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第一章 始まりの始まり

第九話 決着、のちの逃亡

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 答えを聞くだけ聞いた青年は、何も言わずに剣を構え直す。

 互いに再び緊張の糸が走り、同時に駆け出した。
 それからは、幾度となく切り結び、弾を撃ち、剣を避け、ひたすらに攻防を繰り返す。

 中距離以上ではいくら撃っても躱され続け、近距離になるとその鎧に阻まれてなかなか致命傷を負わせられない。
 肉薄されては素手で応戦し、蹴りや体当たりで引き離しては追撃をしかけるも、やはりいつものように対処されるだけだ。

 何度目とも分からない対峙に、俺たちは揃って息が荒くなっていた。
 だけども、そのおかげで俺はようやく突破口を掴むことに成功する。気づいてしまえばなんてことはない、単純な仕掛けだ。

「何が可笑しいのですか?」

 ムッとした顔で指摘され、思わず口元に手をやる。僅かにだが、口の端が上がっているのを感じた。

「いや、そろそろ終わらせようかと思ってな」
「ようやく、自首してくれる気になりましたか?」
「その逆――お前の死で幕切れだ」

 その言葉を残し、俺は突貫する。
 敵も遅れて駆け出そうとするが、その前に銃で牽制を入れた。当たらないのは百も承知、それよりも敢えて回避させることで相手の動きを多少なりとも誘導させるのが目的だ。

 狙い通りの敵の動きは、奇しくも一回目のやり取りと全く同じだった。
 青年は左から右に水平上段斬りを放つと、そのまま”7”の文字を描くように右上段から袈裟斬り。

 しゃがみ、バックステップで攻撃をそれぞれ躱すも重心が後ろへ寄ってしまった。このまま放置すれば背中から倒れ込んでしまい、踏ん張ろうと足を出せば致命的な隙を晒してしまう。
 その瞬間を好機とばかりに、相手は左下段から斜めに切り上げてきた。

 その攻撃を前に俺はわざと何もせず、倒れ込む寸前に右手をつく。そのままバック転、相手の切り上げに合わせてその腕を蹴り上げ、起き上がりと同時に左手の銃を構える。

 相手は右手を跳ね上げられており、完全に無防備。避けられないよう、正中線を狙い魔力を流し込んだ。

「何度やっても同じことですよ」

 そう得意げに言い放つと、撃たれた弾を無視して左手も剣に添える。
 どうやら、防御は鎧に任せてその隙に上段から切り伏せるつもりのようだ。けれど、その一閃が届くことはない。

 金属同士のぶつかるような甲高い音が響き、その後に鈍い音が二つ、相手の体から鳴る。口の端から血を流し、青年は膝から崩れ落ちた。
 みるみるうちに地面は血溜まりで覆われ、青年は動かない。ようやく戦いは終わった、という実感を俺に与えてくれる。

 しかし、どれだけ戦っても、この戦いの結末に残る虚しさだけは慣れないな。長く、永く戦っていたはずなのに終わりはいつも呆気ない。

「…………ごふっ……さ、最後に……何をしたん、ですか…………?」

 こいつ、まだ喋るのか。
 用心深く銃口を頭に向けながら、俺は口を開く。

「アンタの鎧は――恐らくだが、硬化と衝撃緩和の魔法で守られていたはずだ。けれど、近接戦闘をしているアンタじゃ、それほどの魔法を常時発動しておけるとも思えない。ならば行き着く先は、攻撃の当たる箇所だけに当たる瞬間のみ魔法を展開すればいい、という推測だ。その証拠に、銃では怯まなかったお前だが、何度も俺の打撃で距離を空けられていた」

 相槌を打とうとしたのか掠れた声が漏れ、しかし言葉にはならず、そのまま咳き込み血が飛ぶ。

「だから俺は銃弾の方向を途中で変えることにした。遅い銃弾を一発、そのすぐ後に速い銃弾を一発撃ち衝突させることでな」
「なるほど……ごほっ……。……そう、でしたか…………」

 乾いた笑みを浮かべる青年に、俺は最後の言葉を残す。

「さて、もういいだろ。こっちも急いでいるんだ。……それじゃあな、若き副騎士団長様」

 魔力を込めて、とどめを刺す。

「――障壁プロスタシア

 しかし、突如として青年を守るように、黄色がかった光の幕のようなものが展開され、放った銃弾は弾かれる。
 声のした方を向くと、黒いローブで覆われたひょろ長い人物を先頭に、三十名近い人数が馬に乗っていた。

「……みんな、どうして…………?」

 足元の青年は、驚いたように声を漏らす。
 どうやら、本来は来るはずのない援軍が来たみたいだな。……間の悪い。

「……迷子の、団員…………探すの……普通……。…………その子が、対象……か?」

 ローブ男のゆっくりとした喋りに、青年が頷く気配を感じる。
 その隙を逃すはずもなく俺は再び青年を撃つが、またもや先の魔法が展開され、防がれてしまった。
 それと同時に、馬に乗っている半数――近接武器を所持している騎士達は馬を降り、武器を抜きながら俺に向かって走ってくる。

「キャメロン副騎士団長の敵(かたき)め、覚悟!」

 囲むようにして三人同時に襲ってくるが、そこの青年に比べれば動きの練度が低かった。これなら、何とかなるだろう。
 この間、獣を相手にした時と要領は同じだ。落ち着いて目の前の相手から処理しようと、銃を撃つ。

『防護の光、其は加護を受けし寵愛者、訪れうる災いは届くことなく散り散らす――障壁プロスタシア

 しかし三度、光の壁に妨げられる。
 障壁プロスタシア――それは光の壁を生み出し、その耐久力以下の攻撃を一度だけ無効にする防御魔法。
 迫る近接部隊の後ろを見ると、ローブや杖を装備した魔法士が呪文を唱えていたようだ。

