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銅鑼灣は血の海、灣仔は火の川
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‐1986年。英国領香港。真夏のその日もこの街に夜が訪れようとしていた。夜景の美しい、しかし危険な夜が。
‐香港島・銅羅湾の近辺。看板が所狭しと立ち並ぶ波斯富街。
彪雄貴金属店はその通りの西側に位置していた。目の前を横切るのは二階建ての路面電車トラムだ。
店内には十名近い客と従業員がいた。若い男女、上品そうな老婦人、スーツを着た男、店員に文句をつける年増女。
若い男女の片割れの女性は、店員をいびる客を不満げにじろじろ見ている。
男の方はそれに気づくと、女の肩をたたいて
「ほっとこうよ、姐さん。」
「あー、う~む・・・。」
二人が話していたのは台湾語だった。
「そうよ。ふくれっ面しないで。」
また一人台湾語を発した老婦人。二人の祖母だった。
若い女はクレーマーの方をもう一度見たが、ため息をつくと目の前のショーケースに目を向けた。
並んでいたのはネックレス類。
「どれがいいかな。」
と弟。
女は少し考えてから、
「これかな・・・。」
と一つを指指した・・・。
パン!!
その音は突然鳴り響いた。
彼女は思わず振り向いた。
さっきまでクレームをつけていた客。棒立ちになったかと思うと、いきなり崩れ落ちた。
その後ろには数人の男。サングラスにマスクをしていた。手には黒光りする何かを・・・。
と、一人が彼女たちのほうを見た。手に持っていたものをこちらに・・・。
「伏せて!!」
弟が彼女と祖母にとびかかったのはその時だった。
直後・・・。
ダダダダダダダダダダダッダーッ!!
「うわあああああ!」
ダダダダダダ!
「キャアアアアアアアア!」
パリン!ズガガガガーッ!
ガッシャーッン!パンパンパンパンパン・・・。
‐灣仔近辺。駱克道にあるワンタン専門店。
店内では五、六人の客が思い思いにワンタン麺や粥をすすっていた。
と、その時、どこからかピーピーという電子音が鳴った。
客は一瞬食事をやめ、さりげなく音源を目で探す。
ワンタンを食っていた一人の男。丸顔、濃い眉毛、大柄な体格。地味なズボンに見るからに使い古した半袖シャツ。
その胸ポケットから音が鳴っている。
男はとぼけたように周囲を見回し、視線をポケットに移すとそこからポケベルを取り出した。
不愉快そうにスイッチを押す。音が鳴り止んだ。
他の客はまた食事を始めたが、ポケベルの鳴っていた男だけは違った。
男はカウンターまで行くと、
「唔該(ちょいと失礼)。電話を。」
レジ打ちの若者は訝しげな顔をしつつ、
「得啦(いいっすよ)。」
「唔該(悪いな)。」
男は受話器を手に取った・・・と、同時に店にまた別の男が飛び込んできた。
「おい、ユン!」
電話しようとしていた男が振り向く。
飛び込んできたのは一見二十代くらいの青年、いや、少年のような男だった。
色白の細面で、女装でもしようものなら女にしか見えなくなるはずだ。
ユンと呼ばれた男が口を開く前に、
「彪雄貴金属店の非常回線が作動した。」
「貴金属店?強盗か?」
「まだ分からない。」
「…クルマはあるか、キン。」
「見りゃわかるだろ。」
なるほど、いつの間にか道の反対側にシルバーのホンダ・アコードが止まっていた。
エンジンがかかったままで、屋根の青いランプが周囲を照らしている。
「お前の銃はグローブボックスの中だ。さ、行くぞ。」
キンと呼んだ男とともにユンは‐店員に代金を払ってから‐店を飛び出し、道を横切り、アコードにたどり着く。
ユンは運転席に乗り込むと、ギアを入れ替え、サイドブレーキを上げ、アクセルを踏み込む。
アコードは発進した・・・バックで。
「何バックで走ってんだよ、というかここ逆走禁止だろが!」
「うるさい!」
駱克道は一方通行なのだ。クルマで波斯富街へ行くには、銅鑼湾の方へ走り、軒尼詩道に出て、また西へ向かうしかない。だが・・・。
「回り道やってる間に、逃がしちまっていいっていうのか?」
「分かったよ、兄弟、任・せ・る#。」
アコードは駱克道から波斯富街に出るとバックスピン。ようやく前を向いて現場へと急ぐ。
軒尼詩道との交差点を通り越した時だった。
禮頓道へ向かうトラム。その後ろから1台の的士(タクシー)が飛び出してきた。
正面衝突寸前で避け、アコードは右側の歩道に乗り上げ停車。
タクシーはそのまま軒尼詩道へ出て、左折していった。
ユンが後ろをにらみながら
「近頃の運転手は酷いな。」
「今の連中だ。」
「え?」
キンを見る。
「今のが強盗犯だ。」
「本当か?」
「間違いない。車内にライフルが見えた。」
ユンは一瞬考える表情をしたが、すぐに
「お前降りろ。」
「え?」
「俺が追跡する。お前は現場を・・・快啲!(早くしろ!)」
「分かったよ。」
渋々キンはアコードから降りた。
直後、アコードはまたしてもバックで発進。そのまま軒尼詩道に出るとさっきのようにバックスピン。
タクシーの後を追って行った。
残されたキンは現場へ向かう。強盗があったのはこの通りの、クルマの進行方向から見て右側の一店だ。
その店の前にアタフタした様子の男性がいた。
キンが駆け寄る。
「タクシー盗まれたんですよ、銃持った連中に。早く警察を・・・。」
「落ち着いて。」
キンはシャツの胸ポケットからプレートを出し、クリップで留めた。
自分の写真が貼られ、所属-灣仔警署CID-とIDナンバー、それに「陳永健」と名前が記されている。
タクシーを盗まれたらしい運転手は、相手が警官だと分かると
「あいつら、地下鉄の近くから乗り込んだんですがね、ここまで来たらいきなり銃突きつけて引きずり下ろして、車を奪って行ったんですよ。捕まえてくださいよ。車がなかったら商売ができない。」
「分かりました。では全力を挙げて・・・。」
なおもすがる運転手を制して、キンは現場となった店へ入っていく・・・
店内は酷い地獄絵図だった。壁は銃弾で穴だらけ。
床は血の海。そこかしこに人が倒れている。キンは一人ひとり呼びかけたが、その度に無駄だと思い知らされた。
一番酷かったのは、正面から銃弾を受けたらしいスーツ姿の初老の男性だった。顔面は血まみれで目玉がなくなっていた。傍らにはコルトの45口径拳銃M1911A1が転がっていた。
キンは吐きそうになりながら店内を見回す。
ショーケースのほとんどが銃撃で粉々になり、原型を留めていない。
そこから転げ落ちたと思われる時計や貴金属類が床に散乱していた。
時計の中には銃弾を浴びてバラバラになり、ねじや歯車をぶちまけたものもあった。
キンは考え込む。
「手口が荒すぎるな・・・。」
奪った品で金を得るには、闇ルートで売りさばかなければならない。
中華圏の故買ブローカーはとても厳しい。
品物にちょっとでも傷がついていた場合、下手をすると十分の一以下まで買いたたくことは珍しくない。
あの連中は、銃を手に入れた以外はほとんど無計画で強盗に走ったのか?それとも・・・。
「助・・・。」
キンはハッとした。まだ反応を確かめていない客がいた。
店内左端の方に、男女が折り重なって倒れている。
すぐさまそっちに駆け寄った。
折り重なって倒れている二人は、若い男と老婦人だった。その下から
「助命・・・。」
「待っててくれ。」
キンはまず若い男-キンと似たような感じの若者だ-をどかして寝かせた。
続いて老婦人を・・・とキンは息をのんだ。
声の主。それは若い女性だった。
顔はやや卵型。太い眉毛に、大きく深い瞳、整った顔立ち。
キンじゃなくても一目見ただけでハッとなりそうな美人だった。
彼女は放心したような表情をしていた。自分の目の前で何が起きた出来事が信じられないような・・・。
「皓・・・阿媽(おばあちゃん)・・・。」
彼女の目は自分に折り重なって倒れていた二人へ向けられていた。彼女の家族か・・・。
「えーと…僕は・・・警察官だ・・・今、救急車を呼ぶよ。君も・・・あの二人も助けるから・・・大丈夫・・・。」
他に何を言えばいいか、キンには分からなかった。
一方、軒尼詩道。
時折、他のクルマにぶつけながらひた走るタクシー。それを青いランプを光らせたアコードが追い回す。
2台が高速道路の下をくぐった直後、堅拿道の方からまた1台のクルマが飛び出した。
ユンのアコードと同じように青ランプを光らせた白黒のワゴン‐フォード・コーティナMkⅣ。
アコードに遅れてタクシーを追いかける。
と、タクシーが幌付きの赤いトラックに接触、フラと揺れたトラックの荷台から何かが転がり落ちた。
ユン「仆街(クソッ)(゚Д゚)!!」
ユンはハンドルをきり、物体-ガスタンクを避けた。
が、コーティナの方はよけきれず、ガスタンクに直撃。
ドッカーン!!
