彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月10日(日) 新人戦・県大会・二日目

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 さて、二日目である。
 そして今、目の前で終わった。

「悪いな、退屈な時間に付き合わせて」

 泣き崩れる敗者から、歓喜の声を上げる勝者まで、その全ての末路を見届けた俺は隣に座る幼馴染に声を掛ける。

「んーん、別にいい。私が勝手に付いてきただけだから」

 ともすれば彼女は一度だけ首を振り、すぐに会場に視線を落とした。

「……でも、来た理由が分からない」

「理由?」

「そう……結果が気になるならネットで済む。そらが、わざわざ実費を払ってまでここを訪れた理由……それが分からない」

 チラとかなたの様子を盗み見る。
 未だにその顔は階下へと向けられたままで、少しもこちらを気にする素振りはなかった。

「…………贖罪、かな」

「……………………?」

「言い換えれば、約束を果たしに来たんだけど……まぁ、すぐに分かる。行くぞ」

 来週には個人戦も控えているため、今日は表彰式は行われない。
 すなわち、決勝戦まで終えれば自動的に解散ということになり、とある人物に会いに来た俺は真っ先に出入り口へと移動する。

 そして待つこと数分。
 対象を見つけ、近づいた。

「――よぉ、国立」

「…………蔵敷、宙……何をしに来た?」

「償いと、約束を果たしに」

 驚きの目を浮かべる彼に端的にそう告げると、けれども、会話の始まりとしては少し物足りないと感じ、別のことを口に出す。

「……だがまぁ、取り敢えずは九州大会出場おめでとう」

 結局、俺たちに勝ち、今日を迎えた彼らは、その勢いを衰えさせることなく一勝を上げ、何とか準優勝という枠を勝ち取ることに成功していた。

 初めての九州大会出場チーム、それも優勝候補を倒して……という快挙に、メディアも少し沸いているらしい。

「…………お世辞はいらない。それより、用件は?」

 しかし、あまり気に入ってくれなかったようだ。
 ……まぁ、そうか。仕方ない。

 要件人間の俺が急かされてため息を吐くという矛盾っぷりに、自分でも少しおかしく思いつつ話を切り出す。

「――試合直後で悪いが、俺と試合をしないか?」


 ♦ ♦ ♦


 試合後のミーティングがあるからと会場は国立の学校の体育館、そして安全面を考慮して一ゲーム先取と、試合の取り決めがなされる。

 そういうわけで、到着した体育館でコートの準備を行えば、両者とも軽く身体を解してこれからの戦いに備えていた。

「――それで、どうして急に戦おうだなんて言ったのかな?」

 さっきまで試合だった相手とは違い、碌にアップもできていない俺は手首や足首・股関節など痛めやすい筋を中心に運動をしていると急に声が掛けられる。

「『俺とも戦いたい』――地区大会の時に、そう言ってたからさ。……まぁ、昨日のことのお詫びでもあるけど」

「…………そうか」

 答える国立に表情の変化はない。
 けれど、俺は覚えている。昨日の試合後の……勝ったのに、悔しそうな、泣きそうな姿を見せた彼のことを。

「さて、そろそろ始めるかの」

 そんな折、彼らの顧問の先生から合図を受けた。
 お互いにジャンケンをし、レシーブ権を貰えば早速模擬戦の開始だ。

 短く低いサーブを相手コート後方に返せば、相手もまたコート奥へと返球し、クリアの応酬を繰り広げることとなる。

 しかし、すぐにこの一連の流れが俺の体を温めるためのアップだと気付くや否や、すぐに無理矢理な体勢からスマッシュを放ってきた。

 反応する俺であるが、まだ身体が重い。
 返球位置も微妙に甘く、いつの間にか防戦一方に陥ってしまっている。

「あー、うっざ」

 面倒になった俺は、思い切り打ち上げた。
 相手コートのド真ん中――本当の試合だったらまず行わないであろう、悪手。

