はがっちりと握手を交わしていた。その手は夕陽に照らされ、輝いていた。




 幸長とのやり取りの後、伸哉は薗部から職員室に連れて行かれた。

 伸哉は職員室で薗部から今後の活動についての説明を受けたり、チームの方針や話したりしていた。

 本来なら十分程度で終わる予定だったのだが、チーム方針についての意見交換が予想以上に長くなってしまい、終わる頃には空が薄暗くなり始めていた。

「よーし、今日は帰って思いっきり休むぞー。消化できてなかったアニメ全部みるぞー」

 校門を出た伸哉は背伸びをしながら少し大きな声で言った。普段の伸哉なら口には出さないような一言ではあったが、解放感からつい口に出してしまっていたようだ。

 案の定、伸哉は少しした後自分の言動の恥ずかしさに少し顔を赤くしていた。

「あー、つい言っちゃったよ。誰かに見られてたらまずいなあ。でも今日は休みの日だし、誰も見てないはず。このまま帰れば何も起きないは――」

 伸哉がその場を去ろうとした時だった。

「俺は見てたよ」

 大地が背後から現れたのだ。これには伸哉も驚き体がビクンと小さく揺れていた。

「伸哉。お前高校生にもなってそんなの見てたのかよ」

「そんなのって、別にいいじゃん。おもしろいし。というか大地くん! いつからそこにいたの?!

「さっきからずっとそこの校門にいたんだけど。それより伸哉、時間はあるか」

 大地の問いかけに、伸哉はうんと頷く。それから少しして、大地は言葉を出した。

「伸哉、あの時はごめん! 自分の力不足を全部伸哉のせいにして挙句の果てにチームから追い出すように仕向けてしまった! 友達だったのに、その信頼を裏切った! 伸哉を大好きな野球を奪ってしまったっ。とんでもないことをしてしまった。本当にごめんっ。伸哉がこんなので許してくれるとは思えない……。だけど、俺のこの謝罪だけは受け入れてくれっ、伸哉……」

 大地は涙を堪えながら深々と頭を下げた。伸哉は大地を優しく見つめていた。

「頭をあげてよ大地くん。僕は大地くんに謝って欲しくない。もうあの時のことはいいんだ」

 伸哉は悟るように言葉を掛けた。そんな伸哉の言葉が予想外だったのか、大地は即座に顔をあげていた。その顔は驚きと怒りが混じっていた。

「いいって、それでいいわけないだろっ! 伸哉は被害者なんだぞ! 被害者なのにそんなこと言っていいわけないだろ!」

「いいんだよ。それで。そもそも僕はもう大地くんのことを許しているし、僕だってもっと大地くんを気遣った声かけをすべきだった。だから、僕に謝られる資格なんてない」

「なんでだよ……。なんで、伸哉はこんな俺に優しくするんだよぅ。あんなに酷いしたのに、どうして優しくするんだよっ……」

 大地の目からはかなり涙ぐんでいた。そんな大地に伸哉は優しく微笑みかけた。

「僕の大事な友達だからだよ」

 伸哉の一言に、大地は伸哉の手を何かに縋りつくかのように握っていた。

「伸哉……。こんな俺をまだ友達だって、言ってくれるのか」

「うんっ。何があったて友達だよ。だから、大地くんにはもう昔のことは気にしないで欲しいんだ」

 伸哉は悟るように大地に語りかけた。大地はこらえきれず大粒の涙を流し始めた。

「ありがとう、伸哉……」

「大地くん。またいつか今日みたいに投げ合おうね。楽しみにしてるよ」

 伸哉は大地と熱い抱擁を交わした。二人の姿を沈みかける夕陽が照らしていた。
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