 こちらの攻撃を防がれ、四方八方から攻撃が来る。何とか躱し、銃で受け、引き離そうと打撃を加えるが、全て魔法で防がれた。
 攻撃の手数よりも、向こうの魔法を放つスピードの方が速いのは明らか。
 一人一人の技量は高くないものの、魔法によるサポートと数の暴力で圧倒的にこちらが不利だ。

『汝を襲うは紅蓮の炎塊、燃え上がり、焼き付くし、無間の苦の元、灰燼にせん――火球フィルカイヤー

 そう呪文が言い終わった瞬間に、まとわりついていた騎士達は一斉に俺から離れる。
 それと同時に、直径20センチ程の炎の塊が大量に降り掛かってきた。

「――やっべ!」

 迫り来る魔法を前に、俺の視界が真っ赤に染まった。


 ♦ ♦ ♦


 急に現れた火の球が彼に向かって降り注いでいた。
 地面に当たると同時にその球は爆発し、大きな音がそこら中にこだまする。

 黙々と黒煙が上り、至る所に抉れた地面の見える中、彼は何度も転がりながら私の前に姿を現した。
 直撃こそ受けてはいないようだが、全身に火傷を負っているのは見ただけでも分かる。

 切羽詰まったようにこちらに顔を向けるが、苦虫を噛み潰したように目線を元に戻した。

「……おい、ルゥ。先にネーブル樹海に逃げ込め。俺は後で追う」

 小声で私にだけ聞こえるように、彼は呟く。
 なぜ一緒に逃げないのか、と疑問に思ったが、先程の目線の意味を受け、答えに気づく。

 ……私に気を使ったんだ。触れられることに恐怖する私を。
 そのせいで抱えて逃げられないから、時間稼ぎをするためにここに残ると彼は言っている。
 役に立たないことを悔やみ、しかしこれ以上邪魔になりたくなくて、その言葉通りに私は足を動かそうとした。
 けれども、その直前にとある言葉が頭をよぎる。


『俺を頼りにするってことは――意思を持った人なんだと思う。――だから俺は、俺を頼ってくれた人を救う』


 彼は、自分を頼る者を救うと言っていた。意思の持った人を救うと。
 だとしたら、今の私に意思はあるのだろうか?

 現に私は今、彼に言われた通りに行動しようとしている。流されている。一緒に逃げればいい――という意思をひた隠して。
 それは、触れられるのが怖いという私の我儘が起因するもの。

 守られる立場にいながら、どれだけ都合のいいことだろう。あの騎士の人が言ったように、自分のために彼を使っているのと同じなのではないか?

 だったら私は彼に救われるべきではない。
 本当に助けてほしいなら、私はこれから自分の意思を示す必要がある。
 ……彼と一緒に逃げるんだ。

 勇気と覚悟と意思を持って、私は彼の――レスの手を握る。

「レス、一緒に逃げよう……!」

 声も手も震えて仕方がなかった。
 それでも、この手は離さない。自分の意思で選んだこの手だけは。

 私の行動にレスは驚いた顔を浮かべたものの、次第にその顔は笑みへと変わっていく。

「しっかり掴まってろよ」

 その言葉と共に、握った手を無理やり持ち上げられる。

「わわ……!」

 突然の浮遊感に足をばたつかせるが、すぐに柔らかい何かに受け止められた。
 顔を上げると、レスが私を抱きかかえている。

「……悪いな、少しの辛抱だ」

 耳元に話しかけられ、とても変な気分になる。けれど、思ったよりも嫌ではなかったことに自分で驚いた。

『――火球フィルカイヤー

 突如として二度目の火の雨が降り注ぐ。律義に待ってくれていると思っていたが、ただ魔法の準備をしていただけらしい。
 しかし、さっきとは打って変わりレスは落ち着いて対処をする。
 続けざまに飛んでくる火の球を攻撃すると、その度に空中で爆発を起こした。

「何かにぶつかって爆ぜるのなら、こうして撃ち落とすことだって可能だよな」

 ポツリと独り言が呟かれる。
 そのまま、受けた攻撃を全て無力化したレスはニヤリと笑って言い放った。

「事情が変わった。申し訳ないが、ここからは本気で逃げさせてもらうぜ」

 その一言が気に触ったのか、何人かが武器を手にこちらに突っ込んでくる。
 しかし、それに構わず左手でウエストポーチの中を漁ると、レスは何かを自分の足元に投げ置く。金属製の変な球だ。
 それは途端に真っ白な煙を吐き、私たちの姿を隠してしまう。

 それを意にも介さず向かってくるが、全てレスの攻撃を前に倒れ伏す。対象を見ないと使えないのか、あの光の壁みたいなものも現れない。

 そのまま煙を出し尽くした球を屈んで回収すると、背後に広がるネーブル樹海へとレスは走った。
 そのあまりの速さに、一生懸命レスの服を握る。乱れる髪が鬱陶しい。

 すると、僅かな時間スピードが緩まった。恐る恐る目を開けると、レスは手元の武器で何かを狙っている。
 その先に目を向ければ、大分距離の離れたところに先程の煙の塊が見て取れた。

 ……一瞬で、こんな距離を走ったの?
 驚く私の視界には煙以外に何も見えない。だというのに、レスはどこかに狙いを定めて手元の武器で攻撃をする。
 何度も何度も、執拗に。

「これで、足止めにはなるだろう。あの副騎士団長に当たってくれると、なお良いんだけどな」

 視界の先にある煙の固まりからは誰も現れない。
 そのまま私達は、木と霧の世界へ誘われた。
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