コーティナは爆発音と共に宙に舞い、一回転。そのまま運悪く走ってきたトラムと正面衝突した。
タクシーの方は相変わらずわき目振る様子もなく、突っ走る。
「こちら周潤飛刑事だ。犯人は軒尼詩道を金鐘方面へ逃走している。応援は?」
無線の返事が灣仔警區總部(※1)から帰って来る。
「周Sirへ。現在、衝鋒隊(緊急対応巡回隊)車両が2台、金鐘からそちらに向かっています。到着次第・・・。」
「見えたよ!」
菲林明道との交差点にさしかかる頃だった。
反対車線に、青いランプが見えた。サイレンも聞こえる。姿を見せたのは、紺色に塗られた四輪駆動車ランドローバーが2台。俗に衝鋒車と呼ばれるパトカーだ。五,六人ほどの警察官を乗せ、街を巡回するのに使われる。
うち1台が交差点に躍り出て、行く手をふさいだ。
タクシーはスピンしながらローバーに横からぶつかり、停車・・・と思いきや、諦め悪くまた発進した。
もう1台のローバーもタクシーの行く手を阻もうとしたが失敗。二階建てバスに追突してしまった。
タクシーに続き、ユンのアコードも菲林明道に入った。ローバーも後に続く。
タクシーは告士打道をまたぐ天橋を上っていく。
バカな連中だとユンは思った。すぐそばにはユンが所属する灣仔警署がある。
今頃天橋の上は…。
「EU・HK2より周Sirへ。」
後ろの2台とは別の衝鋒車からの無線だ。
「どうした?」
「現在、天橋の上に来ました。これで袋のネズミです。」
「そうか…よし…。」
天橋を上るタクシー。それに乗っていた賊たちは中国大陸側・廣東省から来た男共だった。
「うぅ…。」
「しっかりしろ!仆街(チクショウ)…。」
彼らは一山当てに香港にやって来たはいいが、生活になじめず、裏街道でチンピラになった連中だった。
ある人物から、報酬付の仕事を与えると言われ、あの貴金属店を襲ったのだ。
その人物は、武装した警備員を雇っていない店で、また、警察はすぐに来ないから大丈夫だと言った。
無線も渡して、それで指示を出すからその通りに動け。うまく逃がしてやるとも言った。
が。店を襲った時、仲間の一人が負傷した。そこからヤケになってあの無差別射撃に至った。
「応答してくれ!おい、応答してくれよ!何してんだ!」
無線で呼びかけても“雇い主”の声は聞こえてこなかった。
彼に騙されたのだろうか?不信感が男達を包み始めた時だった。
目の前に5,6台のパトカーが停車し、道を塞いでいるのが見えた。
「!Uターンしろ!」
タクシーはUターンした。が、さっきぶつかりそうになったパトカー2台がもう追いつくところだった。
「うぅ…仆街!(クソが!)」
後部座席の一人が、AK小銃のコピーであるノリンコ56式を抱え、窓から身を乗り出した・・・。
ランドローバー衝鋒車の1台-EU・HK5を運転している9875はまだ若い警官だった。
彼は自分のクルマに向かって走って来るタクシーの窓から、男が身を乗り出し、銃を構えるのを見た。
慌ててブレーキを踏もうとしたが、それより先に銃口から火が噴きだした。次いでガラスが割れる音。
瞬間、彼は腕が吹っ飛んだような痛みを受け、足をブレーキペダルから離してしまった。
タクシーを運転する男の一人。彼の目の前にヘッドライトの光が迫っていた。
「ぶつかる!停車!!!」
「間に合わねえエエエ!!!」
わずか数秒後。運転していた男は目の前が真っ白になった。
顔面からフロントガラスに突っ込み、額が割れたことは認識できなかった。
クルマが衝突する音はユンにも聞こえた。彼はちょうど告士打道へ出る場所にアコードを止めていた。
「何やってんだよ・・・。」
ユンは顔を片手で覆った。
「こちらEU・HK2…。」
無線からさっきの衝鋒車の警官の声。
「逃走車はEU・HK5と正面衝突し、停車。これより乗員を・・・アッ!!!」
ズガガガガガ・・・!!!
「どうした!?」
「連中が撃って来た!」
「仆街!!」
タクシーに乗っていた強盗団。そのうち、運転していた一人はフロントガラスを突き破り、血まみれになっていた。
窓から身を乗り出していた一人は、タクシーから転げ落ちていた。
そいつに銃を向けて近づいた警官二名が、最初に餌食になった。その場に倒れる。
最初に撃ってきたのはタクシーの後部座席にいた一人。56式ライフルをフルオートで乱射している。
「カバー!援護しろ!!」
警官達は衝鋒車を盾に守りを固めた・・・が、転げ落ちた一人が悪運強く意識を取り戻したらしく、撃たれた警官の一人を羽交い絞めにした。
「来るなら来てみろ!!てめえらの仲間ぶっ殺すぞ!!!!他妈!(この野郎!)」
人質をとったやつが脇から54式トカレフ拳銃、通称黒星を抜き、包囲網へ発砲。そのまま歩道の手すりに背をつける。
タクシーから降りた一人も撃ちまくってくる。
衝鋒隊もスターリング・サブマシンガンやミリタリーポリス・リボルバー、M870ショットガンなどで応戦するが、人質がいるせいで思うように撃てない。
「こちらEU・HK2!4209と3371が人質に取られ、危険な状態!狙撃手か誰か…そうだ。飛虎隊(※1)の応援を要請…。」
警官の一人7813は無線に向かって喚いていた。
チュンチュン!パリンパリン!!
