マウンド

丘多主記

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夏の大会編

衝撃

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 その試合後の午後。

 野球部の全員は高校に帰らず球場に残ることにした。何故なら次の試合が三回戦の相手を決める試合であったからだ。

 逸樹のいる菊洋学園とシード校東福間高校の対決。東福間は今回の大会でも、久良目商業に並ぶ優勝候補とされるチームである。

「さて、どう予想します監督?」

 彰久が薗部に尋ねた。旧知の仲である逸樹のいる菊洋だが、春季大会は一回戦コールド負け。一方で東福間は春季大会は準優勝。さらに九州大会ベスト四と、差は明らかだ。

 間違いなく東福間を選ぶであろうと彰久は予想していた。だが、

「おそらく、菊洋でしょう」

と薗部の答えは、その予想とは異なるものだった。

「え? 今年の実績だけだったら、東福間の方が上ですけど、なんででしょうか?」

「彰久君。前評判で勝負が決まるほど甘くはないですよ。それに、僕には根拠があります」

 そう言って、グラウンドを指を指した。指した先には、一死二、三塁というチャンスでバッターボックスに入る、逸樹の姿だった。

「町田がいるからですか?」

「そうです。春季大会は一回戦負けでしたが、それは、逸樹君がいなかったからです」

 薗部の言ったことが理解できなかったのか、彰久は首を傾げた。

「確かに逸樹君は投手ではありません。ですが、雰囲気が変わって来ます。僕が見た春季大会のビデオでは主力を欠いたせいか、スイングに力みが出ていました。しかし初戦、そして今日を見る限り、逸樹君がいるという安心感で、スイングに余裕が見え、気持ちよく降り抜いています」

「たしかに」

 彰久は納得した。今投げている東福間のエース投手は、立ち上がりに弱いタイプではなく、むしろ強いタイプで有名だ。

 今日投げた球も何度か見たビデオと同じように、伸びのあるボールだった。そして、投げているコースも悪くはない。

 それを菊洋打線が上回っているのだ。その結果が、一死二、三塁という場面に繋がっているのだ。

「それと逸樹君はこの程度の投手からは、ボール球でない限り、打つでしょう」

 そう言った瞬間。心地よい打撃音が響く。逸樹はバットを右手で高々と掲げ、本塁打を確信したかのように、ゆっくりと歩き出す。打球はバックスクリーンに直撃していた。




 午後四時。この日は珍しく伸哉と涼紀が一緒に家へと帰っていた。

「凄かったな……」

 あまりの衝撃に、いつもはうるさいくらい喋る涼紀が、いつになく言葉少なに伸哉に、話しかけた。

「うん。中々お目にかかれない試合だったよ」

 投手として伸哉は逸樹に少しばかりの恐怖感をを覚えた。

 試合は高校野球では稀に見る打撃戦となった。六回終了時点で十対八。菊洋が二点リードする展開となる。

 追いつきたい東福間だったが、七回から急遽登板した菊洋のエースの前に打線の勢いが消された。

 すると八回に逸樹にこの日二本目となる満塁ホームランを打たれ万事休す。十四対八で、菊洋学園が優勝候補の東福間を下す大波乱の結果に終わった。

「伸哉、お前はあの相手の四番を抑えられるか?」

「うーん……」

 伸哉は考え込むが、逸樹を完全に打ち取るイメージがわかなかった。

「伸哉が悩むほど凄いのかよ……。それじゃあマズイかもな……。今日勝ったの咲香にいったら凄い喜んで、見にくるって言ってたのにな…」

 珍しいことに、涼紀からネガティブ発言が聞こえてきた。涼紀をみると、全身からネガティブオーラが漂っていた。

「涼紀君。まだ負けが決まってるわけじゃないし、僕も考えるからさ。それに、咲香さん来るんでしょ?」

 最後の方だけを、耳元で囁く。すると、涼紀からネガティブオーラが吹き飛んだ。

「咲香が来るんだよな。そうだよな!だったらとにかく頑張ればいいんだよな!!」

「あ、……うん」

「よっしゃぁっ!!もえてきた!!」

 突然、二日前の学校の時以上のスピードで、大声で叫びながら走り出した。

「涼紀君のその熱さを、咲香さんに気持ちを伝える、ということに使えればいいんだけどね」

 伸哉は涼紀が視界から消えた後に、皮肉めいた一言をニヤニヤしながら言った。
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