彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月8日(日) 勉強ブームの理由

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「それじゃあ、今回もテストお疲れ様。――乾杯!」

『乾杯ー!』

 テスト明け。
 余韻に浸る間もなく部活動が始まったために、泣く泣く後回しとなっていた毎回恒例のテストの打ち上げであるが、こうして日付をズラして、いつもの場所――ファミリーレストラン『ジョイホー』に俺たちは来ていた。

 利用するたびに手に入るドリンクバー無料券を利用して四人分のドリンクバーを注文すれば、あとは各々が自由に好みの一・二品を頼み、飲み物を取って、まったりとこの一週間を振り返る。

「皆、今回の出来はどうだった?」

「まぁ、いつも通りだな。取り敢えず、解答用紙は全部埋めたし」
「…………同じく」

 投げかけられた翔真からの質問に、俺とかなたはそう返した。

 自信のある問題はしっかりと、自信のない問題はうろ覚えの知識と勘で――。
 普段と同じように解いたため、それほど点数は変わるまい。

「二人はそうだろうね。……詩音さんは?」

「わ、私……? 私も、そんなには…………あっでも、土曜日の勉強会のおかげでちょっとは解けた……かも」

「それなら、良かった」

 照れながら話す菊池さんと、はにかむ翔真。
 二人の妙な態度と気になる発言を少し愉快に思いながらも、何も言わないでおこうと部外者面を努める。

「そう言う翔真はどうだったんだ? 途中、謹慎期間もあって授業を受けられていなかったけど、大丈夫なのか?」

 言い出しっぺの法則――というものがあるように、同じ質問を親友にも返せば、彼は余裕のある笑みを浮かべた。

「……何とかね。というよりも、その分を復習のための自習に回すことができただけ、良いかもしれない」

「さいですか…………」
「……わーお」

 転んでもただでは起きない――とは、このような時に使うのだろう。
 さすがは努力だけで学校生活を切り抜いてきただけのことはある。逞しい。

「す、凄いね……。翔真くん、今回はいつも以上に皆から勉強の質問が来てたのに……」

 菊池さんもまた、感心したようにため息を零した。

「あぁ……それは関係ないよ。前も言ったけど、『人に教える』ということは自分の復習にもなるからね。もちろん、同じ内容を何人にも尋ねられると時間の無駄だけど、それは黒板を使わせてたもらったことで解決したし」

 はぇー……。
 つくづく思う。素晴らしすぎやしないか――と。

「あっ、でも……何で今回は、あんなに勉強熱心だったんだろうな? 俺だけじゃなくて、そら達にも質問が殺到してたみたいだけど、以前まではそんなことなかったし……」

 困惑する学園の貴公子を脇目に、真実を知る俺たちは呆れのような感情を滲ませた態度をとる。

「そりゃ、お前……一つしかないだろ」
「…………謹慎明けの、体育館での発言」

 周知の事実――常識を語るがごとく、息を吐きながら俺とかなたは答えた。

「えっ…………俺なのか?」

 返る驚きの声に、一斉に頷く。
 同時に、菊池さんが口を開いた。

「皆の心に響いたんだよ。翔真くんのその言葉に感動して、努力の尊さを知って……だから、普段なら適度にこなす試験勉強を皆は一生懸命に頑張ったんだと思う」

 予想だにしていなかったようで、本人は絶句していた。

 ……まぁ、当事者からしてみれば、あれは自分の過去の醜態を晒す――一種の首切りのような感覚だったんだろうし、それが全校生徒を動かす原動力になっていたとは誰も思えまい。

 でも、結果から見てみれば、それが事実で真実だ。
 ならば、認めてあげる他ないだろう。

「しかし、これで学校全体の成績が上がった――なんてことになったら、感謝状ものかもな」

 故に、茶化すように俺はそう声を掛ける。

「…………いや、流石にそれはないだろ。成績も、感謝状も……」

 これには、冗談と思ったようで苦笑いが一つ。
 俺もまた、別に本気で言ったわけではないため同じ顔を向けた。

 ははは、と響く乾いた笑い。
 そこにちょうど、注文が届く。

「けどまぁ、そこまではなくてもだ……お前がたくさんの生徒を動かしたってことには変わりない。巻き込まれた俺や、かなたも含めてな」

 口の端を吊り上げるながら、そうまとめに入ると、隣に座るかなたも自分の皿を引き寄せながらコクコクと首を縦に振る。

「――だから、俺たちへの迷惑料として今日の打ち上げ代は任せた!」
「……任せた」

 翔真がそうであるように、俺たちもまた転んでもただでは起きない。起きてたまるか。
 そんな気持ちで話を締めれば、頼んだニューヨークチーズケーキにフォークを通した。

 ほんのり甘い味わいと、鼻腔を抜ける香り、滑らかな舌触り。
 そんなひと時の贅沢に身を委ねながら――。



 追伸。
 もちろん、この後に楽しく四人で揉めたことは言うまでもないだろう。
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