「クソッ!」
「またひとり撃たれたぞ!」
「救護車(※2)はどうした!?」
「こちらEU・HK2。直ちに応援を!」
「EU・HK2、聞こえるか!?状況は?」
無線からユンの声が聞こえてきた。
「周Sir!今、二人が人質に・・・大変危険な状況です。」
「俺が奴らを撃ったら、撃ちながら突っ込んで二人を救出しろ。」
「Yes,Sir・・・。」
ユンは天橋のそばにある歩道橋を上っていた。右手にはコルト・ディテクティブを握っている。
背を低くしながら賊たちの背後に迫った。
警官を人質にしているのが一人。AKを撃っているのが一人。
タクシーの中にも二人いるようだが、一人はガラスを突き破ってから身動き一つしていない。
もう一人は後部座席の中でうずくまり、何もしてこなかった。
ユンはまず、警官を人質にしている方を狙った。
パーン!パーン!
弾は賊の肩に当たった。
賊は銃を警官から手を離した。
パンパン!パンパン!!
ユンは走りながら賊たちに向かって4発放った。
ズダダダダダダダダ…!チューンチューン!
AKから放たれた弾丸が火花を散らす…と銃撃が急に止んだ。
弾切れか?と思って振り返ると、賊たちはタクシーに戻っていた。
逃げるつもりか。
エンジンをかけようとしているようだが、うまくいかないようだ。
その間に、警官数名が銃火をかいくぐり、倒れていた仲間を救出した。
ユンはそれを見届けつつ、すぐにディテクティブをスイングアウトし、空薬莢を落とし、スピードローダーで再装填した。
と、その時、別の一人が芋潰しのようなものを取り出すのが見えた。
「!」
ユンはそれが何かよく知っていた。
第二次世界大戦でよく使われたタイプの手榴弾だ。
最近、中国本土でコピー品が大量生産され、その一部が香港に流れてきているのも知っていた。
「ヤバい…。」
賊が手榴弾の柄の尻から紐を伸ばした(※3)その瞬間、ユンは反射的に手榴弾を持った男を狙った。
パーン!
賊は弾を喰らい、手榴弾は道路に落ちてタクシーの下に転がっていった…。
この時、警官7813は衝鋒車の陰に隠れ、撃たれた腕を押さえながら様子をうかがっていた。
応戦しようかと考えては怖気づいての繰り返しだった。下手に降りれば蜂の巣にされるかもしれない。
彼は警察学校を出てからまだ4年程度で、経験が浅かった。
芋潰しのような手榴弾を持った賊が撃たれるところも見えていた。
その次の瞬間だった。
「隠れろ!」
ボッカーン!
大爆発と共にタクシーは吹っ飛ばされ、宙返りしながら下の道路に転げ落ちていった。
下の道路には一般車両が走っていたが、その中の一台-ガスボンベを積んだレイランドFGトラックの荷台にタクシーは落ちた。
ドライバーたちは急に上から落ちてきた車に驚き、次々ブレーキを踏んだ。多重衝突が起こった。
トラックの運転手は降りるなり叫んでいた。
「ボンベを積んでいる!爆発するぞ!」
ドライバーたちは我先にと逃げ出していた。
一方、ユンは歩道橋から降りて行き、タクシーに近づこうとしていた…が叶わなかった。
ユンの目の前でタクシーは大爆発した。そして潰れたトラックや周りの車も次々に発火・炎上。
告士打道にはあっという間に炎が走った。
ユンは危うく火に飲まれそうになりながらどうにか退避した。
「…ひでぇ…。」
ユンはうなだれた。また上司から大目玉喰らっちまう…。
一方。彪雄貴金属店。
表にはパトカーや救急車が何台も停車し、店内からは死体が次々に運びだされていた。
全部で十一人の射殺死体が発見された。後から駆けつけた警官によると、その中の一人、顔を滅茶苦茶にされた男は韓彪といい、この店の店主らしい。
結局、居合わせた客や店員に生存者はいなかった。キンが見つけた女性を覗いては。
彼女は救急車の中で毛布を被り震えていた。怪我に関しては、ガラスの破片などによる擦り傷が腕に多数ある程度だった。
「君の…名前は?」
キンは恐る恐る質問していた。
「包…珠玲…叉焼包の包に…珠…リンは…王に令…。」。」
キンは話を聞きながら手帳にメモしていく。
「『チュ』だね。」
チュは台湾語で話していたが、キンにも大体通じた。
「…君と一緒に倒れていたのは…。」
「…弟と…おばあちゃん…名前は…包皓成…ウォン…黃曼紅…。」
チュが事情聴取に耐えられそうにないとキンは思った。今にも泣きそうな顔だ。
「あの…無理しなくても…もう病院に…。」
「…病院…行ったって…もう…。」
「…。」
「…いきなり…音がして振り向いたら…男…四人か五人が銃を…多分最初に…あの…少し太った女性を撃って…それから…私たちを…弟とおばあちゃん…。」
この時、チュにはそこまで話すのが限界だった。たちまち泣き崩れ、キンにすがりついた。
キンは一瞬固まった。彼は訳あって女と接するのが苦手だった。
だからどうすればいいか…とりあえず、優しく背中を撫でるしか…。
「陳永健!」
「はっ!」
怒鳴り声がした方を見た。
スーツ姿の刑事たちが数人、店内から出てきて、キンをじろじろ見ていた。
彼らを引き連れていたのは、角顔で目のやや細長い三十代くらいの男だった。
「李…李Sir…。」
「その女性は客か?」
「え?はい…ですが…今はショックが大きいので…事情聴取は…。」
「後でしやすいようにケアか?」
取り巻きの刑事の一人が冷やかした。丸顔で少し顎が尖っている若い男だった。
「レオン。」
李Sirと呼ばれた男が睨みつけた。
彼の名は李修丹。警察總部刑事部(※5)の刑事で、組織犯罪関係を担当する部署OCTBの主任だった。
注意された刑事は程志良。通称レオン。李の部下の一人で、キンとも顔なじみだった。
「…Sorry,Sir.」
「現場を見たが、見当は付いている。二か月前の尖沙咀チムサーチョイの一件と同じ手口だ。」
「尖沙咀の…確か、羅ロー時計店でしたよね?」
「ああ。だが、あの時の連中は死体となって発見されている。直接的なつながりがあるかは微妙だな。」
「すると…。」
「背後に実行犯たちを操る何らかの組織がいるとなると、この件は我々OCTBが指揮を取る事になるはずだ。
さ、君は…彼女を病院へ連れていけ。手がかりが得られるかどうかは分からんが。」
「は…Yes.Sir.…それじゃぁ…。」
チュがコクリとうなずくのを見て、キンは救急車のドアを閉めようとした。
「ああ、キン。」
レオンが声をかけてきた。
「ユンは元気か。」
「ああ。お前にまずい酒押し付けたがってた。」
「そうかい。それじゃ。」
レオンが扉を閉めると同時に、救急車はサイレンを鳴らし出発した。
告士打道。
あの爆発の後、ユンは一人で消火を行おうとしたが無理だった。結局、火を消し止めたのは駆けつけた消防隊だった。
ユンは今、燃えたタクシーの中を探っていたが、犯人は全員焼死。
証拠も殆ど燃えてしまっただろう。めぼしいものは見つからなかった。
諦めて貴金属店の方へ行こうと思った時だった。
「これ、犯人たちのでは?」
警官の一人-番号は7813-が、焦げ跡のあるボストンバッグを持ってきた。ユンは受け取るとバッグの口を開けた。
中身はAK小銃や手榴弾などの火器。それに時計や指輪、アクセサリー類等が無造作に放り込まれていた。
「路肩に落ちてました。たぶん、最初の爆発の時、タクシーから転げ落ちたんでしょうね。」
「お手柄だな…ほら、手榴弾。」
