彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月20日(金) 全校集会

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 そこには、ゴミのように人がいた。
 人数にして、およそ二千人。それだけの学生が蜂のように群れ、蟻のように蠢き、微妙にれながら並ぶ姿は、さながらレオ・レオニの『スイミー』を彷彿とさせる。

 だというのに、人口密度は上がっても体感温度は上がることなく、むしろ暖房器具の非設置と外気で冷え切った床という相乗効果で寒くなる一方だ。

 こんな場所に、所狭しと整列させられているというのに発熱の一つもできないとは……それこそ、俺たち人間はミツバチにも満たないのかもしれない。

 だってアイツら、多対一とはいえ天敵を倒せるんだぜ? おまけにハチミツも作れるんだぜ?
 やっぱ、蜂ってすげぇ!

 コホン……閑話休題。

 そんなこんなで全校生徒が体育館へと集まったわけであるが、その理由はただ一つ。
 これから、全校集会が行われるためである。

 もう一度言おう、全校集会である。
 来週から入る冬休みに向けて、生徒指導の先生や校長先生からのありがたーいご高説を賜り、申し訳程度に各部活動の新人戦の結果を表彰する程度の催し物であり、あくまでも終業式ではないのでその辺はお間違えのないように。

 ――と言うのも、我が和白高校は前・後期の二学期制を採用しており、小・中学校にあった三学期制のようにこのタイミングで学期が切り替わったりはしないのだ。

 ていうか、つい数ヶ月前にあったばかりだしな。終業式。
 覚えてない奴らはぜひ、十月九日を振り返ってみてほしい!

 …………さて、それで俺は一体誰に向けて、何を話しているのだろうな。
 あまりに暇すぎて、まるで小説の語りのように胸中で呟いてみたのだけど、特に満足できるわけでもなく、淡々と時間だけが過ぎていく。

 それは、暇つぶしとしてこれ以上ないくらいに成立しているけれど、生産性はこれでもかという程に見当たらず、所詮は独り言の延長線上でしかないため、終わったあとの虚しさが凄い。

 そうやって考えている間にも、思考はとめどなく溢れ、言葉は際限なく生れ出づる。
 ここまで頭が回るのなら、それこそ小説の一つでも書き上げて生産性を高めてやろうか――などという発想にまで行き着き、その迷走加減に自ら一笑に付してみた。

「…………? 急に笑って、どしたの?」

 壁に耳あり障子に目あり。
 何なら、家そのものもが顔なのではないかというレベルで目敏く俺の様子に気が付いた幼馴染が、隣から声を掛けてくる。

 その瞳は、食事を行ったにも拘わらず消化を終える前に餓死で死んでしまったナマケモノを見るような、不可解な感情で彩られており、目撃者を想定していなかった俺はバツ悪く視線を逸らした。

「……何でもねーよ。ほら、次は翔真の番なんだから前向いとけ」

「んー……? ……分かった」

 壇上では既に色々なプログラムが進んでおり、いつの間にか部活動の表彰の真っ只中である。

 県大会三位入賞――ということで校長先生から盾と賞状を受け取る、部長の翔真と副部長の二人。
 しかし、前の代の全国大会出場に比べてかなり見劣りする結果であり、とてもじゃないが素直には喜べない。

 心做しか、拍手の響きも悪く聞こえ、それがこの催しそのものへの興味のなさを表しているのか、大したことのない成績に形だけの賞賛を贈っているだけなのか、俺には全く分からなかった。

 そんな行為を、存在する部活から個人で入賞した者にまで全員に対して行えば、長かった会もいよいよ閉幕だ。

 年功序列なのか、三年生の一組から順に退出を始め、少し経った頃合で俺たちの番。
 教室に戻ったら、SHRショートホームルームを経て冬休みだー!

 ――などとはしゃぎたくもなるところであるが、再三言おう。
 今日のコレは全校集会である。終業式ではない。

 よって、この後も七時間目までみっちり授業はあるし、もちろんその後も完全下校まで部活動は続く。
 これから休みが始まるなんて気分は微塵も感じさせず、むしろ正月休みに入る社会人を彷彿とさせるこの独特のヌルッとした終わり方はキリも気持ちも悪かった。

 きっと、三が日の明けた六日から、また何事もなかったかのように登校して、勉強して、部活が始まるのだろうな。

 とまぁ、こんな感じで今日という日は終わっていくわけだけども……最後に一つ、前言撤回しておきたいことがある。

 やはりどうにも、俺に小説家は無理らしい。
 何故なら――などと長々と語るでもない自明のことではあるのだが、こんなオチも何にもない話を物語たらしめていいはずがないのだから。
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