彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月3日(日) 新人戦・北部地区大会・二日目

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「やぁ、お疲れ様」

 新人戦・北部地区大会が行われている市民体育館へと赴いた俺は、行われている決勝戦を観客席から眺める一人の少年に話しかけた。

「…………畔上、翔真……」

「結果、見たよ。……負けたんだってね」

 その相手の名は、国立亮吾。
 以前、大会に来てくれたということで俺も様子を見に来たのだけど、あまり芳しい結果ではなかったようだ。

 階下を見つめる双眸には、羨望のような感情が映っている。

「来たのは、君一人か?」

「そうだね。一応そらも誘ったんだけど、断られたよ」

「そうか……彼らしいな」

 「はは」と笑うその姿に対して、俺は諦観のため息を吐いて苦笑を浮かべた。

 ……全くその通りだ。
 何せ、断った理由が『お金がないから』なんだから。

 確かに、地区大会でエリアが別れるくらいには距離があるけれど……だからって、冷たすぎやしないだろうか。
 挙句の果てには、「結果だけなら、ネットでも分かる。最悪、県大会のトーナメントを見ればいい」なんて言うし……。

 そのまま沈黙が暫く続く。
 試合は白熱しているようで、周りからの声援が凄い。

 ……まるで、別世界に取り残されたかのようだ。

「…………みんな、頑張ってくれたんだけどな」

 ポツリと静かに、しかし確かに声が届いた。

「最後の最後で、俺がダメにしたよ。……不甲斐ないばかりさ」

 仕方のないことだ。気にするな。
 そんな言葉が喉元まで出かかるが、そんな言葉では語れないことを俺は知っている。

 シングルスⅢに座することはそれだけ重い。

 二勝二敗――勝てば勝ち、負ければ負ける。
 回ってくるときは常にそういう状態なのだから。

 次はない。これで終わり。
 そこには、例え捨て試合のために置かれた選手だとしても一縷の望みがあるわけで、背負わされるプレッシャーの量は尋常ではない。

 故に、周りが何を言っても意味はないのだ。
 自分で自分を責めてしまう。今の国立のように。

「……次があるさ」

 結局は、こんなことしか言えなかった。
 その時だ。

「――亮吾くーん、そろそろ表彰が始まるっスよー!」

 見当たらないな、とずっと思っていた国立と一緒にいる女の子が大声を出しつつ駆けてくる。

「四位でも賞状は貰えるんスから、早く下に――って、おお! 噂の畔上翔真くんじゃないっスか」

「こんにちは」
「琴葉、もう少し静かに……」

 そんな状況に、国立はこめかみを抑えていた。
 けれど、不思議と陰鬱とした雰囲気は吹き飛ぶ。

「それじゃ、俺は行くよ。県大会では、君を倒す」

「あぁ、楽しみにしてる」

 軽く手を挙げれば、琴葉さんと呼ばれた女の子は国立の手を引いた。
 引っ張られるようにして走るその二人の姿は、親友たちの面影と重なる。

「……いよいよ、来週か」

 地区大会の結果は、惜しくも四位だった彼ら。
 しかし、侮れない相手であることは確かだろう。

 戦うことが楽しみでもあり、少し怖く感じながら、俺は会場を後にした。
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