「ヒィッ」
7813は後ずさった。
「ハハハ…ビビるなよ…ん?」
武器や奪った品物に混じって、トランシーバーがバッグの中に入っていた。
「他に仲間でもいて、連絡を取り合っていたんでしょうか?」
「ふむ…。」
ユンも少し気になった。が、
「…俺、貴金属店の方行ってくる。」
「え?しかし…。」
「あと頼んだぞ、じゃ。」
「…自由な人だなぁ…。」
7813のボヤキはユンには聞こえなかった。
彪雄貴金属店。
ユンが来た時には、現場検証は殆ど終わっていて、最後の遺体が運び出されるところだった。
「あぁちょっと…。」
ユンは担架に被さったシートをめくった。
「ん?あっ。」
三十後半から四十代くらいに見える男だった。四角い顔で頬には古い切り傷があった。
服装はグレーのスーツだったが、血にまみれて全身赤茶色に染まっていた。
「あんたも見おぼえあるだろ。」
振り向くと、知った顔がいた。
「レオンか。」
「久しぶり。」
レオンは少し前までユンやキンと同じ灣仔署の刑事だった。出世し本部に移ったのだ。
「O記(OCTB)はどうだ?」
「居心地はまぁまぁってところだよ。」
「この前、ベトナム人の武器密売組織摘発したんだろ?」
「ああ、大仕事だったよ…吸うか?」
「ありがとう。」
レオンから煙草をもらって咥え、シャツのポケットからマッチ箱を取り出した。1本擦って煙草に火をつける。
「しかし驚いたな…被害者の中にあいつがいるとは…。」
「あぁ偶然か或いは…。」
さっき運ばれていった死体は、三合会(香港ヤクザ)の構成員で、殺し屋と噂される男だった。
ユンが何度か逮捕したが、殺しの証拠が見つからず、結局軽い懲役を受けただけだった。
「手がかりありそうか?」
「それがさ…客も店員も本当にほぼほぼ皆殺しにされちまって…。」
「客と店員全員だと?」
「ああ、店員五人に、客五人、それとこの店の店主もな。唯一助かった客がいるんだが、目の前で家族撃ち殺されたショックで事情聴取ができるかどうか…。」
「そうか…キンはどうした?」
「その生き残った客と一緒に病院行ったよ。何か聞き出してくれればいいんだが…。」
「そうか…。」
ユンは浮かない顔になった。
「どうしたんだ?暗い顔して…。」
「あぁ、あいつさ…ん?お前まだそのおまじないやってるのか?」
レオンの右の小指に細い糸が巻かれていた。
「ああ。これ今でも結構効くんだ。覚えているだろ?これで警長(※)の昇進試験合格してさ…お前にも教えただろ?」
「ああ、そうだったな確かこれやって…ダメだ。嫌な事思い出した。」
「何だよ。彼女のこと、まだ気にしてるのかよ…?」
雑談を重ねながら二人は貴金属店へ入っていった。
聖保祿醫院
銅鑼灣の東院道と銅鑼灣道の交差点にある病院。1848年に灣仔に作られた孤児院を前身とする、歴史ある病院の一つだ。
その病室の一つにチュはいた。
虚ろなままベッドの上に仰臥し、電灯を見つめていた。
彼女自身の怪我は大したことなかった。だが、何の気休めにもならない。弟と祖母はもういない。
悔しさに打ちひしがれていた。
チュの父は台湾空軍のパイロットだった。だが、チュが5歳の時、墜落事故で帰らぬ人となった。
翌年には母親も病死した。
祖母の曼紅がずっと親代わりをしていた。チュにとって、家族は弟の皓成と祖母だけだった。
家出はいつも二人と一緒だった。笑って、泣いて、喧嘩して過ごしていた。二人がチュの全てだった。
その二人が、目の前で突然死んだ。
今夜は眠ろうとは思わなかった。絶対に二人の夢を見る。悪夢かもしれない。
チュは傍らに目をやった。
現場から付き添ってきた、若くて少年のような顔をした刑事はまだそこにいた。
一度、そばを離れたと思ったら、しばらくしてまだ戻ってきていた。
仲間から連絡があって、それを電話で聞きに行っていたらしい。
強盗達は警官との撃ち合いで全員死んだと教えられた。だが今のチュにはどうでもよかった。
チュは警察官があまり好きではなかった。怪しいと見れば威圧的に職務質問。
刑事だったら、事件の被害者からお構いなしに何でも聞き出そうとする。そういうものだと思っていた。
だが、彼は何も聞いてこなかった。刑事なのに。
「聞かない…の?」
彼に声をかけた。
「え?」
「…強盗のこと…聞かないの?」
「…。」
「刑事の仕事でしょう?どうして何も聞こうとしないの?」
「…無理に思い出させたら、君は辛い思いをするだろう。」
「同情はやめて。」
言い放った。
「同情…かもしれない。」
彼は自嘲気味にぎこちなく笑った。
「でもそれだけじゃないんだ。僕の場合はまぁいろいろあって…今は君に無理してさっきの事を思い出させようとは思わない。第一、今の君には…悪いけど無理だ。」
「…心理学でも習っているの?」
苛立って意地悪く当たった。
「そういうわけじゃないけど…とにかく今、君に必要なのは…事情聴取じゃない。」
彼は真剣で、それでいてどこか穏やかな顔のままだった。
「だったら…帰ってください。」
「…。」
「今は一人にさせて…放っといてください。」
彼はどう言おうか迷うような顔をした後、
「それじゃ…悪いけど、僕はそろそろ行くよ。また来るかもしれない。もし、君の方から何か言いたいことがあったら…ここに電話して。」
電話番号が書かれたメモを渡された。
「いつでも連絡していい。それじゃぁ。」
彼は病室から出て行く。
チュはぼんやりとそれを見送った。
本当は一人は嫌だった。だが、彼女にとって香港は、身内のいない他所の街に過ぎなかった。
他人が付いてくれていたって何にもならない。
あの二人が戻ってくるわけでもにない。そう、もう二度と…。
(※1)「警區」とは、香港の各地に設けられた警察管轄区分のこと。
(※2)SDU。特殊部隊。
(※3)救急車のこと。
(※4)柄付き手榴弾は、柄の尻にあるボトルキャップ型の安全カバーを外し、柄の内部に収納してある紐(弾殻の信管に繋がっている)を引き抜くことで、信管側の端に付けられた金属ピンと擦り薬との間に摩擦が発生、これにより火花が生じ、導火薬に着火、3、4秒の遅延時間を経て爆発する。
(※5)「警察總部」は香港警察の総本部。刑事部はその中の乙部門(刑事及び保安處)にある。
一方、ユンやキンは灣仔署所属の所轄刑事。日本でいえば都道府県警刑事部と所轄刑事部署の関係か。
(※6)警長=巡査部長のこと。
‐香港島・銅羅湾の近辺。看板が所狭しと立ち並ぶ波斯富街。
彪雄貴金属店はその通りの西側に位置していた。目の前を横切るのは二階建ての路面電車トラムだ。
店内には十名近い客と従業員がいた。若い男女、上品そうな老婦人、スーツを着た男、店員に文句をつける年増女。
若い男女の片割れの女性は、店員をいびる客を不満げにじろじろ見ている。
男の方はそれに気づくと、女の肩をたたいて
「ほっとこうよ、姐さん。」
「あー、う~む・・・。」
二人が話していたのは台湾語だった。
「そうよ。ふくれっ面しないで。」
また一人台湾語を発した老婦人。二人の祖母だった。
若い女はクレーマーの方をもう一度見たが、ため息をつくと目の前のショーケースに目を向けた。
並んでいたのはネックレス類。
「どれがいいかな。」
と弟。
女は少し考えてから、
「これかな・・・。」
と一つを指指した・・・。
パン!!
