彼と彼女の365日

如月ゆう

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November

11月16日(土) 明かされし翔真の過去

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 休日である。
 本来なら昼間まで惰眠を貪り、ゲームやネットや読書をして、たまにかなたの相手をして……そんな風に半日過ごすのが常なのだけれど、今日はそんな日常から抜け出してみた。

 お馴染み――とまでは言い難いものの、こなれた様子で電車を乗り継いでやって来たこの場所。
 そこから、スマホに映し出された地図を頼りに暫く歩けば、目的の建物が見えてくる。

 真っ白な校舎。正門はいつでも車の出入りができるように開けられており、その奥からは少年少女の若く弾けた声が響いてきた。
 時折、笛の音が混じっているところを聞くに、部活に励んでいるのであろう。

「……結局、来たんだな」

 そして、一人佇む私服姿の女性。
 敷地内には足を踏み入れず、校名の記された表札を隠すように立っている彼女――菊池さんに俺は声を掛けた。

「……うん。やっぱり、翔真くんのことを放っておくことはできないから……」

 ともすれば、確かな意志を持った眼で頷く。

 そうか……ならば、何も問うまい。
 全ては自分が決めた道なのだから。

「じゃあ、行きますか」

 時刻は、予定時間の五分前。

 鬼が出るか蛇が出るか。
 どちらにしても毒にしかならない話を聞きに、俺たちは一歩踏み出した。


 ♦ ♦ ♦


「いらっしゃい。話ははるかちゃんから聞いているわ」

 訪問すれば、あれよあれよという間に通された応接室。
 そこで待つこと暫し。手元に一冊のアルバムを抱えた妙齢の女性が姿を見せる。

 『はるかちゃん』と三枝先生の名前を呼んでいるところ見るに、この方が先生の恩師にあたる人なのだろう。

「さて……でも、話す前に一つだけ。はるかちゃんの教え子で、良い子って聞いたから教えることだけど、できればあまり驚かないであげてね」

 コトリとその本をテーブルに置き、手を添える女性。
 その優しい瞳に気圧されて、俺たちは頷いた。

「……それじゃあ、これが二年前の――翔真くんの卒業アルバムよ。言葉よりも、見てもらった方が早いと思ったから持ってきたわ」

 そう言ってページをめくると、クラス別にまとめられた個人写真の一つを指差す。

「――この子が、その畔上翔真くん」

「――――っ!」
「えっ…………!?」
「…………? この太ってる子が?」

 驚かないで、という先生のお願いも虚しく、思わず瞠目してしまう。
 その衝撃は、あまり関心のなさそうなかなたでさえ口に出して確認をしてしまうほどだ。

 彼女の発言の通り、そこに写っていたのは丸々と太った今とは似ても似つかない親友の姿。
 下に名前が書かれていなければ、別人だと疑わなかっただろう。

 いやむしろ、今でも本当に本人かどうかなのか疑っている俺がいる。

「……多分、貴方たちが知っている彼はこっちよね」

 驚く俺たちをよそに、次に示された写真はクラスメイトの集合写真だ。
 仲の良さそうな雰囲気の蔓延る中で、一人だけ隅に立っている少年がいた。

 間違いない。
 俺たちのよく見知った翔真の姿である。

 ……ただ、今よりも表情が浮かなく、とてもじゃないが『学園の貴公子』と持て囃されているようには見えない。

「あの……これは一体……?」

「……見て分かる通りよ。翔真くんは、この体型のせいでいじめを受けてここに転校し、そうして努力をした生徒なの」

「……………………いじめ」

 菊池さんが小さく呟いた。
 きっと予想だにしていなかったのだろう。

 何となく予見していた俺でさえ、その言葉を聞いてため息が零れる。

「そうね……何から話したものかしら。……彼はね、勉学も運動もそんなにできる子じゃなかったのよ――」

 然して、畔上翔真の物語は始まった。
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