彼と彼女の365日

如月ゆう

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May

5月6日(月) 親の凱旋

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 ゴールデンウィーク最終日。
 これまでの九日間の思い出に舌鼓を打ちながらも、明日からの平々凡々な日常生活に舌を打つ、情緒不安定な一日。

 そんな日に俺たちは何をしていたのかと言えば、別段何もしてはいなかった。

 いつも通りに起き、食事を用意しながらテレビ等で時間を潰し、気が付けば夕暮れ時。
 強いて言うなら、俺が泊まった痕跡をひたすらに消して回ったくらいだろうか。

『ただいまー』

 低い声と高い声のハーモニー。
 それが玄関先から聞こえてきたかと思えば、ドタバタとした足音とともにリビングのドアが開く。

 その間、本を読んでいた俺の膝を枕にポチポチとスマホを弄っていた幼馴染であったが、即座に立ち上がって身なりを整え始めた。

「あっ、お母さんおかえり。お父さんも」

「うん、ただいま」
「ただいまー……――って、あら。そらちゃんも来てたのね」

「どうも、お邪魔してます」

 若く眼鏡を掛けた男性と快活そうな女性――かなたの両親は両手いっぱいに下げている紙袋を置くと、俺の存在に気が付く。

「ちょうど良かったわ。これ、お土産で買ってきたの。良かったらみんなで食べてね」

「あ、どうも。ありがとうございます」

 チラと見えた袋の中身は肉まんだ。
 あまりグルメには疎い俺でも知っているような、神奈川の有名どころ。

 関東の方にでも旅行に行っていたのだろうか。

「――かなたー、ちょっと来て」

 ともすれば、かなたのお母さんはいつの間にかキッチンへと移動しており、その状態から娘に声をかけていた。

「何ー?」

「これ……何で食器が二人分出てるの?」
「そらと一緒に食べたから」

「そう……で、作ったのは誰?」
「……………………私、かな?」

「…………………………………………」
「…………………………………………」

「…………痛ぃ」

 あっ、叩かれた。

「何でそらちゃんに作らせてるの! 自炊するって自分で言ってたでしょ?」

「一応作ったよ……カレーだけど」

「でも、絶対にそれだけよね? 大体カレーなんて長くても三日くらしかもたないんだから――」

 怒られてらー。
 まぁ、予め何らかの約束をしていたらしいし、俺を巻き込んだのだし、それくらいの報いがあってもいいと思う。

「――……そらくん…………そーらくん」

 あまりの気分の良さに一人心中で高笑いをしていれば、ポンと肩に触れられる感覚がする。

「……あっ、かなたのお父さん」

「やぁ、話は聞いたよ。とはいえ、親のいない一人娘の家だ。当然、ご飯だけでは済まなかったんだよね?」

 久しぶりに会ったかと思えば、急に下世話な話だな。
 だから、その一人娘にも嫌われているんじゃなかろうか……?

 しかし、内容そのものは中々に鋭く、冷や汗が出る。

「いえ、特には。そんなことを聞きに来たんですか?」

「はは、そんなこととは手厳しいね。娘の婿候補は大切な決め事の一つなんだけど……まぁ、それはいいさ。向こうで良い掘り出し物を見つけたから君にプレゼントしようと思ってね」

「えっ……! 良いんですか、これ?」

 中身を開けてビックリ。
 なんとパソコンのパーツが入っていた。

「もちろん。やっぱり関東はいいね、色々なものが思いがけない場所と値段で手に入る」

「ありがとうございます、師匠!」

「はは、よしてくれ。いつもみたいにお義父さんと読んでくれて構わないよ」

 …………ん? なんか今、お父さんのニュアンスがおかしかったような……。

 まぁ、何でもいい。
 だって、こんなに良いものを頂いたんだから。

 もちろん、かなたのお母さんから貰ったお土産も嬉しくはあったけれど、それとは比べ物にならない。
 パソコンパーツはどれもピンキリで、性能のいいものを学生が買おうとすれば貯金を崩さなきゃいけなくなるくらいだし。

 …………あっ、それと師匠っていうのはかなたのお父さんのことだ。
 パソコン関連の仕事に就いていて、将来は情報系に進もうとしている俺の相談事にもよくのってくれるため、いつしかそう呼び始めた。

 それ以外にもゲームやら何やらの趣味が合うので、色々な意味で師匠なんだけどな。

 閑話休題。

 予想だにしていなかったアイテムに小躍りをしていると、ふとポケットのスマホが震える。
 確認してみれば、母さんから連絡が入っていた。

『帰り着いたんだけど、今どこ?』

『かなたの家。お土産貰った』

『そう、じゃあ丁度いいから私もお土産を持ってそっちに行くから』

「了解、と……」

 サイドの電源ボタンを押して画面を切ると、キッチンの方に向き直る。
 未だにかなたは怒られていた。可哀想。

「かなたのお母さん、なんかウチの母さんが今から来るそうです」

 そう伝えると、同タイミングでインターホンは鳴り響く。
 ……間の良いことで。


 ♦ ♦ ♦


「あやちゃん、元気してたー?」

乃彩のあの方は……元気そうね。はいこれ、京都のお土産」

 受け取ったメッセージ通りに向こうで買ったお土産を持参した母さんは、かなたのお母さんと和気あいあいに話し出す。

 ちなみに、ウチの母さんの名前が彩乃あやの。かなたのお母さんの名前が乃彩のあ
 お隣どうしに加え、名前も似ていたことから仲良くなったらしい。

「ありがとう……! 私たちも行けたら良かったんだけど……」

「しょうがないよ、仕事の都合だったんでしょ? それより、ウチこそお土産を貰ったみたいでありがとう」

 話の過程で、母さんの目がチラとこちらに移った。
 手元の袋を掲げてやれば、安心したように目線を戻して会話に再び集中する。

「にしても、こんな時間までウチの子がお邪魔してごめんね?」

「全然。こっちこそかなたのご飯まで用意してくれたみたいで、そらちゃんは良い子に育ったわね」

「いやいや、ウチなんて年がら年中ゲームよ。それに比べてかなたちゃんは、大人しくて可愛くて――」

 あーあ、始まったよ……親どうしの会話特有の『相手の子褒め』。
 こうなると、話が長くなる上に自分たちに対する小言しか吐かなくなるから、早々に退散するのが吉だな。

「んじゃ、俺は帰るわ」

 こってり絞られたのか、げんなりとした様子で隣に立つかなたに声をかける。

「……ん、また明日」

「おう」

 何となくだが、別れの挨拶としてポンとその頭に手を乗せ背を向けた。
 その際、妙な笑顔でサムズアップをしてくるかなたのお父さんが目に入ったが……碌なことじゃなさそうなので頭だけ下げておこう。

「…………ありがとう。私も楽しかった」

 そんな言葉を背中越しに聞いた気がして――長かったゴールデンウィークは終わりを告げた。
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