彼と彼女の365日

如月ゆう

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December

12月26日(木) 今年最後の部活動

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 冬期休業に入って早や六日目。
 されど補習や部活動が当たり前のように予定されており、それも本日で今年最後となる。

 そのため、今日の部活動は練習ではなく部室や体育館の大掃除を目的とし、マネージャーの皆があらかじめ決めてくれた掃除場所の割り振りに従って、各々が雑巾などを片手に従事していた。

 一年生の半数が部室を、残りのメンバーが体育館を分かれるように清掃しており、そこにマネージャーが半々となって指揮役に徹してくれている。
 というわけで、黙々と窓の冊子を吹いていた俺であったのだが、活動的な男子高校生にとってその作業は苦痛なのか、同じく窓を吹いていた隣の少年はこちらに話しかけてきた。

「もうすぐで年が明けるな」

 言わずもがな、親友の蔵敷そらだ。
 白く付いた跡や付着した砂埃を丁寧に拭き上げつつ、単純作業による退屈を紛らわせるように彼は言葉を続ける。

「正月は何か予定とかあるのか?」

「親戚同士で集まりがあるくらいだよ。そう言うそらはどうなんだ?」

「俺の方は何も」

 至極簡潔なやり取り。
 だがしかし、その返事が予想外のものであり、思わず視線を窓から人へと移した。

「へぇ、意外だな。クリスマス同様に、倉敷さん家と何か関わりがあると思ってたよ」

 おせちを食べたり、初詣に行ったり……そういう季節の行事は家族ぐるみで行っているイメージがあったから、分かれて二人が行動するなんて奇妙に感じて仕方がない。

「そんなことねーだろ。部活のメンバーだけで遊んだことだって何回かあるし、特に翔真、お前とは勉強会だってしてるぞ」

「あー……うん、そう言われればそうだな」

 けれど、指摘されれば思い当たる節がある。
 イメージとはそれだけで先入観となり得、強く記憶に残っているのだろう。

「てか、意外と言うなら俺の方だぞ」

 などと一人で思考に耽り、一人で納得していると思い出したようにまたそらが話を始める。

「クリスマスに菊池さんと会っていたようだけど――どうだったんだ、デートは?」

 その内容に、無心で動いていた俺の手が一瞬だけ止まった。
 努めた無表情に、改めて手を動かす。多方向から窓を眺め、光に透かし、汚れがないかを確かめてみるが曇りひとつないほどにしっかりと磨かれていた。

「…………どこで知った?」

「どこでも何も、あれだけ女子の誘いを断った男が買い出しのためとはいえクリスマスに他の女子と出歩いたんだ。場所も博多駅だったみたいで、そりゃ目撃者もいるだろうし、噂にもなるだろうよ」

「…………………………………………」

 おかしい、とそう感じている。
 上手くいっている、その自信があった。

 事実、こうしてそらに直接聞かれるまで俺の耳にその噂は入ってこなかったわけだし、ならば買い出しという名目がしっかりと働いて特に大事には至っていないのだろう。

「それで、どうだったんだ?」

 なのにどうして、このそらの問いに焦りを覚えてしまうのだろうか。

「…………そこまで知ってるなら分かるだろ。別にアレはデートじゃない。ただの部活動の一環だよ」

「デート――日時や場所を定めて異性と会うこと。広辞苑に記された定義に従うなら、立派なデートだと俺は思うけどな」

 一応、敢えて口に出して説明する。
 がしかし、何故はぐらかすと言わんばかりにその情報は訂正された。

「…………それじゃあ、そらと倉敷さんもデートしてることになるんじゃないのか? それも毎日、毎朝」

「あぁ……まぁ、定義に従えばそうだな。……で? デートの感想はどうなんだ、色男?」

 煽っても引かない。
 そらは倉敷さんとの関係を揶揄されることを嫌うはずだが、それを肯定してまで話を聞きたいというのだろうか。

「……別に、普通だよ。一緒に必要なものを買って、すこしカフェに立ち寄って……それくらいしかしてないからね」

 そう、普通。普通だ。普通に楽しかった。
 一緒に見たイルミネーションは綺麗だったし、誘って良かったと今でも思える。

 嘘は言っていない。
 ただ、言葉足らずだっただけ。

「ふぅーん……ま、いいか」

 そんな俺の発言をどう捉えたのか、親友はそれだけ呟いて、また窓の掃除に精を出し始める。

 一方の俺も、それにあやかって思考に耽けてみた。

 あの時のことを指摘されるだけで、何故こんなにも心がザワめくのか。
 無論、自分の気持ちがバレたくないから――であろう。

 だが、その理由についてまで深く考えたとき、答えが出てこない。
 候補こそ幾つも挙げられるも、ピンと来ず、浮かんではすぐに消えていく。

 もっと内面的で個人的なものな気がする……。

 感覚だけを頼りに模索し、否定し、繰り返す。何度も、何度も。

 焦ることはない。
 今思えば、生まれて初めてできた想いなのだ。困惑して当然、何も恥じることはない。

 ――と、そこまで考えて、ようやく思い当たる理由が浮かび上がった。

 それはなんてことのない、くだらない理由。
 単純に、俺自身が恥ずかしいのだ。初めて生まれたこの気持ちを、他人に知られることが恥ずかしい。

 でも、こうして納得できる答えさえ出てしまえば、不思議とスッキリした気分になる。
 さて、この調子で残りの掃除も片付けよう。

 拭き上げていた窓をもう一度眺め、汚れがないことを確認した俺は、次の場所へと移動すべく立ち上がった。

「――あぁ、翔真。もし都合が合うなら、年が明けた夜中に四人で初詣に行かないか?」

 その時、また何かを思い出したかのようにそらが語りかけてくる。

「別に良いけど……場所は?」

「筥崎宮。ただ……行きは問題ないんだが、帰りの終電がないと思うから電車組として菊池さんと話し合って決めてくれ。こっちは構わないが、予定のあるそっちは始発までブラつくとかキツイだろうから」

「…………了解」

 それだけを言い残して、俺は去る。
 ただの、なんてことのない会話のはずなのに、またしても心がザワめいた気がした。
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