彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月7日(木) 招かれざる者の来訪②

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「それじゃあ、またね翔真くん」

「あぁ、また明日」

 いつもの帰り道。
 部活も終わり、途中まで詩音さんと一緒に歩いていた俺は、それぞれの家の方向が分かれるこの場所で彼女と別れを告げていた。

 秋もすっかり深まり、この時間帯はもうすでに夜だ。
 気温も落ち、せっかく部活で温まっていた身体も汗が冷えて肌寒い。

 早く家に帰ろう。
 そう思って、ここまで押していた自転車に跨る――その時だった。

「――さっきの子と仲が良いんだな」
「――全く羨ましいなぁ、おい。俺たちにも紹介してくれよ」

 掛かる声とともに現れた二つの影。
 どちらも男性のようだが、光の関係でその顔は見えない。

「誰だ?」

 そう口にすると同時に、一つの可能性が思い当たる。

「……もしかして、君たちが一昨日にやって来た――った人たちなのか?」

「悲しいな……この三年で忘れてしまったのか?」
「おいおい、あれだけ一緒に遊んだ仲じゃねーか!」

 荒々しく、そして馴れ馴れしく語りかけてくる二人は、こちらに歩み寄ってくることで次第に光が当たり、その顔が顕になった。

「――――っ! き、君たちは……!」

 その瞬間、俺は……いや、心臓を掴まれたような息苦しさを感じる。

「あれぇー、思い出してくれた?」
「よぉ、随分と出世したみたいだなぁ」

 目の焦点がブレて、耳鳴りが酷い。
 身体は震え、吐き気は込み上げ、全てを押し殺すために歯を食いしばることで精一杯だ。

 立岩高校――その名を聞いた時から嫌な気がしていた。

 学校そのものが問題なのではない。
 そこがある場所――第十二学区。

 かつて……中学二年生まで僕が住んでいた地域であり、捨てた場所。捨てざるを得なかった場所である。

「おいおい、そうビビるなよ。別に取って食おうってわけじゃない」
「そうそう、テレビに出て元気そうだったから会いに来てやっただけじゃねぇかよ」

 不躾に肩を組まれて、心臓が跳ねた。
 心が、身体がすでに臆し、声さえろくに発せられない。

「それにしても、勉強も運動もてんでダメな醜い子豚ちゃんが……よくもまぁ、ここまで育ったものだ」
「聞いたぜ? 勉強は学年一位、部活では全国大会、そしてそのルックス。一体、どんな魔法を使ったんだよ?」

 耳に入る言葉一つ一つが不愉快だ。

「……けど、皆があのことを知ったらどうなるんだろうなぁー」
「『神』の名も落ちて、また『翔べない豚』に逆戻りってか!」

 その一言を受けて、ようやく僕の口は動いてくれる。

「…………や……めてくれ」

「あ? 何だって?」
「そんな口の利き方してよかったか? 親しき仲にも礼儀あり――って言葉、知らない?」

「……やめて、ください」

 浅くなる息を何とか継いで、振り絞って出てきた言葉はそんな敬語。

「…………ま、いいさ。今日は挨拶に来ただけだ」

 ポンポンと、まるで友達のように気安く肩を叩かれる。

「けど、せっかく再会できたんだ。また、昔みたいに仲良くしようや」
「じゃあな、また会おうぜ!」

 そうして嵐のように去っていけば、あとに残された僕はその場で立ち尽くす他ない。

 吹き荒ぶ風が冷たい。寒い。
 心までをも凍てつかせ、俺という人間が完全に死んでいくのを感じた。
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