石長比売の鏡

花野屋いろは

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13.

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 田中達から離れ、企画部へ戻った樹里は、チーフデザイナーの小助川結季のデスクに向かった。
結季は、今の状況を見ていたらしく、樹里に向かって、
「貴女も大変ね。まったく、勤務時間中に何しているのかしら。」
と言った。樹里が曖昧な笑顔で黙っていると、小さくため息をついて、
「まぁ、総務、営業、システムのイケメンがそろえば浮き足立つのも
仕方が無いのかも知れないわね。」
と女性上司ならでわの立場の感想を述べた。
「それより、」
樹里は、話題を変えた。
「小助川チーフお使いのモニターなんですが、調べたらリース契約の
期間が迫っているみたいです。移動と同時に新機種に切り替えますか?」
結季は、嬉しそうな顔をして、
「そうなの、もう少し先だったと思うんだけど」
「ええ、少し早めの切り替えになりますが、既に一度リース期間を
延長していますから、もう新しいのにしてもいいかと思って」
「切り替える、切り替える、4Kにしたいんだけど」
結季の声が弾んできた。樹里もつられて微笑みいった、
「お任せください、後ほど、候補2,3お知らせします。」
「ありがと、樹里ちゃん♡」
結季のご機嫌が麗しくなったところに、田中が清水の説明を聞き終わり、
樹里の方に向かってきた。
「林さんは、間に合わなかったみたいね。」
樹里が声を掛けると、
「いえ、大体の状況の把握はできたので僕がいいといったんです。」
と田中はスマホを見せながら言った。例のお試しアプリが起動している。
「大事になりそう?」
と樹里が聞くと、
「工事期間が2日ほど延びるかも知れません。
しかし、以外と変わらないかも知れません。いずれにせよ、
素人判断は不味いので、急ぎ業者さんに来てもらった方がいいでしょう。
システム部としては、全面引き直しを希望されています。
僕も、後々の事を考えればその方がいいような気がします。
あの状態では信頼性が保てませんから。」
床下のケーブルの状態を思い浮かべた樹里は、田中の言葉にさもありなんと頷き、
「林さんの打ち合わせもそろそろ終わるから、今のうちに課長を捉まえましょうか。」
「そうですね。」
同意する田中とともに、総務部のフロアに戻ることにした。
「小助川チーフ、私は部に戻ります。ディスプレイの件は今日中に
メールでお知らせしますから、もう少しお時間ください。
それから、昼休憩後に段ボールが届き始めますので、荷造り開始してくださいね。」
「わかったわ、みんなにも伝えておく。」
結季は機嫌良く返事をした。

 樹里と田中は急ぎ総務に戻ると、課長の須崎に営業部フロアの
配線問題について話を始めた。そうこうするうちに、担当の林も打ち合わせを
終えて戻ってきたので林に簡単に問題を伝えた。林は、施工業者に連絡をし、
午後に担当者に状況を確認しに来社するように依頼をしていた。
 樹里は、その時点で、後は担当者の裁量と判断し、皆から離れ自席に戻った。
そして、結季に約束した4Kモニターの資料をメールで送った。

 昼休憩後、メールをチェックすると結季から返事が既に届いていた。
早速、結季が希望するモニターの情報をリース会社に連絡し、
見積もりの依頼と最短納期を問い合わせた。それが終わると、
企画部のフロアに行き、届いている筈の段ボールをチェックする。
そこに施工業者をつれた須崎、林と田中がフロアに現れた。
彼らが現れた途端、咲紀が席を立ち3人を出迎える。
他の営業事務の女子社員は、その姿にチラリと視線を向けた後、
黙々と自分たちの目の前の仕事を片付け、合間に掛かってくる電話に対応する。
電話は次々と鳴るが、咲紀はそれを無視し、しきりに田中に話しかけていた。
「鈴木さん。」
珍しくまだ社内にいた一条が立ち上がり、声を掛けながら近づいてきた。
「なんでしょうか。」
一条に話しかけられて咲紀は嬉しそうに返事をする。
それに無表情な顔を向け、書類の束を渡し、
「君が担当したこの書類、不備があるからチェックして置いたところ
修正して提出し直して、それと、今週のキャビネ整理の担当は
鈴木さんだったと思うけど、まだファイリングされていない書類が
たまっているみたいだ。それは、今日中にファイリング終えて欲しい。」
咲紀は、みんなの前で、仕事の不備を指摘され一瞬固まった。
その後、書類の束を受け取ると何も言わないで席に戻った。
樹里が様子を窺うと、少し涙ぐんでいるようだった。

 咲紀が席に戻ると須崎達は何事もなかったように作業に戻った。
一条も加わり、施工業者が状況を確認しているのを見ている。
時々須崎が一条に何かを説明している。恐らく、当初の工期予定と、
施工変更による工期の延長についてだろう。工期がどのぐらい延長するかで
フロア移動の日程に影響が出てくる。企画部と開発部の引っ越しを
スムーズに終わらせて、スケジュールに余裕が出るようするため樹里は気を引き締めた。
 その時、聞き覚えのある声がした。
「あれ、咲紀ちゃんどうしたの?」
孝彦が出先から戻ってきたらしい。樹里は、そっと総務部へ戻っていった。
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