彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月27日(木) 九州大会・開会式

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 前優勝校の優勝旗返還、選手宣誓。
 九州各地から集められた約三百人が見守る中で、それは行われる。

 場所は我らが福岡市の香椎照葉に位置する某体育館。
 各県で鎬を削った猛者たちは平日であるにもかかわらずこうして集まり、明日から始まる試合を今か今かと待っていた。

 そんなわけで学校側からは許可をもらい、授業をサボってまでこの開会式に参加しているわけだが、如何せんそれも暇で仕方がなかった。

 やることなすこと全てが様式化されたありきたりな事でしかなく、これだけのために一日分の宿泊費を徴収される他県の生徒らが可哀想だと少し思う。

 何でも午前中にはこの式も終わるらしいし、午後から彼らは何をするんだろう? ここら辺で練習する場所でもあるのだろうか?
 もしくは、予選で敗退した学校と練習試合を組む……とか?

 まぁ、それを俺が考えても意味のないこと。
 気が付けばそれなりの時間が経っており、最後の挨拶に差し掛かっていた。

「えー……最後になりますが、私から一言」

 始めの挨拶で紹介されていたけど、どうやらバドミントン協会の会長らしい。

「人生は長い。だがしかし、その中において学生とも呼ぶべき時間はあまりにも短すぎます。そして、その短い一時を、貴方たちは自分の意志で、このバドミントンというスポーツに費やしてきました。どうかその選択が後悔とならないよう、悔いのない試合にしてください」

 そう言い終えると、自然と拍手は鳴り響く。
 そのまま、司会が閉幕宣言をすれば選手一同は銘々に、客席に置いた自分たちの荷物を取りに戻ろうとしていた。

 一方の俺も解放された緊張感からグッと背伸びをすれば、一緒に個人戦の福岡代表として並んでいた翔真から声が掛かる。

「お疲れさま」

「そっちもな」

 とはいえ、実際に疲れたかと聞かれればそうではない。
 気苦労というか、精神的な負荷に近く、また、どちらかといえば社交辞令的な意味のない会話であった。

「……で、この後は上の荷物を取りに戻って、そのまま学校に直帰。午後の授業を受けたあとに練習――だっけか?」

 なので、意味のある会話にしようと今後の予定を確認してみる。

「そうだな。その練習も、試合に出る俺らは流し程度の軽いやつ――って聞いてるよ」

「そうか……楽そうなメニューで何よりだ」

 そんな問答をしつつ、上る階段。
 すると、目の前に一人の男が立ち塞がってきた。

「一ヶ月ぶりだな、畔上翔真、そして蔵敷宙」

「君は……」
「――国立亮吾、だったか?」

 予選で俺が負けた相手。
 そして、翔真の不戦敗による勝利とはいえ県大会一位でもある男だ。

「俺はこの時をずっと待っていた。県大会では拭えなかった屈辱を今度こそ晴らさせていただく」

 そんな男が翔真に向けて指を突きつけると、今度は俺の方に向く。

「そして何の因果か、一位である俺と四位である君とは、順当に勝ち上がれば畔上翔真を賭けて再び準決勝で戦うことになるだろう。……正直にいえば、あの試合は俺が負けていたのかもしれない。そう、度々思ってしまうんだ。だから、俺は君にも勝つ。もう舐めたりはしない」

 それだけを言い残せば、あっという間に踵を返した。
 まるで俺たちの言葉なんて必要ないように、ただ宣言という名の挑戦状だけを残して彼は去る。

「…………そら」

「何だ?」

 二人だけの空間。
 お互いに立ち止まったまま、前だけを向いているために相手がどんな表情をしているかは窺い知れない。

「……ああ言われたけど、俺はそれでも彼じゃなく君と戦いたい。だから、負けるなよ」

 その台詞に思わず笑いが零れる。
 本当に……こいつはいつもそうだ。何故か俺と戦いたがる。部内戦でも、大会でも……。

 その理由は何なのだろうか。

「ぶっちゃけると、俺は誰と戦おうが結果がどうなろうがどうでもいいんだ」

 所詮はただの部活動。
 別にプロになりたいわけでもなく、それこそ翔真や国立のように誰かに勝ちたい欲もない。

「でも、負けたくはないからな。言い訳のないように、ちゃんと本気で挑みはする」

「なら、良い。そらが全力で戦ってくれるなら、何も問題はない。決勝で待ってるよ」

 常々、買いかぶり過ぎだと思っていた。
 翔真の、その絶対的な俺への信頼は何なのか。

 その答えを見つけるためにも、俺は明日を戦っていこう。
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