彼と彼女の365日

如月ゆう

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October

10月27日(日) 新人戦・地区大会・四日目

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 地区大会も、とうとう最終日。
 残った個人戦・シングルスの試合を俺たちは客席から眺めていた。

 そんな折の出来事である。

「やぁやぁ和白高校の皆さん、お久しぶりっス」

 聞き覚えのある軽快な声を聞き、その場で振り向いていれば、一人のちびっ娘と一人のデカ男がそこにいた。

 ……いや、身長そのものは翔真とそんなに変わらないくらいか。
 正反対な二人が並んで立っているために、余計に大きく見えただけだ。

「……久しいな」

「…………国立亮吾」

 その人物の名前を呟く。
 今年の夏――県大会、九州大会、全国大会とで俺や翔真を苦しめたバトミントン選手の名前を。

「けど、北部地区の君が何でここに?」

 そんないきなりの登場であったのだけど、翔真は相変わらず冷静に、そして的確な質問を投げた。

 ……確かにそうだ。
 彼は北九州の高校に在学していたはず。ウチとは地区違いであるはずのに、なぜいるのだろうか。

「……なに、君たちが負けていないか見に来ただけさ」

「そんなことのためにかよ……」
「それなら、連盟のホームページから結果を見ればよかったんじゃ……?」

 ある意味で予想外な答えに、俺たちは驚きを通り越して呆れ果てる。
 しかし、彼にとっては心外なようで、その表情が少しムッと変化した。

「それだと、分かるのは最終結果だけで、リアルタイムな試合結果が分からない。それに、それはこの数ヶ月で君たちがどれだけ強くなったのかの偵察でもある」

「――って言ってるっスけど、実際は二人の心配をしてるだけっスよ。よほど県大会で戦いたいみたいっスね」

「琴葉、適当なことを言うな」

 横から揶揄からかうような笑みを浮かべてちびっ娘が口を挟めば、国立はその頭を叩いて静かにさせる。

「痛いっスよ~」

「お前が悪い。……畔上翔真、蔵敷宙、くれぐれも勘違いしないでくれ」

 ……男のツンデレなんて需要ねぇー。
 ていうか、どんだけ俺たちのこと好きなんだよ……お前は。

 そして、そんなところ申し訳ない。
 俺たち、実は個人戦には出ていないんだよなぁ……。


 ♦ ♦ ♦


「…………なぜ、出場しなかったんだ?」

 観客席の最前列。
 手すりに体重をかけて、俺、翔真、国立の順で階下の試合を眺めていると、そう尋ねられた。

「監督の意向さ。新人戦だから、個人の方は記録狙いよりも多くのメンバーを出して経験を積ませたいらしい」

「……贅沢な考え方だな」

 翔真が答えている間も、俺たちの視線はずっと試合に固定されたまま。

 国立の言いたいことは分かる。
 もし翔真が出ていれば、九州大会までは確実だっただろう。でも、それを捨てたのだ。

 大会さえもを練習と割り切り、一人は得られたであろう表彰を諦め、そして結果は惨敗。
 目の前で戦う者たちの中に、俺の知っている人は誰一人としていない。

 だからか……耳は傾けながらも、後ろを振り向いた。

 国立に付いて来ていたちびっ娘は、かなたも含めたウチのマネージャー陣と楽しく会話を繰り広げている。
 さながら、男子会と女子会だな。

「そっちは、地区大会は終わったのか?」

 生まれた沈黙を破るように、俺は口を開いた。

「いいや、まだだよ。個人戦しか終わっていない。……来週に団体戦が控えてる」

「なら、まだ戦うチャンスは残ってるんだな」

 夏に約束した、新人戦で戦おうという言葉。
 それを思い出しながらふと呟いてみれば、国立はこちらに目を向ける。

「……確かにそうだな。そらがシングルスⅠ、俺がシングルスⅡでどちらか一方としか戦えないけど、それでもまだ可能性はある」

 翔真もまた肯定してくれた。
 それまで唖然としていた国立の顔が、ハッとする。そして何かに気付いたように僅かに笑い――。

「なら、勝つしかないな……」

 ――そう言った。

「それに、県大会のトーナメント次第では二校ともが九州大会に出られる。そうしたら、二回戦える。君たち二人と戦える」

 勝気に、強気に、本気で彼は語る。
 県大会の上位二校――それが次の九州大会に進むための条件なのだけど、そこを突破して、無理矢理にでも俺たちと戦おうと言っているのだ。

 そのとんでもない内容に、俺と翔真は顔を見合わせれば、思わず笑う。そして、呆れてこう返す。

『……贅沢な考え方だな』

 でも、その考え方は嫌いじゃない。
 来年のことを言えば鬼が笑う――とは言うけれども、だったら来月のことはどうなのだろうか。

 怒るのか、泣くのか、それとも……。
 ただ、少なくとも俺たち三人は笑っていた。
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