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第9話
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警戒を滲ませながら男の手を取ろうとしたセスを、男はぎゅっとつかんだ。セスは慌てて手を引こうとするが、男の力は思いの外強い。
「きみともっと深く知り合いたいと思ったのも本当なんだが、……いまは小さな騎士がいるからこれ以上無理強いはできないかな?」
苦笑を含んだトーマスの言葉にセスは振り向いた。先ほど二階に上がったはずのアシュリーが住居と店の境目に立っている。その瞳はセスの手を握るトーマスにひたりと据えられていた。
「アシュリー? どうした?」
セスがアシュリーに問いかけたときだ。すぐそばで男が笑う気配がした。
「だけどこれだけはっきり敵意を持たれると、逆に応えなきゃという気になるな」
――え……?
男はセスの細い腰に腕をまわすと、抱き寄せるように自分のほうに近づけた。セスはぎょっとした。アシュリーは目をまん丸くして呆然とその場に立っている。
我に返ったのはアシュリーが早かった。
「セスに近づくな!」
いくらアシュリーが年頃の子どもと比べて運動神経が発達しているとはいえ、大の大人に敵うわけがない。飛びかかったアシュリーの身体を男は容易に抱き上げた。セスを見知らぬ男から救い出すつもりが、逆にいいようにあしらわれて、アシュリーは呆然となった。
「あはは。かわいいな。だけどさすがにこれ以上揶揄ったらかわいそうだ」
「ふざけんな! このエロじじい!」
「エロ……っ! どこでそんな言葉を……っ!」
トーマスがアシュリーを床に下ろしたとたん、再び飛びかかろうとするのを、セスはとっさに止めた。
「あなたもいい加減にしてください!」
腕の中で暴れるアシュリーを押さえながら、セスは明らかにこの状況を楽しんでいる男に非難の目を向ける。
「大人しそうに見えて芯が強いのも実に好みだ。食事には本当にいかないかい?」
「セスがおまえなんかといくはずがないだろ! さっさと帰れ!」
「アシュリー、いいかげんにしなさい。これ以上失礼なことを言ったら本気で怒るよ」
冷ややかなセスの声に、アシュリーはびくっとなった。その瞳がショックを受けたように、セスを見てじわりと潤んだ。セスは胸がちくりと痛んだが、顔には出さなかった。
「アシュリー、お客さまにごめんなさいは?」
アシュリーがこぶしを握りしめる。瞳から堪えきれなくなったように、涙があふれた。
「セスのばか!」
「アシュリー!」
身を翻して二階へと上がるアシュリーをとっさに追いかけようとしたセスは、男がまだその場にいることを思い出して向き直った。
「あの子の無礼は謝ります。ですがあなたの戯れにつき合うつもりはありません」
自分では一度も望んだことのないこの容姿を、セスは諦め、受け入れてきた。この顔のおかげで不快な思いをしたことも、これまで何度もある。セスが本気だとわかったのだろう、トーマスは何かを言い掛けると、思い直したように頭を振った。
「揶揄うつもりはなかったんだが、気分を害したなら謝る。申し訳なかった。――ところで、最近このあたりで何か変わったことはないかい?」
「変わったことですか? いいえ、何も」
突然話題が変わったことに戸惑いながら、セスには思い当たることがなかった。
「そうか。何もないか……」
トーマスは何かを考える素振りを見せると、セスの視線に気づいて微笑んだ。
「大した意味はないから、気にしないでくれ。さっきのかわいらしい騎士くんにも謝っておいてくれ。またくるよ」
男が店から出ていくと、セスは小さく息を吐いた。いつの間にか肩のあたりが緊張で強ばっていたことに気がつく。アシュリーはまだ怒っているだろうか。すぐにでもようすを見にいきたいが、きょうは手伝いの青年が休みのため、店を空けるわけにはいかない。本人の言葉通り、あの客はきっとまた訪れるだろう。それは漠然とした予感のようなものかもしれなかった。微かな不安を感じながら、セスは無理矢理気持ちを切り替えると、先ほど途中にしていた書類を手に取った。
「きみともっと深く知り合いたいと思ったのも本当なんだが、……いまは小さな騎士がいるからこれ以上無理強いはできないかな?」
苦笑を含んだトーマスの言葉にセスは振り向いた。先ほど二階に上がったはずのアシュリーが住居と店の境目に立っている。その瞳はセスの手を握るトーマスにひたりと据えられていた。
「アシュリー? どうした?」
セスがアシュリーに問いかけたときだ。すぐそばで男が笑う気配がした。
「だけどこれだけはっきり敵意を持たれると、逆に応えなきゃという気になるな」
――え……?
