存在しないフェアリーテイル

如月ゆう

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第三章 気高き戦士のもとに旗は翻る

第九話 血みどろの地下牢

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 ――ヂャラヂャラ。

 体を動かそうとする度に、金属のぶつかる音が鳴って五月蝿い。
 そのくせ、自由に手足を動かせず煩わしい。

 目を開けば、薄暗い暗闇の中にボンヤリと橙色の光が一つ。

 けれど、それに手が届くことなどはなく、それどころか、俺たちの間は黒い鉄格子で遮られていた。

「やぁ、ご機嫌いかがかな?」

 男にしては甲高く、頭に響くような耳障りな声がする。
 目線を向けても逆光のせいで輪郭しか見えず、影がそのまま具現化したようだ。

「……悪くねぇな。強いて言うなら、鎖の音が邪魔くさい」

 そう言う俺の声は僅かに掠れていた。原因は口の中が乾燥しているからなのだが、アレから何時間経過したのだろうか……?

「そうか、それは奇遇だね。実は私達も同様の気分なんだ。いや、寧ろハッピーさ!」

「……そりゃ、ようござんしたね」

 やけにハイなテンションで語る影。
 しかし、そんな会話に興味などはなく俺は投げやりに返事をする。

「本当に、ね。この後もちゃんとしたおもてなしを用意しているよ。叫んで、『もう止めてくれ』と懇願する程に素敵なものを。ぜひ、楽しんでくれ」

 影は踵を返すと、コツコツと響く足音とともにこの場から去っていく。

 そうしてしばらく――。

「……ちっ、クソが!」

 何者の気配もないことを確認し、俺はようやく毒づいた。

 気分? 言われるまでもなく最悪だよ。
 用意されている"おもてなし"とならも、碌なものじゃないだろう。

 逃げ出そうと腕に魔力を込めてみるが、一向に感じられない。
 不思議に思い目を向けてみれば、小さな紫色の石で作られた腕輪が嵌められていた。

 俺はこれを知っている。
 集魔石――付近に漂う魔力を吸い、溜め込むという性質を持つ石だ。

 このせいで体表を巡る魔力が軒並み吸い取られ、まともに力を発揮できない。
 がむしゃらに腕を動かしてみるが鎖はビクともせず、音だけがひたすらに鳴り響き、鬱憤を溜めるだけだった。

「…………ルゥは大丈夫だろうか?」

 一通り暴れ、何をしても無駄だと悟った後に脳裏を過ぎったのは共に旅をする少女の姿。

 奴らの目的は俺のはず。だとしたら、手荒なマネはされないと信じたいが……絶対とは言いきれない。
 あの狼と狐娘どもがルゥに同情でもして保護してくれないかなぁ……。

「……ははっ! 襲った連中に頼るとは、相当に苦しい状況だな」

 そんな考えしか思い浮かばず、笑いが出てくる。
 すると、先程も聞いた足音が再び部屋の中に響いてきた。

「おや、笑っているね。そんなに待ちわびていたのかな?」

 飄々と姿を表す男を前に、俺は内心で舌打ちをする。

 どこから聞いていた?
 正直、こういった状況で相手に弱みを見せたくはない。

「だが、安心してくれ給え。きっと君の期待以上のおもてなしだよ!」

 カチャカチャという音を響かせながら何かを楽しそうに並べ始めた男は鉄格子の鍵を開け、中へと入ってきた。

 立ち位置と光源の影響で、口元だけが窺える。
 それがニタリと三日月のように歪んだ。

「さぁ、楽しもうか……!」


 ♦ ♦ ♦


 ――ヂャラヂャラ

 体を動かそうとする度に、金属のぶつかる音が鳴って五月蝿い。
 そのくせ、自由に手足を動かせず煩わしい。

 一体どれだけ時間が経ったのか。
 記憶は朧気で、頭はボーッとしている。

 ピチャピチャと何処からか水の音がしていた。
 乾いた口内を潤そうと音の方へ目を向け、違和感に気が付く。

 ――足元が濡れている。それに、発された音は本当にすぐ近くから鳴っていたのだ。

 ……水なんて湧いていたか?

 試しに足を動かしてみれば、ヌチョという水らしからぬ粘度の高そうな音が響く。
 それと同時に鉄臭い香りが鼻をつき、そこでようやく水滴の正体に気がついた。

 ――あぁ、これは俺の血だ。

「やぁ! そろそろ話してくれる気になったかな?」

 足音はしていない。
 まるで俺の思考が纏まるまで待っていたかのようなタイミングで、男は声をかけてきた。

 その言葉で、現状を思い出す。

「……何度も、言ってんだろ。……俺は何も、知らねぇよ」

「そんなわけないだろ。だって君は吸血鬼を飼える程の人物で、おまけに腕が立つそうじゃないか。そんな人間が、国と関わりないはずがないよ」

「……知ら、ねぇ…………!」

 何度も何度も、何度も何度も同じ質問をされることに苛立ちを覚える。
 そう思ってぶつけた俺の言葉を聞くと、男は短く嘆息をついた。

「じゃあ、最後の五枚……いこうか」

 傍らに置くペンチを手に取り、俺の左足へ伸ばす。

 ――ベリッ!

「――――っ!」

 目の前が明滅するほどの痛み。
 辛うじて叫びはしないが体は拒絶反応で震え、鎖が音を立てる。

 砕けそうな程に歯を噛み締め、頭を振るった。
 その際に飛び散る水滴が涙なのか汗なのか、判断がつかない。

 頭の中は痛みで満たされ、他に何も考える余地がなかった。

 しかし、喉元を過ぎれば熱さを忘れるように、少し経てば鋭い痛みは鈍くなり、つかの間の落ち着きを得る。

 ――ドスッ!

 間髪を入れず、爪の禿げた剥き出しの小指に極太の針が突き刺さった。

「――――ぐっ……!」

 今度は堪えきれずに喉から空気が盛れる。
 連続して訪れる異なった痛みは俺の精神を蝕み、抗う気力さえ起きない。

「ねぇ、どう? そろそろ人間国の秘密、教えてくれないかな」

「…………知、らなぃ……」

「…………はい、もう一枚いきまーす」

 その掛け声とともにまた指先から嫌な音が聞こえる。

 少しの間をおき、針が突き刺さる。

 何度も、何度も……何度も何度も何度も。

 その度に痛みに耐え、ひたすらに同じ返答を繰り返すだけの俺は人と言えるのだろうか?

 働かない思考で生まれるのは、そんな哲学的な疑問。
 生まれない答え、終わりのない苦痛。

 剥き出しの肉は風に煽られストレスを感じる。耐え忍んでいるだけで疲労が凄まじい。
 摩耗する精神は次第に意識を刈り取っていくが、同時にそれを許してはくれなかった。

 脱力感に苛まれる。
 身を捩る動作でさえ億劫で、いつしかなされるがままとなる。

 そうしてこの日、俺は全ての爪を失った。
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