その音は突然鳴り響いた。
彼女は思わず振り向いた。
さっきまでクレームをつけていた客。棒立ちになったかと思うと、いきなり崩れ落ちた。
その後ろには数人の男。サングラスにマスクをしていた。手には黒光りする何かを・・・。
と、一人が彼女たちのほうを見た。手に持っていたものをこちらに・・・。
「伏せて!!」
弟が彼女と祖母にとびかかったのはその時だった。
直後・・・。
ダダダダダダダダダダダッダーッ!!
「うわあああああ!」
ダダダダダダ!
「キャアアアアアアアア!」
パリン!ズガガガガーッ!
ガッシャーッン!パンパンパンパンパン・・・。
‐灣仔近辺。駱克道にあるワンタン専門店。
店内では五、六人の客が思い思いにワンタン麺や粥をすすっていた。
と、その時、どこからかピーピーという電子音が鳴った。
客は一瞬食事をやめ、さりげなく音源を目で探す。
ワンタンを食っていた一人の男。丸顔、濃い眉毛、大柄な体格。地味なズボンに見るからに使い古した半袖シャツ。
その胸ポケットから音が鳴っている。
男はとぼけたように周囲を見回し、視線をポケットに移すとそこからポケベルを取り出した。
不愉快そうにスイッチを押す。音が鳴り止んだ。
他の客はまた食事を始めたが、ポケベルの鳴っていた男だけは違った。
男はカウンターまで行くと、
「唔該(ちょいと失礼)。電話を。」
レジ打ちの若者は訝しげな顔をしつつ、
「得啦(いいっすよ)。」
「唔該(悪いな)。」
男は受話器を手に取った・・・と、同時に店にまた別の男が飛び込んできた。
「おい、ユン!」
電話しようとしていた男が振り向く。
飛び込んできたのは一見二十代くらいの青年、いや、少年のような男だった。
色白の細面で、女装でもしようものなら女にしか見えなくなるはずだ。
ユンと呼ばれた男が口を開く前に、
「彪雄貴金属店の非常回線が作動した。」
「貴金属店?強盗か?」
「まだ分からない。」
「…クルマはあるか、キン。」
「見りゃわかるだろ。」
なるほど、いつの間にか道の反対側にシルバーのホンダ・アコードが止まっていた。
エンジンがかかったままで、屋根の青いランプが周囲を照らしている。
「お前の銃はグローブボックスの中だ。さ、行くぞ。」
キンと呼んだ男とともにユンは‐店員に代金を払ってから‐店を飛び出し、道を横切り、アコードにたどり着く。
ユンは運転席に乗り込むと、ギアを入れ替え、サイドブレーキを上げ、アクセルを踏み込む。
アコードは発進した・・・バックで。
「何バックで走ってんだよ、というかここ逆走禁止だろが!」
「うるさい!」
駱克道は一方通行なのだ。クルマで波斯富街へ行くには、銅鑼湾の方へ走り、軒尼詩道に出て、また西へ向かうしかない。だが・・・。
「回り道やってる間に、逃がしちまっていいっていうのか?」
「分かったよ、兄弟、任・せ・る#。」
アコードは駱克道から波斯富街に出るとバックスピン。ようやく前を向いて現場へと急ぐ。
軒尼詩道との交差点を通り越した時だった。
禮頓道へ向かうトラム。その後ろから1台の的士(タクシー)が飛び出してきた。
正面衝突寸前で避け、アコードは右側の歩道に乗り上げ停車。
タクシーはそのまま軒尼詩道へ出て、左折していった。
ユンが後ろをにらみながら
「近頃の運転手は酷いな。」
「今の連中だ。」
「え?」
キンを見る。
「今のが強盗犯だ。」
「本当か?」
「間違いない。車内にライフルが見えた。」
ユンは一瞬考える表情をしたが、すぐに
「お前降りろ。」
「え?」
「俺が追跡する。お前は現場を・・・快啲!(早くしろ!)」
「分かったよ。」
渋々キンはアコードから降りた。
直後、アコードはまたしてもバックで発進。そのまま軒尼詩道に出るとさっきのようにバックスピン。
タクシーの後を追って行った。
残されたキンは現場へ向かう。強盗があったのはこの通りの、クルマの進行方向から見て右側の一店だ。
その店の前にアタフタした様子の男性がいた。
キンが駆け寄る。
「タクシー盗まれたんですよ、銃持った連中に。早く警察を・・・。」
「落ち着いて。」
キンはシャツの胸ポケットからプレートを出し、クリップで留めた。
自分の写真が貼られ、所属-灣仔警署CID-とIDナンバー、それに「陳永健」と名前が記されている。
タクシーを盗まれたらしい運転手は、相手が警官だと分かると
「あいつら、地下鉄の近くから乗り込んだんですがね、ここまで来たらいきなり銃突きつけて引きずり下ろして、車を奪って行ったんですよ。捕まえてくださいよ。車がなかったら商売ができない。」
「分かりました。では全力を挙げて・・・。」
なおもすがる運転手を制して、キンは現場となった店へ入っていく・・・
店内は酷い地獄絵図だった。壁は銃弾で穴だらけ。
床は血の海。そこかしこに人が倒れている。キンは一人ひとり呼びかけたが、その度に無駄だと思い知らされた。
一番酷かったのは、正面から銃弾を受けたらしいスーツ姿の初老の男性だった。顔面は血まみれで目玉がなくなっていた。傍らにはコルトの45口径拳銃M1911A1が転がっていた。
キンは吐きそうになりながら店内を見回す。
ショーケースのほとんどが銃撃で粉々になり、原型を留めていない。
そこから転げ落ちたと思われる時計や貴金属類が床に散乱していた。
時計の中には銃弾を浴びてバラバラになり、ねじや歯車をぶちまけたものもあった。
キンは考え込む。
「手口が荒すぎるな・・・。」
奪った品で金を得るには、闇ルートで売りさばかなければならない。
中華圏の故買ブローカーはとても厳しい。
品物にちょっとでも傷がついていた場合、下手をすると十分の一以下まで買いたたくことは珍しくない。
あの連中は、銃を手に入れた以外はほとんど無計画で強盗に走ったのか?それとも・・・。
「助・・・。」
キンはハッとした。まだ反応を確かめていない客がいた。
店内左端の方に、男女が折り重なって倒れている。
すぐさまそっちに駆け寄った。
折り重なって倒れている二人は、若い男と老婦人だった。その下から
「助命・・・。」
「待っててくれ。」
キンはまず若い男-キンと似たような感じの若者だ-をどかして寝かせた。
続いて老婦人を・・・とキンは息をのんだ。
声の主。それは若い女性だった。
顔はやや卵型。太い眉毛に、大きく深い瞳、整った顔立ち。
キンじゃなくても一目見ただけでハッとなりそうな美人だった。
彼女は放心したような表情をしていた。自分の目の前で何が起きた出来事が信じられないような・・・。
「皓・・・阿媽(おばあちゃん)・・・。」
彼女の目は自分に折り重なって倒れていた二人へ向けられていた。彼女の家族か・・・。
「えーと…僕は・・・警察官だ・・・今、救急車を呼ぶよ。君も・・・あの二人も助けるから・・・大丈夫・・・。」
他に何を言えばいいか、キンには分からなかった。
一方、軒尼詩道。
時折、他のクルマにぶつけながらひた走るタクシー。それを青いランプを光らせたアコードが追い回す。
2台が高速道路の下をくぐった直後、堅拿道の方からまた1台のクルマが飛び出した。
ユンのアコードと同じように青ランプを光らせた白黒のワゴン‐フォード・コーティナMkⅣ。
アコードに遅れてタクシーを追いかける。
と、タクシーが幌付きの赤いトラックに接触、フラと揺れたトラックの荷台から何かが転がり落ちた。
ユン「仆街(クソッ)(゚Д゚)!!」
ユンはハンドルをきり、物体-ガスタンクを避けた。
が、コーティナの方はよけきれず、ガスタンクに直撃。
ドッカーン!!
