彼と彼女の365日

如月ゆう

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April

4月20日(土) 密会する二人

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 土曜日の午後。
 今日は部活もなく、午前中の補講授業だけで済んだため、現在は家でシャワーを浴びていた。

 汗のかいた身体をさっぱりと流せば、ドライヤーで髪を乾かして下地をつくり、ヘアスプレーで整える。

「ふぅ、こんなものか」

 満足のいく仕上がりになれば、次は服装。
 藍色のニットに黒のスキニーパンツを合わせ、上からベージュのコーチジャケットを羽織った。

 自室に置いている時計を見れば、時刻はもう十二時五十分頃。

「やばっ……もう、こんな時間か」

 十三時に駅で待ち合わせをしているが、それまで幾ばくもない。
 財布やスマホなどの必需品を手に取ると、靴を履き、走った。

 高く照りつける太陽は眩しく、だが暖かで、心地の良い風が吹く。


 ♦ ♦ ♦


「ごめん詩音さん、お待たせ!」

 時刻は十二時五十五分。
 集合の五分前ではあるが、待ち合わせていた人物は既に到着していたので、そう声を掛ける。

「うぅん、私も今来たところだから」

 ほんわかと笑って答えてくれた彼女は、軽く横吹く風にそっとワンピースの裾を抑えた。

 こうしてプライベートで出歩くことはないため、その私服姿は新鮮に映って仕方がない。

「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃ、少し早いけど行こうか」

「うん……!」

 エスコートをするように促し、俺たちは予定通りの電車へと乗り込む。
 数十分揺られ、それからしばらく歩いた末に辿り着いたのは海辺にほど近い大型ショッピングモール。

 賃金的には別に博多駅でも良かったのだけど、そら経由で詩音さんと倉敷さんが先日すでに買い物に出かけていることを知ったので、こちらへと変更したのだ。

「詩音さん、お昼は家で済ませた?」

 そう問いかければ、少し慌てた様子で首を振られる。

「うぅん、全然。帰って準備をしてたら、すぐ集合時間になっちゃった」

「そっか、ならちょうど良かった。俺も食べてないから、よければ先にご飯にしない?」

 女性は準備に時間がかかると姉貴から聞いて敢えて抜いて来たのだけど、それが功を奏したようだ。
 今度は頷く彼女を見て、そう思った。

「詩音さんは、何か食べたいものでもある?」

「……ごめんなさい。ここにはあまり来たことがなくて、詳しくは分からないの。翔真くんのオススメとかあるかな?」

「おっけー。じゃあ、こっち」

 脳内マップを頼りに行き着いたお店は、オシャレなカフェ風のパスタ店。
 安くて美味しく、近辺にある高校の学生からはかなりの評判を得ているお店だ。

 幸いにも席が空いており、スムーズに入ることができた俺たちは、それぞれがカルボナーラと春野菜のトマトクリームパスタを注文する。

 クラスメイト、部活仲間……共通の関係を持っていれば、その待っている間も、料理が来てからも自然と会話に花が咲いた。
 特に、いつものメンバーでもある倉敷さんやそらの話で。

