神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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44 落花生が目潰ししてきます

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「〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉、〈開け豆オープン・ビーン〉」
「アズキ。だから、豆を出し過ぎです」
 クライヴの苦言を尻目に、あずきの手のひらにコロコロと豆が転がる。

「あ、出た落花生。二個出たわ。この空豆はあげるね」
 空豆をクライヴに渡すと、早速あずきは落花生に考えを巡らせる。
 落花生をひとつテーブルに置くと、もうひとつを手のひらに乗せた。

「えーと。落花生はピーナッツ、でいいのかな。あとは、ポッキンして光る……要は連絡手段よね。よし。――〈落花生の連絡ピーナッツ・コンタクト〉」
 あずきの言葉に反応して光った落花生は、次の瞬間ピンク色の落花生に姿を変えていた。

「ピンクになったわ。しかも二つに増えた」
 クライヴは二つで一組と言っていたから、これでいいのだろう。
 それにしても、可愛いけれど毒々しいピンク色である。

「……これ、成功?」
 確認するには、片方を折ってみるのが手っ取り早い。
 上手くいっているなら、もう片方が光るはずだ。
 片方の落花生テーブルに置くと、あずきはもうひとつの落花生に力を込めて折る。

 その瞬間――テーブルの上の落花生が眩い光を放ち始めた。


 光るというから、てっきり電球が点く感じなのかと思っていたが、これは至近距離で花火が大爆発でもしているような明るさだ。
 眩しすぎて、瞼を閉じた上で更に手で目を覆っているのに、まったく光が軽減されない。
 クライヴは暫く光ると言っていたが、これが続けば間違いなく目がおかしくなってしまう。

「――うわ?」
「ちょっと、やだ。目が痛い! やめて、やめて」
 どうにか手探りでクッションを手にし、テーブルの上に乗せる。
 光の量が抑えられたことでようやく目を開くことができたが、強い光のせいで視界がぼやけている。

「だ、大丈夫ですか。アズキ」
 クライヴも目を擦っているところを見ると、そこそこのダメージを負ったようだ。
「うん。ちょっとぼやけて見えるけど、平気。……これって、こういうものなの?」
 連絡のたびにこの光り方では、常時サングラスをかけていないと視力を失いかねない。

「いえ、まったく違います。ほのかに光って、終わりです」
 あずきはテーブルの方を見てみるが、クッションは下からの光に照らされて、工事現場にあるバルーン型の照明のような状態だ。
 間違ってもほのかなんてレベルではないし、一向に光が衰えない。

「消えそうにないんだけど」
「豆の聖女の豆魔法だから、でしょうね」
 やはり、そういうことなのだろうか。
 テーブルから落ちていた落花生を拾うと、手のひらに乗せる。

「〈落花生の連絡ピーナッツ・コンタクト〉」
 手のひらの落花生が光って消えると、ピンク色の落花生が二つ転がった。


「これ、どうなの? 使い道がありそうで、ないわよね。……クライヴ、いる?」
 扱いに困って聞いてみると、クライヴが苦笑しながらピンクの落花生をつまんだ。

「では、片方を貰います」
「あれ? 二つで一組なんでしょう?」
 ということは、ひとつだけ持っていても使いようがない。
 観賞用としてピンクの落花生が欲しいのだろうか。

「もうひとつは、アズキが持っていて……何かあれば、俺を呼んでください」
「いや、でも目潰ししちゃうし」
 王子の不意を突いて目潰しだなんて、ちょっとした犯罪ではないだろうか。

「豆ケースに入れておいてくれますか?」
「あ。もしかして、こういう豆を入れるための携帯ケースなの?」
「それもありますね」
 普通の落花生はほのかに光って連絡に使えるのだから、豆を持ち歩く機会もあるわけか。
 豆ケースの正しい使い道に納得がいって、思わず深くうなずく。

