彼と彼女の365日

如月ゆう

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October

10月25日(金) 偏った恋愛観・そら編

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「――という話を昨日したんだけど、蔵敷くんはどうなの?」

 なんて事ない昼下がり。
 いつものように四人で弁当を囲んでいると、菊池さんからそんな質問が投げかけられた。

 どうやら先日の同じ時間帯にかなたが他クラスの生徒から告白されたらしく、その詳細を根掘り葉掘り聞いてみれば、偏った恋愛観を語られたということで、俺にお鉢が回ってきたらしい。

「おっ、それは俺も気になるな……」

 傍で黙って聞いていた翔真もこの話には興味があるらしく、横から口を挟んでくる。

「そう言われてもなぁ……。俺もかなたとあまり変わんないっていうか、恋人とかそういう関係性の枠に囚われる必要ってある?」

 それも、確認と了承というお互いのたった一言のやり取りだけで決まる曖昧な関係性だぞ。
 結婚と違って国が保証するわけでもあるまいし、やるだけ無駄じゃない?

 ――などと語れば、話の流れ的に当然こんな反応を向けられるだろう。

「えぇー……蔵敷くんもそういう感じなんだ……」

「いや待って、その反応おかしいから。世界的に見たら、この考えは間違えてないんだって」

 けれど、俺は物申したい。
 俺たちの恋愛観は人間的に何も間違っちゃいないんだと……!

 何故か菊池さんは訝しげな視線を向けてくるだけだし、翔真にいたっては笑って聞いているだけだけど……まぁ、良いだろう。
 だったら、それを今から証明してやるよ。

「だって、そもそも『告白』という文化はアジア圏のみで、ヨーロッパやアメリカといった欧米圏には存在しないんだからな」

「えっ…………そ、そうなの!?」

 初撃からいきなりクリーンヒット。
 興味を持ってもらうためにデカい爆弾を落としてみたが、効果的だったようだ。

「そうなのです。そして、その代わりとして向こう欧米圏では『デーティング期間』という文化がある。……まぁ、簡単に言えばお試し期間みたいなもので、恋人同士でやるようなことを何回かやってみて、お互いの相性を確かめるってわけ。ちなみに、複数人の掛け持ちはオッケー」

「オッケーなんだ……」

 ここで、隠したというかあえて伏せた部分なのだけど、このデーティング期間では『恋人同士でやるようなこと』ならやっていいわけで、要するに体を重ねることも多々あるようなのだ。

 しかも、複数人を掛け持ちで――な。
 しかし、デーティングはあくまでもお試し期間。本命を見極めるための仮の関係であるため、浮気にはならないらしい。

 ……まぁ、一理あると俺は思う。
 アジア圏の人には中々受け入れにくいものかもしれないけど。
 あと、このおかげで外国人はチェリー率が低そう。

 閑話休題。

「――で、上手くいかなければ自然消滅。上手くいけば家族や周りにちゃんと紹介するようになるらしい。だから、海外ではこの時から結婚を意識する人も多いし、当然そう簡単には別れなくなるみたい」

「へぇー、そうなんだ」

 すっかり感心した様子で、菊池さんは話を聞いていた。
 これはもう、イケるな。

「ま、要するにだ。海外は『恋人』なんて曖昧な境界を踏むこともないわけで、別にそんな関係性は必要ないってこと。俺たちの考えはおかしいんじゃなくて、国際的なの」

「……アイ・アム・ア・インターナショナル」

 そう〆れば、かなたもまた便乗するようにエセ英語を披露してみせる。
 ……お前、さすがにそれは三枝先生が怒るぞ。

「かなちゃん……それは何か違うような…………」

「だな。『インターナショナルinternational』の綴りは母音から始まるから『a』じゃなくて、『アンan』だぞ」

「そういうことでもないよ!?」

 俺の指摘に、驚いたようにツッコミをする菊池さん。

 議論は収束し、事態は収拾したかに思えたが……その時、ついにこの男が立ち上がる。

「――でもさ、その理論で言うとそらと倉敷さんはデーティング期間ってことになるし、倉敷さんの場合は『一緒にいたい相手』とまで話してたらしいから、二人は結婚前……婚約者フィアンセって話になっちゃわないか?」

 ……………………ふむ。

 翔真の鋭い指摘に、然しもの俺の灰色の脳細胞もすぐには答えを導き出してくれない。

「…………そう、なる……のか?」

 故に、取り敢えず周りの意見を確かめてみた。

「さぁ……俺はそう感じたから言ってみただけだから」

 翔真は肩を竦めて、丸投げ。

「確かに、そう……かも」

 恋の力は健在なのか、菊池さんは同意見らしい。
 そして、かなたはと言えば――。

「…………じゃあ、結婚……する?」

 ――思いの外、乗り気であった。

「えっ……!?」
「マジかぁー……」
『……………………!?!!??』

 当然、驚く二人……というか、話を聞いてたクラスメイト全員。
 そんな中で、俺はこう返す。

「んー……でも、ぶっちゃけ『結婚』とか『夫婦』って関係性の枠も面倒だよなぁ……。正直いらない」

「……分かる」

「じゃあ、やめるか」

「そうしよー」

 以上、終結。
 やっぱり、結局は今のままが一番いいということなのだろう。





「――って、やっぱり二人の恋愛観はおかしいよー!」

『(…………………………………………こくこく)』

 その後、一人の少女の叫びが響き、それに対して多数のクラスメイトが同意を示したことは言うまでもない。
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