コーティナは爆発音と共に宙に舞い、一回転。そのまま運悪く走ってきたトラムと正面衝突した。
タクシーの方は相変わらずわき目振る様子もなく、突っ走る。
「こちら周潤飛刑事だ。犯人は軒尼詩道を金鐘方面へ逃走している。応援は?」
無線の返事が灣仔警區總部(※1)から帰って来る。
「周Sirへ。現在、衝鋒隊(緊急対応巡回隊)車両が2台、金鐘からそちらに向かっています。到着次第・・・。」
「見えたよ!」
菲林明道との交差点にさしかかる頃だった。
反対車線に、青いランプが見えた。サイレンも聞こえる。姿を見せたのは、紺色に塗られた四輪駆動車ランドローバーが2台。俗に衝鋒車と呼ばれるパトカーだ。五,六人ほどの警察官を乗せ、街を巡回するのに使われる。
うち1台が交差点に躍り出て、行く手をふさいだ。
タクシーはスピンしながらローバーに横からぶつかり、停車・・・と思いきや、諦め悪くまた発進した。
もう1台のローバーもタクシーの行く手を阻もうとしたが失敗。二階建てバスに追突してしまった。
タクシーに続き、ユンのアコードも菲林明道に入った。ローバーも後に続く。
タクシーは告士打道をまたぐ天橋を上っていく。
バカな連中だとユンは思った。すぐそばにはユンが所属する灣仔警署がある。
今頃天橋の上は…。
「EU・HK2より周Sirへ。」
後ろの2台とは別の衝鋒車からの無線だ。
「どうした?」
「現在、天橋の上に来ました。これで袋のネズミです。」
「そうか…よし…。」
天橋を上るタクシー。それに乗っていた賊たちは中国大陸側・廣東省から来た男共だった。
「うぅ…。」
「しっかりしろ!仆街(チクショウ)…。」
彼らは一山当てに香港にやって来たはいいが、生活になじめず、裏街道でチンピラになった連中だった。
ある人物から、報酬付の仕事を与えると言われ、あの貴金属店を襲ったのだ。
その人物は、武装した警備員を雇っていない店で、また、警察はすぐに来ないから大丈夫だと言った。
無線も渡して、それで指示を出すからその通りに動け。うまく逃がしてやるとも言った。
が。店を襲った時、仲間の一人が負傷した。そこからヤケになってあの無差別射撃に至った。
「応答してくれ!おい、応答してくれよ!何してんだ!」
無線で呼びかけても“雇い主”の声は聞こえてこなかった。
彼に騙されたのだろうか?不信感が男達を包み始めた時だった。
目の前に5,6台のパトカーが停車し、道を塞いでいるのが見えた。
「!Uターンしろ!」
タクシーはUターンした。が、さっきぶつかりそうになったパトカー2台がもう追いつくところだった。
「うぅ…仆街!(クソが!)」
後部座席の一人が、AK小銃のコピーであるノリンコ56式を抱え、窓から身を乗り出した・・・。
ランドローバー衝鋒車の1台-EU・HK5を運転している9875はまだ若い警官だった。
彼は自分のクルマに向かって走って来るタクシーの窓から、男が身を乗り出し、銃を構えるのを見た。
慌ててブレーキを踏もうとしたが、それより先に銃口から火が噴きだした。次いでガラスが割れる音。
瞬間、彼は腕が吹っ飛んだような痛みを受け、足をブレーキペダルから離してしまった。
タクシーを運転する男の一人。彼の目の前にヘッドライトの光が迫っていた。
「ぶつかる!停車!!!」
「間に合わねえエエエ!!!」
わずか数秒後。運転していた男は目の前が真っ白になった。
顔面からフロントガラスに突っ込み、額が割れたことは認識できなかった。
クルマが衝突する音はユンにも聞こえた。彼はちょうど告士打道へ出る場所にアコードを止めていた。
「何やってんだよ・・・。」
ユンは顔を片手で覆った。
「こちらEU・HK2…。」
無線からさっきの衝鋒車の警官の声。
「逃走車はEU・HK5と正面衝突し、停車。これより乗員を・・・アッ!!!」
ズガガガガガ・・・!!!
「どうした!?」
「連中が撃って来た!」
「仆街!!」
タクシーに乗っていた強盗団。そのうち、運転していた一人はフロントガラスを突き破り、血まみれになっていた。
窓から身を乗り出していた一人は、タクシーから転げ落ちていた。
そいつに銃を向けて近づいた警官二名が、最初に餌食になった。その場に倒れる。
最初に撃ってきたのはタクシーの後部座席にいた一人。56式ライフルをフルオートで乱射している。
「カバー!援護しろ!!」
警官達は衝鋒車を盾に守りを固めた・・・が、転げ落ちた一人が悪運強く意識を取り戻したらしく、撃たれた警官の一人を羽交い絞めにした。
「来るなら来てみろ!!てめえらの仲間ぶっ殺すぞ!!!!他妈!(この野郎!)」
人質をとったやつが脇から54式トカレフ拳銃、通称黒星を抜き、包囲網へ発砲。そのまま歩道の手すりに背をつける。
タクシーから降りた一人も撃ちまくってくる。
衝鋒隊もスターリング・サブマシンガンやミリタリーポリス・リボルバー、M870ショットガンなどで応戦するが、人質がいるせいで思うように撃てない。
「こちらEU・HK2!4209と3371が人質に取られ、危険な状態!狙撃手か誰か…そうだ。飛虎隊(※1)の応援を要請…。」
警官の一人7813は無線に向かって喚いていた。
チュンチュン!パリンパリン!!