「――で、そらはあんまりスカート系は好きじゃないんだと」

「へぇー……。あっ、そういえば……かなちゃんもあんまりスカートは好きじゃないって言ってたような……」

「あっ、やっぱり? あの二人って、無自覚に互いの好みを取り入れてるよね」

「うん、私もそう思う。本当に仲が良いなぁ……」

 などと会話が進めば、いつの間にか時計の針も進み、皿は綺麗な空となっていた。

「――それじゃ、そろそろお店を見て回ろうか」

 残っていたお冷を飲み干すと、伝票と一緒に手荷物を持って立ち上がる。

「……あっ、お金いくら?」

「別にいいよ。今回は俺が急に誘ったんだし、払わせてほしい」

 そう詩音さんに告げると、慌てたようにワタワタと手を動かし始めた。

「えぇ! わ、悪いよ……。私も楽しんでるし……その、割り勘が丁度いい! …………と思う、ます」

 しかし、発言内容に照れたのか次第に俯き、声をか細く敬語になっていく。

 ……参ったな。
 でも、俺にも一応引けない理由がある。

 そっちがその気なら、こっちも少し男らしくいこう。

「…………なら、次遊びに行く時でどうかな? どこかカフェで休憩する時にでも……ね?」

 ちょっとキザ過ぎただろうか……。
 自分でも歯の浮くようなセリフに、つい照れ笑いをしてしまった。

 おかげで詩音さんもなかなか顔を上げてくれないし。

「ま、まぁ……そういうことだから、色々と服とか見て回ろうよ!」

 気を取り直すべくそう意気込むと、善は急げとばかりに俺はその手を取って先を促す。

「――――――――ぁ」

 だけど、さすがにテンパっていた。
 だからその微かな意味のある吐息に気が付かない。

 そのままフロアを練り歩き、ウィンドウショッピングを楽しみ、そうして行き着いたのは一つの小物屋。

 ハンカチやポーチ、イヤリングなどが多種多様に揃えてあり、あるものは可愛らしい柄が散りばめられ、またあるものはワンポイントで装飾が施され、女の子が好きそうなものばかりだ。

 その中でも一際目を引いたのはストラップ。
 白く濁った石の嵌められた簡素な品――それを詩音さんは一心不乱に見つめている。

「へぇ、その石ってパワーストーンなんだ」

「えっ! あ、あぁー、うん……そうみたいだね」

 後ろから話しかければ、驚いたように眺めていた商品から彼女は目を離した。
 そして、何かを考えるようにポツリと呟く。

「でも…………私には合わないよ」

「なんで? 俺はむしろ、似合ってて可愛いと思うけどな」

 春をイメージしてかピンクの多い詩音さんには白が映えると思っての言葉だったのだが……――あぁ、なるほど。

 値札を見て察する。
 お財布事情が厳しい学生にとっては、釣り合わない価格設定だ。

 そんな折、聞きなれた電子機器の振動音を耳が捉えた。

「あっ……! ごめん翔真くん、かなちゃんからみたい」

「おっけー、待ってるから大丈夫だよ」

 取り出したスマホの画面を見て申し訳なさそうに謝る詩音さんを見送り、俺はグルりと店内を見渡す。

 ……どうやら、渡りに船らしい。

「あの、店員さん。ちょっと、いいですか?」

 レジ前で静かに待機していたお店の人に、俺は声をかけた。


 ♦ ♦ ♦


「ごめんね、詩音さん。誘った割には、なんか俺の買い物になっちゃって……」

 通学に利用するいつもの帰り道。
 そこを二人で並んで歩きながら、俺はそう謝った。

 手にはズシリとした重みがかかっており、その袋の多くにはスポーツ用品店のロゴが記載されている。

「うぅん、全然だよ……! お昼をご馳走になっちゃったし、一緒に見るだけでも楽しかったし……」

「そう言ってもらえると良かったよ」

 けど、本当のところを言うとこの袋たちはカモフラージュなのだ。
 別に今日――それも女の子を連れてまで買うようなものではない。

 たった一つの小箱をこの時まで誤魔化すために、色々と買っていただけ。

「…………あっ」

 詩音さんが小さく呟く。
 ここは俺たちが別れの合図としている、いつもの交差道。

「……はい、詩音さん。コレ」

 そのタイミングで、俺は最初に買った小箱を差し出す。

「えっ…………?」

 困惑した様子で受け取る彼女に、俺は中を開けてみるよう伝えた。

「これ……えっ――でも、なんで?」

 そこにあるのは、白いパワーストーンの嵌められたストラップ。

「二十四日って、誕生日だよね? ちょっと早いけど、おめでとう」

 祝いの言葉と一緒に笑みを浮かべる俺。
 だがしかし、一方の詩音さんは俯いたままプレゼントを見つめて顔を上げず、その表情が分からない。

 ……あれ、何か失敗したかな?

「えっと……あっ、今渡した理由は変な噂がたつと詩音さんに迷惑をかけそうだったからなんだ。男から身に付ける系のプレゼントを貰うって、色々と下衆の勘繰りをされそうだしね」

 沈黙が嫌で、聞かれてもないことをわちゃわちゃと話す。

「……………………ふふ」
「……………………?」

「…………ふふふ」
「…………詩音、さん?」

 ともすれば、笑い声が響き始めた。

「ねぇ、翔真くん……これが何の石か知っていますか?」

「いや、ごめん。……あまりそういうのには詳しくないんだ」

 唐突に投げられた質問に、素直に答える。

「…………そっか、知らないんだ」

 そんな小さな呟きが耳に届く。

 なんだろう……やっぱり失敗したんじゃなかろうか。
 その石の意味を知っていないばかりに……。

 けれど、それが思い違いだということはすぐに分かる。

「ありがとう、翔真くん! 私、この石が似合うように頑張るね!」

 浮かんだ笑顔がそう教えてくれたから。
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