男はセスの細い腰に腕をまわすと、抱き寄せるように自分のほうに近づけた。セスはぎょっとした。アシュリーは目をまん丸くして呆然とその場に立っている。
我に返ったのはアシュリーが早かった。
「セスに近づくな!」
いくらアシュリーが年頃の子どもと比べて運動神経が発達しているとはいえ、大の大人に敵うわけがない。飛びかかったアシュリーの身体を男は容易に抱き上げた。セスを見知らぬ男から救い出すつもりが、逆にいいようにあしらわれて、アシュリーは呆然となった。
「あはは。かわいいな。だけどさすがにこれ以上揶揄ったらかわいそうだ」
「ふざけんな! このエロじじい!」
「エロ……っ! どこでそんな言葉を……っ!」
トーマスがアシュリーを床に下ろしたとたん、再び飛びかかろうとするのを、セスはとっさに止めた。
「あなたもいい加減にしてください!」
腕の中で暴れるアシュリーを押さえながら、セスは明らかにこの状況を楽しんでいる男に非難の目を向ける。
「大人しそうに見えて芯が強いのも実に好みだ。食事には本当にいかないかい?」
「セスがおまえなんかといくはずがないだろ! さっさと帰れ!」
「アシュリー、いいかげんにしなさい。これ以上失礼なことを言ったら本気で怒るよ」
冷ややかなセスの声に、アシュリーはびくっとなった。その瞳がショックを受けたように、セスを見てじわりと潤んだ。セスは胸がちくりと痛んだが、顔には出さなかった。
「アシュリー、お客さまにごめんなさいは?」
アシュリーがこぶしを握りしめる。瞳から堪えきれなくなったように、涙があふれた。
「セスのばか!」
「アシュリー!」
身を翻して二階へと上がるアシュリーをとっさに追いかけようとしたセスは、男がまだその場にいることを思い出して向き直った。
「あの子の無礼は謝ります。ですがあなたの戯れにつき合うつもりはありません」
自分では一度も望んだことのないこの容姿を、セスは諦め、受け入れてきた。この顔のおかげで不快な思いをしたことも、これまで何度もある。セスが本気だとわかったのだろう、トーマスは何かを言い掛けると、思い直したように頭を振った。
「揶揄うつもりはなかったんだが、気分を害したなら謝る。申し訳なかった。――ところで、最近このあたりで何か変わったことはないかい?」
「変わったことですか? いいえ、何も」
突然話題が変わったことに戸惑いながら、セスには思い当たることがなかった。
「そうか。何もないか……」
トーマスは何かを考える素振りを見せると、セスの視線に気づいて微笑んだ。
「大した意味はないから、気にしないでくれ。さっきのかわいらしい騎士くんにも謝っておいてくれ。またくるよ」
男が店から出ていくと、セスは小さく息を吐いた。いつの間にか肩のあたりが緊張で強ばっていたことに気がつく。アシュリーはまだ怒っているだろうか。すぐにでもようすを見にいきたいが、きょうは手伝いの青年が休みのため、店を空けるわけにはいかない。本人の言葉通り、あの客はきっとまた訪れるだろう。それは漠然とした予感のようなものかもしれなかった。微かな不安を感じながら、セスは無理矢理気持ちを切り替えると、先ほど途中にしていた書類を手に取った。
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