「クソッ!」
「またひとり撃たれたぞ!」
「救護車(※2)はどうした!?」
「こちらEU・HK2。直ちに応援を!」
「EU・HK2、聞こえるか!?状況は?」
無線からユンの声が聞こえてきた。
「周Sir!今、二人が人質に・・・大変危険な状況です。」
「俺が奴らを撃ったら、撃ちながら突っ込んで二人を救出しろ。」
「Yes,Sir・・・。」
ユンは天橋のそばにある歩道橋を上っていた。右手にはコルト・ディテクティブを握っている。
背を低くしながら賊たちの背後に迫った。
警官を人質にしているのが一人。AKを撃っているのが一人。
タクシーの中にも二人いるようだが、一人はガラスを突き破ってから身動き一つしていない。
もう一人は後部座席の中でうずくまり、何もしてこなかった。
ユンはまず、警官を人質にしている方を狙った。
パーン!パーン!
弾は賊の肩に当たった。
賊は銃を警官から手を離した。
パンパン!パンパン!!
ユンは走りながら賊たちに向かって4発放った。
ズダダダダダダダダ…!チューンチューン!
AKから放たれた弾丸が火花を散らす…と銃撃が急に止んだ。
弾切れか?と思って振り返ると、賊たちはタクシーに戻っていた。
逃げるつもりか。
エンジンをかけようとしているようだが、うまくいかないようだ。
その間に、警官数名が銃火をかいくぐり、倒れていた仲間を救出した。
ユンはそれを見届けつつ、すぐにディテクティブをスイングアウトし、空薬莢を落とし、スピードローダーで再装填した。
と、その時、別の一人が芋潰しのようなものを取り出すのが見えた。
「!」
ユンはそれが何かよく知っていた。
第二次世界大戦でよく使われたタイプの手榴弾だ。
最近、中国本土でコピー品が大量生産され、その一部が香港に流れてきているのも知っていた。
「ヤバい…。」
賊が手榴弾の柄の尻から紐を伸ばした(※3)その瞬間、ユンは反射的に手榴弾を持った男を狙った。
パーン!
賊は弾を喰らい、手榴弾は道路に落ちてタクシーの下に転がっていった…。
この時、警官7813は衝鋒車の陰に隠れ、撃たれた腕を押さえながら様子をうかがっていた。
応戦しようかと考えては怖気づいての繰り返しだった。下手に降りれば蜂の巣にされるかもしれない。
彼は警察学校を出てからまだ4年程度で、経験が浅かった。
芋潰しのような手榴弾を持った賊が撃たれるところも見えていた。
その次の瞬間だった。
「隠れろ!」
ボッカーン!
大爆発と共にタクシーは吹っ飛ばされ、宙返りしながら下の道路に転げ落ちていった。
下の道路には一般車両が走っていたが、その中の一台-ガスボンベを積んだレイランドFGトラックの荷台にタクシーは落ちた。
ドライバーたちは急に上から落ちてきた車に驚き、次々ブレーキを踏んだ。多重衝突が起こった。
トラックの運転手は降りるなり叫んでいた。
「ボンベを積んでいる!爆発するぞ!」
ドライバーたちは我先にと逃げ出していた。
一方、ユンは歩道橋から降りて行き、タクシーに近づこうとしていた…が叶わなかった。
ユンの目の前でタクシーは大爆発した。そして潰れたトラックや周りの車も次々に発火・炎上。
告士打道にはあっという間に炎が走った。
ユンは危うく火に飲まれそうになりながらどうにか退避した。
「…ひでぇ…。」
ユンはうなだれた。また上司から大目玉喰らっちまう…。
一方。彪雄貴金属店。
表にはパトカーや救急車が何台も停車し、店内からは死体が次々に運びだされていた。
全部で十一人の射殺死体が発見された。後から駆けつけた警官によると、その中の一人、顔を滅茶苦茶にされた男は韓彪といい、この店の店主らしい。
結局、居合わせた客や店員に生存者はいなかった。キンが見つけた女性を覗いては。
彼女は救急車の中で毛布を被り震えていた。怪我に関しては、ガラスの破片などによる擦り傷が腕に多数ある程度だった。
「君の…名前は?」
キンは恐る恐る質問していた。
「包…珠玲…叉焼包の包に…珠…リンは…王に令…。」。」
キンは話を聞きながら手帳にメモしていく。
「『チュ』だね。」
チュは台湾語で話していたが、キンにも大体通じた。
「…君と一緒に倒れていたのは…。」
「…弟と…おばあちゃん…名前は…包皓成…ウォン…黃曼紅…。」
チュが事情聴取に耐えられそうにないとキンは思った。今にも泣きそうな顔だ。
「あの…無理しなくても…もう病院に…。」
「…病院…行ったって…もう…。」
「…。」
「…いきなり…音がして振り向いたら…男…四人か五人が銃を…多分最初に…あの…少し太った女性を撃って…それから…私たちを…弟とおばあちゃん…。」
この時、チュにはそこまで話すのが限界だった。たちまち泣き崩れ、キンにすがりついた。
キンは一瞬固まった。彼は訳あって女と接するのが苦手だった。
だからどうすればいいか…とりあえず、優しく背中を撫でるしか…。
「陳永健!」
「はっ!」
怒鳴り声がした方を見た。
スーツ姿の刑事たちが数人、店内から出てきて、キンをじろじろ見ていた。
彼らを引き連れていたのは、角顔で目のやや細長い三十代くらいの男だった。
「李…李Sir…。」
「その女性は客か?」
「え?はい…ですが…今はショックが大きいので…事情聴取は…。」
「後でしやすいようにケアか?」
取り巻きの刑事の一人が冷やかした。丸顔で少し顎が尖っている若い男だった。
「レオン。」
李Sirと呼ばれた男が睨みつけた。
彼の名は李修丹。警察總部刑事部(※5)の刑事で、組織犯罪関係を担当する部署OCTBの主任だった。
注意された刑事は程志良。通称レオン。李の部下の一人で、キンとも顔なじみだった。
「…Sorry,Sir.」
「現場を見たが、見当は付いている。二か月前の尖沙咀チムサーチョイの一件と同じ手口だ。」
「尖沙咀の…確か、羅ロー時計店でしたよね?」
「ああ。だが、あの時の連中は死体となって発見されている。直接的なつながりがあるかは微妙だな。」
「すると…。」
「背後に実行犯たちを操る何らかの組織がいるとなると、この件は我々OCTBが指揮を取る事になるはずだ。
さ、君は…彼女を病院へ連れていけ。手がかりが得られるかどうかは分からんが。」
「は…Yes.Sir.…それじゃぁ…。」
チュがコクリとうなずくのを見て、キンは救急車のドアを閉めようとした。
「ああ、キン。」
レオンが声をかけてきた。
「ユンは元気か。」
「ああ。お前にまずい酒押し付けたがってた。」
「そうかい。それじゃ。」
レオンが扉を閉めると同時に、救急車はサイレンを鳴らし出発した。
告士打道。
あの爆発の後、ユンは一人で消火を行おうとしたが無理だった。結局、火を消し止めたのは駆けつけた消防隊だった。
ユンは今、燃えたタクシーの中を探っていたが、犯人は全員焼死。
証拠も殆ど燃えてしまっただろう。めぼしいものは見つからなかった。
諦めて貴金属店の方へ行こうと思った時だった。
「これ、犯人たちのでは?」
警官の一人-番号は7813-が、焦げ跡のあるボストンバッグを持ってきた。ユンは受け取るとバッグの口を開けた。
中身はAK小銃や手榴弾などの火器。それに時計や指輪、アクセサリー類等が無造作に放り込まれていた。
「路肩に落ちてました。たぶん、最初の爆発の時、タクシーから転げ落ちたんでしょうね。」
「お手柄だな…ほら、手榴弾。」
「ヒィッ」
7813は後ずさった。
「ハハハ…ビビるなよ…ん?」
