石長比売の鏡

花野屋いろは

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16.

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 金曜日、いよいよ、企画部、開発部のフロア移動の日が来た。
今日は、17時までに各自の荷物の箱詰めを終えてもらい、ノー残業で帰宅してもらう。
18時に引っ越し業者が入り、21時までに引っ越し先に持って行くオフィス家具を
新フロアに移動する。ここで、いったん作業は終了。

 翌土曜日に、梱包された段ボール、OA機器を移動する。
希望した社員のOA機器の設置配線、共有キャビネの書類等の開梱まで業者が担当する。
希望する社員は、午後から出勤し、自身のデスク周りの開梱を
しても良いことになっている。

 樹里は、時々、企画部、開発部の箱詰め状況を確認しながら、
総務部のルーティンワークをこなしていた。フロアの一角を不要品置き場を
指定しておいたのだが、思ったより、不要品が出ているようである。
断捨離思想が根付いたのか、今までいくら廃棄を促しても、まだ使える、
必要と言い張られていたいた古い書類や、備品が積まれて山となっている。

 ああ、これは、産廃引き取り業者さんに早々にお越しいただいて、
見積もりを出してもらわないといけないわとなじみの業者の担当社にメールを打った。
当然だが、課長のアドレスにもCCしておく。
課長の須崎はそのメールにすぐに気が付き、どうやら、自身でフロアに出向き、
不要品の山を目にしたようで、田中に

「不要品のところに、勝手に持ち出さないように張り紙しておいてくれ。」

と指示していた。田中は、

「欲しがる人居ると思いますが、駄目ですか?」

と樹里にこっそり聞いてきた。

「確かに欲しがる人居るんだけど、意外と使い勝手が悪かったり、
周りが新しいものを導入しているのをみて失敗に気が付くのよね。」

「そんなもんですか?」

「そんなんものなのよね。本当に必要なら、サイズとか、デザインとか、
考えて購入するでしょ。ぱっと目について良さそうって思っただけのものって、
やっぱり、どこか何か違うのよ。そして、やっぱり捨てるっていってくるから、
その都度産廃業者さん呼ぶことになっちゃって、まぁ2度手間なのよね。」

「なんか、わかるような気がします。」

樹里と話しながらも、張り紙を作っていた田中は、それをプリントアウトすると
早速張り出しに向かっていった。その後ろ姿を見ながら、仕事早いなぁと樹里は感心した。

 16時、樹里達は、残業に備え、早めの休憩をとり軽食で腹ごしらえをした。
17時、企画部、開発部に出向き、各自が梱包を終え、帰り支度をしているのを横
目で見ながら、フロアを歩き、梱包漏れがないかを確認して回る。

 ふと気が付くと、傍らに一条が立っていた。
軽く会釈をし、なにか用かと問うように見上げると

ーこの男は、本当に背が高い

と樹里は改めて思った。168㎝の樹里が見上げるのだ。185㎝はあるだろう。

「長濱さん、…。」

一条が、口を開き掛けた時、

「一条次長~。」

と甘ったるい声がした。鈴木咲紀が、パタパタと一条に向かって
小走りに駆けてきた。それを目にした樹里は、すっと一条から離れた。
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