 そうして、好きなコースにスマッシュを決めてみろと煽れば、国立は当然のように乗っかってくれる。

 高いジャンプ。洗練されたフォーム。
 打点の位置はそのまま打球の角度に繋がり、総じてそれはショットの凶悪さへと変貌する。

 隅へと撃ち抜かれるシャトル。
 それを腰を落として、コートの中央で待ち構えてやれば、最速の反撃技――ドライブレシーブで返してやった。

 普通のレシーブとは異なり、ドライブレシーブは床と平行に鋭く進む。
 とはいえ、それでも相手の反応如何によっては間に合ってしまうショットであり、最強とまでは呼ばないのだけど、俺はそれを最強へと仕立てる唯一の技を持っている。

 ドライブレシーブ・プラス・ネットイン。
 本来なら必殺のスマッシュが自分の手元へと鋭く返ってくる打球が、ネットと触れることで勢いを失い、唐突に前に落ちる。

 スマッシュ――それも滞空時間の長いジャンピング・スマッシュをしてしまえば、到底間に合うことなど有り得ない。

「そう簡単にいくと思うなよ」

 シャトルを拾うため、屈んだ国立を俺は見下ろす。
 まだまだ試合は始まったばかりであった。


 ♦ ♦ ♦


「いやぁー、負けた負けた!」

 勝負カウント二十一対十五。
 ものの見事に敗北を喫した俺は、心地よい疲労感に身を委ねて体育館の冷たい床に寝転んでいた。

「…………君、巫山戯てるのか? 殆どが自責点な上に、途中で足をつるって……」

「しょうがないだろ、アップが充分じゃなかったんだから。そりゃ、制球は定まらないし、事故だって起きる」

 呆れ顔を見せて文句を言う国立に、開き直ってそう返してやれば、いつの間にか近付いてきたかなたがそっと俺の頭を自分の膝へと運ぶ。

「おー、アレ良いッスねー! 亮吾くん、ウチもやってみたいっス!」

「却下。断る。周りの目を考えるんだ」

 それに感化された後輩ちゃんがお願いをすれば、国立はクールぶって受け流し、今度は駄々をこね始める。

「おいおい、彼女の言うことくらい聞いてやれよ……」

 そんな様子をからかうように指摘してあげれば――。

「か、彼女じゃないっスよ! ……………………まだ」

「琴葉の言う通りだ。楽しんでいるところ悪いが、俺たちはそんな関係にはないよ」

 ――などと、真っ赤になる子と平静を保とうと必死になる青年が現れる始末。
 …………あー、面白いなぁ。

「そもそも、それを言うなら君たちだろ? 人の学校でベタベタして……」

 お返しのつもりなのか、国立は逆に愚痴を告げにくるが、残念ながら言われ慣れている。

「当てが外れたな、違うぞ。な、かなた?」

「ん……私たちは家族」

 だから、こういったスキンシップも、温かいや柔らかい以上の感想を持たず、何よりも先に安心感が生まれてくる――そういう存在だ。

「それじゃあ、用も済んだし帰るか」

「あーい」

 いつまでもここに居て、彼らのミーティングの邪魔をしてもいけない。
 やるべき事はやったのだし、さっさと消えるのが吉であろう。

「…………蔵敷宙」

「何だ?」

 汗の吸ったウェアを着替え、来たときと同じ私服姿に戻る。
 そうしていると、背後から国立の声が届いた。

「……畔上翔真の件だが、昨日、妙な連中に絡まれていたぞ」

「それ、男女の複数人か?」

「そう、だが……知っているのか?」

「いや、知りはしない。ただ……」

 ……ただ、見た。
 国立との試合の始まる少し前、翔真の様子が急に変わったのだけど、その目線の先にソイツらがいたことは覚えている。

「…………そうか、情報提供に感謝する」

 謎はまだまだ多い。
 俺の知らないこともたくさんある。

 けれど、彼を取り巻く状況は何となく把握できた気がする。

「なぁ……彼は――畔上翔真は戻ってきてくれると思うか?」

「……それは、アイツ次第だろうな」

 でも、だからこそ、国立の質問に俺はそう答えることしかできなかった。
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