「そっか。じゃあ、せっかくだし、入れてみる」
 あずきは置いておいた豆ケースを手に取ると、蓋を外してピンク色の落花生を中に入れた。


「アズキ様、お待たせしました。扉が開きっぱなしですが――殿下?」
 室内に姿を現すなり素っ頓狂な声を上げたポリーは、すぐに咳払いをして平静を取り戻したようだ。

「失礼いたしました。思ったよりも積極的で、動揺しました。……あら? でしたら何故、連絡豆でお呼びに?」
 首を傾げたポリーは、すぐさま何かに気付いたらしく口元に手を当てた。

「……まさか、ついにアズキ様に不埒な真似を?」
「違いますよ。扉も開けておいたでしょう? アズキに豆の説明をしていたんです」
「扉?」
 そう言えばポリーも扉が開いていると言っていたが、何のことだろう。

「……ああ、アズキ様はご存知ないのですね。男女が密室にいたとなれば、あらぬ誤解を受けます。なので、扉を開けているのは、そういったことを防ぐためです」
「はあ、なるほど」
 女性の身を守るためでもあり、男性側も不本意な噂を流されないように、ということか。

「美少年な王子様は、大変ねえ」
 クライヴのお相手を狙う女性が密室に連れ込めば、ないことないこと言って外堀を埋められるかもしれないのか。
 貴族令嬢というのは優雅なものかと思っていたが、意外と肉食系のようだ。

「何故、殿下の方なのですか。アズキ様のことです」
「え? だって、別に誤解されるようなことは何もないし。噂を立てる利点もないじゃない」
「……信用されていると、喜んだ方がいいのでしょうか」
 クライヴが少し悲し気に目を細めているが、どうしたのだろう。

「この場合は不甲斐ないとも言えるかと。……それで、豆の説明というのは何でしょう?」
「連絡豆の使い方を、アズキに教えていなかったでしょう。ポリーを呼ぶために、廊下に向けて大声で叫んでいましたよ」
「まあ。それは申し訳ありませんでした」
 ポリーは慌てて頭を下げるが、豆王国の人間にとっては常識なのだろうから仕方がない。

「大丈夫。クライヴが教えてくれたから、次からはちゃんと呼べるわ。気にしないで」
「それでは、ポリーも来たので俺は行きますね」
「あ、うん。ありがとう。休んでいるところを、邪魔してごめんね」
 扉に向かって歩き出していたクライヴは、振り返るとミントグリーンの瞳をゆっくりと細めて微笑んだ。

「いいえ。いつでも呼んでください」
 そのまま部屋を出るクライヴを見送ると、ポリーがにこにこと楽しそうな笑顔を浮かべていることに気が付く。


「アズキ様。これでおわかりですね? アズキ様の声に心配して様子を見に来て、あの笑顔。やはり、アズキ様が特別なんですよ」
「そうかなあ。突然絶叫が聞こえたから、びっくりしただけだと思うけど」

「……絶叫、なさったのですか」
「だって、呼べって書いてあったから……」
 ポリーと顔を見合わせて笑うと、そもそもの要件を思い出した。

「そうだ。お風呂に入りたかったのよ」
「かしこまりました。ご用意いたします。……それで、あのクッションは何なのですか?」
 ポリーの視線の先にあるクッションは、落花生の光に照らされて自ら発光しているように見える。
 どうみても、怪しい物体だ。

「豆魔法で落花生を出したんだけど、折ったら滅茶苦茶光ったの。クッションを取ると目潰しされるから、あのままにして」
「……本当に、豆の聖女は愉快ですね。では、お待ちください」
 愉快とは何だと言いたいが、光る豆とクッションの件があるので否定もできない。

「ありがとう、お願いね」
 ポリーが退室すると、部屋に残ったのはあずきと発光するクッションだけだ。

 ふと豆ケースを取り出して中を見ると、鮮やかなピンク色の落花生がひとつ、転がっている。
 何となく落花生を撫でると、そのまま豆ケースの蓋を閉めた。
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