武器や奪った品物に混じって、トランシーバーがバッグの中に入っていた。
「他に仲間でもいて、連絡を取り合っていたんでしょうか?」
「ふむ…。」
ユンも少し気になった。が、
「…俺、貴金属店の方行ってくる。」
「え?しかし…。」
「あと頼んだぞ、じゃ。」
「…自由な人だなぁ…。」
7813のボヤキはユンには聞こえなかった。
彪雄貴金属店。
ユンが来た時には、現場検証は殆ど終わっていて、最後の遺体が運び出されるところだった。
「あぁちょっと…。」
ユンは担架に被さったシートをめくった。
「ん?あっ。」
三十後半から四十代くらいに見える男だった。四角い顔で頬には古い切り傷があった。
服装はグレーのスーツだったが、血にまみれて全身赤茶色に染まっていた。
「あんたも見おぼえあるだろ。」
振り向くと、知った顔がいた。
「レオンか。」
「久しぶり。」
レオンは少し前までユンやキンと同じ灣仔署の刑事だった。出世し本部に移ったのだ。
「O記(OCTB)はどうだ?」
「居心地はまぁまぁってところだよ。」
「この前、ベトナム人の武器密売組織摘発したんだろ?」
「ああ、大仕事だったよ…吸うか?」
「ありがとう。」
レオンから煙草をもらって咥え、シャツのポケットからマッチ箱を取り出した。1本擦って煙草に火をつける。
「しかし驚いたな…被害者の中にあいつがいるとは…。」
「あぁ偶然か或いは…。」
さっき運ばれていった死体は、三合会(香港ヤクザ)の構成員で、殺し屋と噂される男だった。
ユンが何度か逮捕したが、殺しの証拠が見つからず、結局軽い懲役を受けただけだった。
「手がかりありそうか?」
「それがさ…客も店員も本当にほぼほぼ皆殺しにされちまって…。」
「客と店員全員だと?」
「ああ、店員五人に、客五人、それとこの店の店主もな。唯一助かった客がいるんだが、目の前で家族撃ち殺されたショックで事情聴取ができるかどうか…。」
「そうか…キンはどうした?」
「その生き残った客と一緒に病院行ったよ。何か聞き出してくれればいいんだが…。」
「そうか…。」
ユンは浮かない顔になった。
「どうしたんだ?暗い顔して…。」
「あぁ、あいつさ…ん?お前まだそのおまじないやってるのか?」
レオンの右の小指に細い糸が巻かれていた。
「ああ。これ今でも結構効くんだ。覚えているだろ?これで警長(※)の昇進試験合格してさ…お前にも教えただろ?」
「ああ、そうだったな確かこれやって…ダメだ。嫌な事思い出した。」
「何だよ。彼女のこと、まだ気にしてるのかよ…?」
雑談を重ねながら二人は貴金属店へ入っていった。
聖保祿醫院
銅鑼灣の東院道と銅鑼灣道の交差点にある病院。1848年に灣仔に作られた孤児院を前身とする、歴史ある病院の一つだ。
その病室の一つにチュはいた。
虚ろなままベッドの上に仰臥し、電灯を見つめていた。
彼女自身の怪我は大したことなかった。だが、何の気休めにもならない。弟と祖母はもういない。
悔しさに打ちひしがれていた。
チュの父は台湾空軍のパイロットだった。だが、チュが5歳の時、墜落事故で帰らぬ人となった。
翌年には母親も病死した。
祖母の曼紅がずっと親代わりをしていた。チュにとって、家族は弟の皓成と祖母だけだった。
家出はいつも二人と一緒だった。笑って、泣いて、喧嘩して過ごしていた。二人がチュの全てだった。
その二人が、目の前で突然死んだ。
今夜は眠ろうとは思わなかった。絶対に二人の夢を見る。悪夢かもしれない。
チュは傍らに目をやった。
現場から付き添ってきた、若くて少年のような顔をした刑事はまだそこにいた。
一度、そばを離れたと思ったら、しばらくしてまだ戻ってきていた。
仲間から連絡があって、それを電話で聞きに行っていたらしい。
強盗達は警官との撃ち合いで全員死んだと教えられた。だが今のチュにはどうでもよかった。
チュは警察官があまり好きではなかった。怪しいと見れば威圧的に職務質問。
刑事だったら、事件の被害者からお構いなしに何でも聞き出そうとする。そういうものだと思っていた。
だが、彼は何も聞いてこなかった。刑事なのに。
「聞かない…の?」
彼に声をかけた。
「え?」
「…強盗のこと…聞かないの?」
「…。」
「刑事の仕事でしょう?どうして何も聞こうとしないの?」
「…無理に思い出させたら、君は辛い思いをするだろう。」
「同情はやめて。」
言い放った。
「同情…かもしれない。」
彼は自嘲気味にぎこちなく笑った。
「でもそれだけじゃないんだ。僕の場合はまぁいろいろあって…今は君に無理してさっきの事を思い出させようとは思わない。第一、今の君には…悪いけど無理だ。」
「…心理学でも習っているの?」
苛立って意地悪く当たった。
「そういうわけじゃないけど…とにかく今、君に必要なのは…事情聴取じゃない。」
彼は真剣で、それでいてどこか穏やかな顔のままだった。
「だったら…帰ってください。」
「…。」
「今は一人にさせて…放っといてください。」
彼はどう言おうか迷うような顔をした後、
「それじゃ…悪いけど、僕はそろそろ行くよ。また来るかもしれない。もし、君の方から何か言いたいことがあったら…ここに電話して。」
電話番号が書かれたメモを渡された。
「いつでも連絡していい。それじゃぁ。」
彼は病室から出て行く。
チュはぼんやりとそれを見送った。
本当は一人は嫌だった。だが、彼女にとって香港は、身内のいない他所の街に過ぎなかった。
他人が付いてくれていたって何にもならない。
あの二人が戻ってくるわけでもにない。そう、もう二度と…。
(※1)「警區」とは、香港の各地に設けられた警察管轄区分のこと。
(※2)SDU。特殊部隊。
(※3)救急車のこと。
(※4)柄付き手榴弾は、柄の尻にあるボトルキャップ型の安全カバーを外し、柄の内部に収納してある紐(弾殻の信管に繋がっている)を引き抜くことで、信管側の端に付けられた金属ピンと擦り薬との間に摩擦が発生、これにより火花が生じ、導火薬に着火、3、4秒の遅延時間を経て爆発する。
(※5)「警察總部」は香港警察の総本部。刑事部はその中の乙部門(刑事及び保安處)にある。
一方、ユンやキンは灣仔署所属の所轄刑事。日本でいえば都道府県警刑事部と所轄刑事部署の関係か。
(※6)警長=巡査部長のこと。
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拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
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「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
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支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
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※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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